おとなしい伯爵令嬢はもう我慢しない! 婚約破棄してきた元婚約者に「絶対に嫌です」と突き放したら、秘密の貴公子に求婚されました
「──っ、申し訳ございません、エルリアお嬢様! 車輪が完全に泥にハマってしまいました。びくともいたしません……!」
御者の焦った声が、激しい雨音に混じって馬車の中に響いた。
窓の外を見やれば、視界を白く染めるほどの豪雨。王都から少し離れた街道の途中で、アストリア伯爵家の馬車は完全に立ち往生してしまっていた。
(本当に……ここ最近は、ついていないことばかり)
ふかふかの座席に座ったまま、エルリア・フォン・アストリアは小さくため息をついた。
膝の上で握りしめた手には、力が入っている。
ほんの半月前まで、エルリアは「幸せな婚約者」のはずだった。
相手は由緒正しき侯爵家の嫡男、チャーリー。俺様気質で、いつも自分を引っ張ってくれる彼に対し、エルリアは「良い子でいよう。自己主張せず、おとなしく従順に彼の後ろを歩けばいいはず」と思い込んで過ごしてきた。
彼がどんな我が儘を言っても微笑んで受け入れ、好みに合わせて服を選び、自分の意見など一度も言わなかった。
けれど、そんなエルリアの忍耐は、一人の少女の登場によってあっけなく踏みにじられたのだ。
少女の名はミーナ。
正妻を亡くした男爵家が、最近になって愛人ごと引き取ったという「平民上がり」の令嬢だった。良く言えば上昇志向が強く、悪く言えば底なしに貪欲。欲しいものは手段を選ばず手に入れるタイプの少女だった。
そんな彼女の次のターゲットが、あろうことかエルリアの婚約者であるチャーリーだった。
『ねえ、チャーリー様ぁ。私、あの宝石が欲しいな?』
『はは、ミーナは可愛いな。エルリアみたいにおとなしすぎる女は退屈だが、お前のようにワガママに振り回されるのも悪くない』
初めて出会うタイプの「ワガママで身勝手な女」に、チャーリーはコロリと騙された。夢中になってミーナを甘やかし、挙句の果てにエルリアへ冷酷に言い放ったのだ。
『エルリア、お前との婚約を破棄する。お前のような退屈な女、侯爵夫人の座に相応しくない。これからはミーナが俺の婚約者だ』
その傍若無人な振る舞いを目の当たりにしたとき、エルリアの心の中で何かがパチンと弾けた。
──ああ、良い子でいても、何もいいことなんてないんだわ。
エルリアは泣き叫ぶこともせず、すんなりと婚約破棄を受け入れた。見苦しくなることだけは、どうあっても避けたかったのだ。
しかし、ミーナの強欲さはそれだけでは満足しなかった。自分が〝略奪した〟という悪評をそらすため、ミーナは社交界でとんでもない噂を流したのだ。
『エルリア様から、平民上がりだと酷いいじめを受けたのです。お茶をこぼされたり、ドレスを切り裂かれたり……怖くて、夜も眠れません』と。
もちろんすべて身に覚えのない嘘だ。
けれど、もともと口数の少なかったエルリアが反論しなかったせいで、社交界の人々はミーナの涙に騙され、エルリアを白い目で見るようになった。
(私はただ、波風を立てずに、みんなが丸く収まるように我慢していただけなのに……)
雨の音を聞いていると、涙が溢れてきそうになる。
何もかもが嫌になって、気分転換に出かけた先でこの大雨だ。
「お嬢様、私が近くの民家に助けを呼んでまいります!」
「待って。この嵐の中を出歩くのは危険よ」
エルリアが止めようとした、その時だった。
激しい雨の幕を裂いて、もう一乗の馬車が近づいてくるのが見えた。
その馬車は、アストリア伯爵家のすぐ横で静かに停車した。見れば、車体には貴族の証明であるはずの家紋がどこにも見当たらない。
(お忍びの、どなたかしら……?)
