第29話 まーち更正作戦-前-
「……でな、うちのお母さん思いっきりこけてもうたんや。めっちゃおもろかってん!」
「あっはっはっ!」
こんにちは、乙香です。元気よく喋っているのはもちろん日和とまーち。今日は珍しく二人とも早めに登校していて、朝礼が始まるまでまだ10分ほどあります。
そういえばまーちのことで最近ちょっとだけ気になることがある。
「いやぁ、やっぱアレだな。関西弁で喋られると、面白さが倍増する気がするな!」
「そうなん? ほんなら日和ちゃんもやってみたらええやん! あ、乙香ちゃんも!」
「いや、私はいいや。ってかさ、まーち、最初喋った時、あんた関西弁やめるとか言ってなかったっけ?」
「へ?」
私が言った言葉をすぐには理解できなかったんだろうか。まーちは目が点になって、口を半開きにして頭上にクエスチョンマークを浮かべている。しかしそれもすぐに消えて、顔には表情が戻ってきた。
「…………あぁぁぁ! 忘れてた!」
……そんなことだろうと思ったよ。ちょっと気になることってのはそのことだったんだけど、どうやら本人は私以上に気にしてなかったみたいだ。
「せやねん。うちは関西弁やめようと思ってたんや! 完全に忘れてた!」
「忘れてたぐらいだし、もういいんじゃない?」
「それはあかん! 思い出したらやらなあかん!」
「そうだな、やるぞまーち!」
「日和ちゃん、一緒にやってくれるんか!」
さっきまで忘れていたくせに、まーちは突然やる気になって意気込みだした。というか日和は何をするつもりなんだろう。もう標準語しゃべってるのに。
そんな私が気がかりにしていることは二人ともまったく興味がないようで、嬉々として作戦を練り始めた。幸か不幸か次の授業は英語、つまりさつきお姉ちゃんの授業だ。多分その時に何かやらかすつもりなんだろう。
「おーし、始めんぞー」
と、さつきお姉ちゃんが入ってきた。二人はもう作戦を考え終えたのか、待ってましたとばかりに構えている。その異様な雰囲気の二人を見たさつきお姉ちゃんが小さく『……なんだあれ』とつぶやいたのが聞こえた。
「……えーっと、じゃあ今日は25ページの和訳からだな。ここ、言えるやついるか?」
「はい!」
「ん。そんじゃ……げ、日和かよ」
「なんやねんさつきちゃん! 『げ』ってなんやねん! なんやねん!」
「……いや、お前がなんやねん」
本当にその通りである。これが作戦なんだろうか? これじゃただ日和の頭がおかしくなっただけな気がする。
「……まぁいいや。とりあえず日和、訳言ってみろ」
「わからへんねん! なんやねん!」
「はぁ?」
「代わりに木更津さんが答えてくれるらしいねん! なんやねん!」
「……いやまぁ答えるなら誰でもいいけどよ。じゃあまーち」
「はい。私は今走っています。彼は寝ています。彼女は座っています」
「お、おお。ボケねぇのかよ」
「ボケるとかはちょっとできません。なぜなら私は関東人だからです」
「なんだその英語の例文みたいなしゃべり方」
「いえ、私は木更津弥生です」
「会話しろよ」
「なんやねん! なんやねん!」
「お前はちょっと黙ってろ」
こうしてまーちの方言修正作戦は開始したのでした。
……え、これ続くの?