第9話 あだ名はまーち
ども。さつきです。只今1―Eで授業中です。わがクラスながらやっぱり変なやつ多いね。うにゃが言ってたとおりだわ。
「じゃあここまででわかんない人」
「はい!」
出た。変なやつの筆頭だ。
「……日和。どこがわからん?」
「さつきちゃんの性格の直しかた!」
「しばきまわすぞてめぇ」
「うそ! 今のは冗談。ほんとはさつきちゃんの」
「はい却下ー……って、ん?」
ぎゃーぎゃーとわめいている日和と、その日和を見ている生徒達の中でただ一人下を向いてる奴が。ってかあれは……
完全に寝てるだろ。
あたしは日和に構わず生徒達の間をかき分けてその爆睡野郎の正面へ。
「……おい」
とりあえず呼びかけてみる。
「……むにゃ」
「起きろ?」
「……もうお腹いっぱい」
「……ベタだなお前。ホントは起きてんじゃねーのか?」
そういいながらほっぺたをつついてみる。
「うーん……ホンマに寝てますよぉ」
「どんな寝言だ。起きてるだろ? あたしをおちょくってんだろ?」
「ちがっ……あ、それちがうそこは赤……あれ? あ、緑であってたわごめん」
「何の話してんだこいつ!?」
「さつきちゃん、その子、木更津弥生っていうらしいよ」
いつの間にか全員がこっちを見ており、日和も静かになっている。そして後ろを向いた日和が名前を言ってきたわけなんだが。
「へぇー、そうなんだ」
初めて知った。
「いや、へぇーって。覚えとかなきゃダメでしょ」
「気にすんな。それよりこいつをどうするかって話だよ」
「あ、そんな話だったんだ」
「今変わった」
「急だな」
人生ってそんなもんだよ。まだ18年しか生きてないけど。
「あ、そだ! さつきちゃん、木更津ちゃんが寝てる間にあだ名を考えてあげよ!」
「あだ名だぁ? お前はよくよく下らんことを言うよなぁ。よし、やろう」
「やんのかよ!」
「はい乙香ナイスツッコミー」
「あ、ど、どうも」
何照れてんだよバーロー。
「じゃ、とりあえず最初はみんなから意見を聞こう」
ざっと見渡すと、急な展開の割にみんな手を挙げてる。うん、さすがE組だわ。
「はい!」
「じゃ、まずは日和」
「キサラン・パサラン」
「却下」
「なんで!?」
いやなんでって言われても……ってかそんな意外そうな顔されても。
「だって言いにくいし、パチもんっぽいし」
「パチもんって何さ!? そんな呪文知らないもん」
「知ってんじゃねーか。はい、もう次いくぞ次」
「はい!」
「じゃ、そこの名もなき少年A」
「いや名前ありますよ!?」
「あたしが覚えてなかったらないに等しいんだよ」
「横暴だ!」
なんだよこいつらうるさいなー。
「お前ら、正解してても難癖つけて英語の点数0にすんぞ?」
「い、陰湿なやりかだだ」
「うっせ。教師なんざこんなもんだよ。ほらお前早く言えよ」
忘れかけてたけど木更津のニックネーム付けだぞ。
「あ、はい。ズバリ、眠り姫で!」
「失格……いややっぱ処刑」
「処刑!? 何で言い直したの!?」
「いや、想像を絶する気持ち悪さ、それがAだったから」
「それどういうこと!?」
「どうもこうもねぇよ。お前さ、もうちょっと空気読めよ。ここはボケるとこだろ? 何ちょっと素敵なあだ名付けようとしちゃってんの? しかも眠り姫ってお前……お前はもうダメだ」
「なんでそうなるんですか!?」
あー、うるさい。もうこいつ飽きたしいいや。
「じゃ、次誰が言う?」
「え、僕は無視ですか!?」
「もういいよ、しつこいよお前。お前の時代は終わったんだよ」
「え……」
「はい! はあい!」
お、Aを完璧に無視して元気よく手を挙げるやつが。さすがE組。
「よし、じゃあ……ってまた日和かよ」
「またとか言わない! 今度はバッチリ考えたから」
「あぁ、はいはい。どうぞ」
「ズバリ、弥生ちゃんだけに……三月で!」
……三月?
「お前な、三月ってそれ安直と言うか、雑じゃないか?」
「いーじゃん! 他に案もないんだしさ!」
「いや、眠り姫は」
「お前は黙ってろよ」
「……はい」
まったく、こいつは油断も隙もねーな。
それにしても三月ってのはあんまりだろ。それならせめて……あ、そうだ。
「あたし英語教師だし、三月を英語にしてマーチってどうよ?」
「『コアラの』って付けなくていいの?」
「逆に付けなくちゃならん意味がわからんわ」
「いやその逆に」
「だからその逆はねぇんだよ」
このやり取り、前にもやった気が……デジャヴ?
「まぁいいや。じゃあ、マーチに決定で」
「えー、せめて平仮名で『まーち』にしようよ」
「そこは気持ちの問題だろ」
「いや、表記として」
「……表記?」
こいつよくわからんことを言うな。まぁ日和だし仕方ない。放っておこう。もう取り返しつかないし。
「そんじゃま、新しくあだ名も決まったところで、このあだ名を叫んであいつを起こすぞみんなー!」
「いぇーい!」
日和のテンションが異常であることは言うまでもない。
「いくぞ? せーのっ」
「「「まーち!!!」」」
練習も何もしてないのに息ぴったりじゃないか。さすがE組。類が友を呼んだわけだ。
ところで、あいつは起きたのか?
ちょっと近づいて見てみる。
「んー……むぅ……こ……コアラの」
「聞こえてるだろ! お前起きてるだろコラァ!」
「さ、さつきちゃん、抑えて抑えて」
「いや、でもこいつ……」
「んー……ね、眠い」
「寝てるだろうがァ!」
「それやった! この前そのくだりやったから!」
「んなこと知るかァ!」
そうして今日も、E組の授業は一向に進む気配を見せないのであったとさ。