怪訝に思うエルリアの前で、馬車の扉が開き、一本の大きな傘が開かれた。
そこから降りてきたのは、一人の青年だった。
濡れた夜空のような深い黒髪に、アメジストを思わせる高貴な紫の瞳。仕立ての良い漆黒の外套を羽織った彼は、泥に濡れるのも厭わずに歩み寄り、エルリアの馬車の窓をコンコンと叩いた。
窓を開けると、青年はふわりと上品に微笑んだ。
「困っているようだね、お嬢さん。近くに、私が管理している雨宿りに最適な公園があるんだ。良ければ、馬車が直るまでそこで雨を凌ぎませんか?」
その声は、驚くほど心地よく耳に響いた。家紋のない馬車、お忍びの様子。けれど、立ち居振る舞いから滲み出る圧倒的な気品は隠しようがない。どこかの高貴な貴公子であることは間違いなかった。
このままここにいても冷えるだけだ。エルリアは意を決して、コクンと頷いた。
「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
案内されたのは、うっそうとした緑に囲まれた、まるで隠れ家のような美しい公園だった。その中央に佇む大理石の東屋へと、エルリアは彼の差し出す傘に入って移動した。
東屋の屋根の下にたどり着いた時、エルリアはハッと息を呑んだ。
「まあ……! あなた、肩が……」
青年がエルリアを雨から守るように傘を傾けてくれていたせいで、彼の右肩から背中にかけてがぐっしょりと濡れてしまっていたのだ。
「私は平気だよ。それより、君のドレスが濡れなくて良かった」
「そんなわけにはまいりません! 少し待ってくださいね」
エルリアは急いで、手元に抱えていた荷物から、上質なウールのブランケットを取り出した。本来なら、自分が冷えた時のために持ってきたものだ。
「これを使ってください。お洋服が痛んでしまいますし、風邪を引かれては大変です」
「だが、これは君の……」
「私は大丈夫です。傘を差し出してくださったお優しさに比べれば、これくらい当然のことでございます。さあ、早く」
エルリアが真っ直ぐな瞳でブランケットを差し出すと、青年は一瞬だけ驚いたように目を見張った。それから、降参したようにふっと破顔した。
「ありがとう。では、ありがたく使わせてもらうよ」
青年はブランケットを肩にかけ、東屋のベンチに腰掛けた。エルリアも少し離れて腰を下ろす。
外では依然として激しい雨が地面を叩いているが、東屋の中は不思議と静かで、どこか非日常的な空間だった。
青年はエルリアの少し青ざめた横顔を見つめ、静かに声をかけた。
「……元気がないようだね。何か、悲しいことでもあったかい?」
普段のエルリアなら、「いいえ、何でもありません」と微笑んでやり過ごしていただろう。自己主張せず、他人に迷惑をかけないのが「良い子」のすることだから。
けれど、この嵐の暗闇と、初対面の心地よい距離感、そして彼の優しい眼差しが、彼女の心の鍵を緩めた。
彼の瞳は、何でも話したくなってしまうような不思議な色をしていた。
「……大丈夫です。雨は上がりますからね」
そう言ってくれた彼に、エルリアは自嘲気味に微笑んだ。
「止まない雨はないとわかっているのですが……ここのところずっと、冷たい雨の中にいる気がして。ちょっぴり、希望が持てなくなってしまいます」
「ずっと、雨の中に?」
「はい。こうして見ず知らずのあなたに話すようなことではないのですが……」
青年はアメジストの瞳を和らげ、優しく促した。
「こうして出会ったのも何かの縁だ。私で良ければ、その雨雲を少し分けてくれないか?」
その言葉と不思議な色の瞳に背中を押され、エルリアはぽつり、ぽつりと語り始めた。
婚約者のためにずっと自分を殺して耐えていたこと。それなのに別の令嬢と浮気をされ、理不尽に婚約を破棄されたこと。
さらに、身に覚えのないいじめの噂を流され、社交界で悪者にされていること。
「私はただ、あの方の隣で普通に笑い合いたかっただけなのです。我が儘を言わず、おとなしくしていれば、いつか分かってもらえると……でも、間違っていたのですね」
話し終えると、エルリアはハッと我に返った。
「すみません! 初対面の方に、こんな後ろ向きで聞き苦しい愚痴を……!」
「いいえ」
青年の声は、ひどく低く、そして熱を帯びていた。
彼を見上げると、その美しい顔には怒りと、それ以上の深い愛惜の情が浮かんでいた。
「聞き苦しいなどと、決して思わない。君は、誰よりも優しく、誠実な人だ。その我が儘な男や令嬢は、君のその宝石のような価値に気づかなかった愚か者だよ」
「え……?」
「いつか必ず、誠実なあなたが報われる日が来ます。どうか前を向いて。その美しい心と、その澄んだ瞳を曇らせずにいてください」
青年は立ち上がり、エルリアの前に立つと、彼女の手をそっと取った。 そして優しく、指先に軽く唇を触れさせる。
「私の言葉を信じて。いずれ、どこかの夜会でお会いしましょう」
「あ……」
エルリアが声をあげる前に、外の雨が奇跡のように小降りになり、雲の隙間から一筋の美しい光が東屋に差し込んだ。光に照らされた彼の微笑みは、息を呑むほどに神々しかった。
御者が「馬車が直りました!」と呼びにきた時には、青年の姿は幻のように消えていた。ただ、手元に残されたブランケットだけが、微かに彼の温もりを伝えていた。
それから数日後。王宮では、帰国した第二王子の歓迎を兼ねた、大規模な夜会が開催されていた。
本当を言えば、エルリアは参加したくなかった。チャーリーやミーナの顔を見たくなかったし、周囲からの白い目にも耐え難かったからだ。
けれど、あの東屋での貴公子の言葉──『いずれ、どこかの夜会でお会いしましょう』という約束が、彼女の背中を押した。
(もう、おとなしく俯いているだけの〝良い子〟はやめよう。私は私のままで、前を向くんだわ)
淡いブルーのドレスに身を包んだエルリアが会場に入ると、やはり周囲からクスクスと不躾な囁き声が聞こえてきた。
「あら、あのいじめっ子令嬢、よく平気な顔で来られたわね」
「ミーナ様をいじめた悪女よ。チャーリー様に捨てられて当然だわ」
そんな声を無視して歩いていると、目の前に、腕を組んだチャーリーとミーナが立ち塞がった。
「おいおい、エルリア。我が侯爵家とアストリア伯爵家の縁は切れたのだぞ? よくもまあ、のこのこと這い出てこられたものだな」
チャーリーが鼻で笑う。その隣で、ミーナは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、わざとらしく怯える仕草をした。
「チャーリー様ぁ、怖いです。エルリア様、また私を睨んで……あんなに酷いいじめをしておいて、反省もしていないなんて」
周囲の貴族たちがエルリアを非難の目で見る。以前のエルリアなら、言い返せずに黙って耐えていただろう。けれど、今のエルリアは違った。真っ直ぐにミーナを見据え、毅然と言い放つ。
「ミーナ様、私はあなたをいじめた覚えなど、ただの一度もございません。虚偽の噂を流して周囲を欺くのは、おやめになってはいかがですか?」
「な、なんですって……!?」
「エルリア、お前、ミーナに向かってなんて口を……!」
チャーリーが激昂しかけた、その瞬間。
ファンファーレのけたたましい音が会場に響き渡り、一同の視線が壇上へと集まった。
「国王陛下、王太子殿下、ならびに──隣国での病気療養より帰国された、第二王子レイノルド殿下のご入場である!」
会場全体が静まり返り、全員が深く頭を下げた。エルリアもドレスの裾を持ち上げて頭を下げる。
壇上に現れたのは、威厳ある国王と王太子。そして──その一段後ろから歩み出てきた青年を見た瞬間、エルリアは衝撃で息が止まりそうになった。
(嘘……、まさか……!)
濡れた夜空のような深い黒髪。アメジストのように妖艶に輝く紫の瞳。
まばゆいばかりの正装に身を包んだその姿は、あの雨の東屋で出会った、名もなき「貴公子」その人だったのだ。
第二王子、レイノルド。
彼は壇上に立つと、鋭い視線で会場を見渡した。そして、迷うことのない足取りで階段を降り、まっすぐに歩き出した。
周囲の貴族たちが潮が引くように左右に割れていく。
レイノルドが足を止めたのは──他でもない、エルリアの前だった。
「……また会えたね、エルリア」
その甘く優しい声に、エルリアは頭をあげる。
次の瞬間、会場全体から「悲鳴」に似たどよめきが上がった。
なんと、一国の王子であるレイノルドが、エルリアの前で片膝を突き、その手を取ったのだ。完璧な、求婚の姿勢だった。
「レイノルド殿下……どうして……?」
「約束通り、夜会で迎えに来たよ。エルリア・フォン・アストリア伯爵令嬢。私と結婚してほしい」
「え、えええええ!?」
叫んだのはチャーリーだった。ミーナも顔を真っ青にして絶句している。
「で、殿下! 騙されてはなりません!」
ミーナが我を忘れて叫び、一歩前に出た。
「その女は悪人です! アストリア家の権力を笠に着て、平民上がりの私をどれだけ苦しめ、いじめたか……! 社交界の誰もが知っている事実です!」
必死に涙を浮かべて被害者を装うミーナ。しかし、レイノルドは跪いたまま、冷徹な一瞥をミーナにくれた。その瞳には、東屋で見せた優しさなど微塵もない、氷のような冷たさがあった。
「社交界の誰もが知っている、か……それは、君が流したくだらない悪評のことか? 残念ながら、私の耳と目は誤魔化せないよ」
レイノルドは静かに立ち上がると、懐から一通の書状を取り出した。
「ミーナ嬢。彼女が君をいじめたという客観的な証言や証拠は、どこからも確認できなかったよ。それどころか、面白い報告が山ほど入っている」
「な、何を……」
「君が男爵家に引きられて以降、男爵家のお金を不当に使い込み、自分が遊ぶ金欲しさに領民たちに不当な重税を課して苦しめていたという報告だ。これらはすべて、厳然たる事実だよ」
会場から一斉に「まあ!」という嫌悪の囁きが漏れた。ミーナの顔から血の気が引いていく。
「さらに言えば──」
レイノルドの追撃は止まらない。
「君と、君の母親には『大規模な結婚詐欺および公文書偽造』の容疑がかかっている。調べさせてもらったが、君の本当の父親は、その男爵ではないね。そいつがどこの誰だか明かすのは……裁判所でね。とにかく、貴族の血筋だと偽って男爵家に入り込み、資産を食いつぶそうとした罪は重い。今夜、ここを出たら衛兵が待っているよ」
「そんな……っ、嘘よ! チャーリー様、助けて、チャーリー様……!」
ミーナがチャーリーの腕に縋り付こうとしたが、チャーリーは「触るな、詐欺師め!」と彼女を突き飛ばした。
「エ、エルリア……!」
チャーリーは慌ててエルリアの方を向き、すがるような目を向けた。
「す、すまなかったエルリア! 俺はあの詐欺師の女に騙されていたんだ! 本当に愛しているのはお前だけだ! 婚約破棄はなしだ、やはり俺たちは結婚し──」
「──お断りいたします」
エルリアは、チャーリーの言葉をピシャリと遮った。
驚愕に目を見開くチャーリーに対し、エルリアはこれまでにない、最高に晴れやかで美しい笑顔を浮かべた。
「私も、これからはきちんと自己主張をしなければいけませんね。チャーリー様──絶対に嫌です。二度と私の前に現れないでくださいませ」
「な……っ」
絶望に崩れ落ちるチャーリー。その横で、ミーナは近衛兵たちによって引きずられていく。
問題が鮮やかに解決したのを見つめ、レイノルドは満足そうに微笑み、再びエルリアに手を差し出した。
「悪評とは違い、君の心がいかに美しいか、私はあの雨の日にこの目で確かめた。さらに調べさせてもらったが、君が日頃から領地のためにどれほど真摯に取り組み、民のためにどのような細やかな心配りをしているかも知っているよ。君は、貧民救済や女性の自立支援、果ては土壌開発研究など、多岐にわたって領民たちと向き合っているね。我慢強く、誠実で、その上これほど凛として美しい。君のような女性こそが、私の妻に相応しい」
レイノルドの紫の瞳には、熱烈なまでの愛が宿っていた。
エルリアはもう、躊躇わなかった。
見ていてくれた人がいる。こうして知ってくれた人がいる──それだけで、これまでの人生が肯定され、自分自身を受け入れてもらえたという気持ちになった。
チャーリーに浮気されたことや、婚約破棄されたことがつらかったのではない。これまでただの一度も、彼がエルリアのことを知ってくれなかったことが悲しかったのだ。
でも、レイノルドは違うらしい。
「……はい、喜んで。私のこれからの人生、すべてあなたに捧げます」
エルリアがその手を取ると、会場全体から割れんばかりの拍手と祝福の声が湧き上がった。
それから数ヶ月後。
アストリア伯爵家を陥れようとした男爵家の偽令嬢とその母親は厳罰に処され、見る目のなかったチャーリーの侯爵家も、王室からの信用を完全に失って没落の道を辿ることとなった。
一方で、エルリアは第二王子妃としての教育を精力的にこなしていた。
以前のような〝ただ耐える良い子〟ではない。自分の意見をしっかりと持ち、周囲を気遣いながら、生き生きと輝く彼女の姿は、またたく間に城の人々を魅了した。
「エルリア、少し休憩しよう」
王宮の美しい庭園にある東屋で、レイノルドがハーブティーを淹れて待っていた。
あの日、街道の東屋で出会った時のように、彼は優しくエルリアを迎え入れる。
「ありがとうございます、レイノルド様」
席に着いたエルリアの肩に、レイノルドがそっと上質なブランケットをかけた。あの日、彼女が彼に貸したのと同じ、温かい温もり。
「あの日、君が自分も濡れているのに私を気遣ってくれた時、私の心は完全に君に奪われたんだ」
レイノルドはエルリアの頬を優しく撫で、その唇に甘いキスを落とした。
「あの時の冷たい雨は、もう完全に上がったね」
「はい。あなたが私の、最高の青空になってくださいましたから」
幸せを噛み締めながら、ふと気になってエルリアは首を傾げる。
本当に優秀で素晴らしい王子様が、なぜ自分のような者を見初めてくれたのだろうかと。
「レイノルド様は、なぜ私に求婚してくださったのですか……?」
じっと、アメジストの瞳を覗き込んで尋ねれば、彼はその目をふっと優しく細めた。
「本当に本当に一目惚れだよ……といっても、賢い君は納得しないだろうから、真実を教えるね。私は、この目に秘密を持っているんだ」
「もしかして……その目を見ると人は何でも話してしまいたくなる、とか?」
まさかと思って頭に浮かんだことを口にしてみると、レイノルドは本当に嬉しそうに笑った。
「ああ、まさにその通り! やっぱり君は賢いね。可愛い上に賢くて、おまけに心がきれい。私の理想のお姫様だよ」
「レイノルド様ったら、大げさです……」
レイノルドがあまりにも嬉しそうに笑いかけてくるから、エルリアは照れてしまった。自分の言葉でこんなに喜んでくれる彼のことが、本当に日増しに好きになる。チャーリーといるときには決して感じなかった気持ちだ。
「大げさじゃないんだ。私のこの目は、人から真実を引き出す。……だから実は、病気療養だと言って表から姿を消していただけで、私はこの力を使って王の密偵をしているんだ。だから、あのいけ好かないミーナとかいう詐欺師のこともすぐに掴んだんだよ」
「え……」
さりげなくとんでもない秘密をいくつも明かされてしまい、エルリアは戸惑った。だが、それでも彼がなぜエルリアを見初めたかまではわからない。
「私の目に見つめられて君が思わず吐き出したのは、たったあれだけの愚痴だった。もっと口汚く罵っても呪詛の言葉が飛び出してもおかしくない境遇だったのに、君はほんの少し自分のつらさを吐露しただけだ。しかも、事実を並べただけで、決して彼らを悪く言うことはなかったんだよ。私は……こんな人が存在するのかと、心底驚いたんだ」
じっと見つめてくるレイノルドの目には、エルリアに対する尊敬の念が浮かんでいた。こんな眼差しを向けられるのも、初めてのことだった。これまでチャーリーは、うっすら自分のことを軽蔑して見下しているのが伝わってきていたから。
「私はこれまでこの目のせいで、暴きたくないものもたくさん暴いてきたよ。そのせいで素敵だなと思う人物がいても、深く知り合うとがっかりすることばかり……でも、君は違った。君の心が美しいことは、私だからこそよく知っているんだよ」
「レイノルド様……」
「どう? 君を好きにならずにいられなかった理由を理解してもらえた?」
嬉しくて、胸がいっぱいで、エルリアはただ頷くことしかできなかった。
レイノルドが自分を好きな理由がわかると、ますます彼のことを好きになってしまった。
涙ぐんだエルリアを、レイノルドがそっと抱きしめる。そして、優しく尋ねてきた。
「エルリア、何か欲しいものはある? 良い子の君の願いなら何でも叶えてあげるよ」
まっすぐに見つめられて、エルリアは頬を真っ赤にした。そして次の瞬間には、とんでもない言葉が口から飛び出していた。
「……キスしてほしいです」
あっと思ったときには遅かった。
レイノルドに見つめられて発せられた言葉は、すべてその人の心の奥底にあることだ。
つまり、この恥ずかしい言葉も、エルリアの本音ということだ。
「おっと。私のお姫様は、あまりに無欲だな。そして可愛すぎる。宝石のひとつやふたつ買ってあげるつもりだったのに、私のキスをご所望とは」
「わ、私っ……そんなっ……」
「だめだよ。逃さない」
エルリアの可愛い願いが、レイノルドの恋心にさらに火をつけてしまったのは言うまでもない。
忍耐強く、それゆえ自分の気持ちを口にするのが苦手な令嬢と、真実を見抜く瞳を持つゆえに他者に倦んだ王子様は、それからも幸せに暮らしていく。
(おわり)




