第28話 唯ちゃんはこんな子
「……この前はすまなかった」
「あ、いや、大丈夫だけど……」
こんにちは。ちょっとギクシャクしちゃってる乙香です。現在学校の昼休み、そして話し相手は愛葉さん。『この前』というのは恐らく、私の家に来た時のことを言ってるんでしょう。
「まぁ、なんつーか……オレ、ちょっと男が苦手でよ」
「あ、そうなんだ。でも何で急にあんなお嬢様口調に?」
「いや、それはなんつーか……」
愛葉さんは言葉を濁らせてしまう。聞いちゃいけないことだったかな? だとしたらあまり根掘り葉掘り聞くのも……とか思っていたら。
「それはね、唯ちゃんもお嬢様だからよ。だから苦手な男の人と話すときは素に戻っちゃうの」
「へ?」
菊花ちゃんが愛葉さんの背後から突如現れ、そう言った。
愛葉さんが、お嬢様?
「ちょ、菊花! 言うなよ!」
「あら、いいじゃない。恥ずかしがることないわよ」
「いや、だってオレみたいなのがお嬢様っておかしいだろ……」
「なにぃ!? 唯にゃんはお嬢様だったのか!」
「日和ちゃん、唯にゃん言うたらネコみたいやから、唯ガオーにしようや。唯ちゃんはどちらか言うたら虎っぽいで」
と、急に教室の扉が開いて、お馴染みの二人、日和とまーちがやってきた。まーちはいつも通り意味不明なことを言ってる。
「げ、日下部と木更津……お前らいたのか」
「そりゃそーだ。同じクラスだし」
「でもさっきまでいなかったじゃねーか」
「竹トンボ飛ばしに行ってたんや。ほんなら職員室の窓から部屋に入ってもうて、さつき先生の頭に刺さってもうた」
「お前ら何してんだよ」
本当に何してるんだこいつら。
私と愛葉さんが呆れて同時にため息をついた時、教室の扉が勢いよく開いた。
「ひよりぃ……まーちぃ……」
「げ、さつきちゃん!」
「てめーらぶっとばす!」
「ちょ、待ってぇなさつき先生!」
「逃げるぞまーち!」
「待てオラァァァァ!」
日和とまーちは来たばかりだというのに再びどこかへ走っていってしまった。さつきお姉ちゃんはそれを追いかけていったけれど、すぐに帰ってきた。
「あれ? さつきお姉ちゃん、日和とまーちは? 逃げられたの?」
「いや、睦美さんに捕まってた」
「あ、お姉ちゃんにか……御愁傷様」
「そんなにヤバいのか? 校長って」
愛葉さんが至極不思議そうに言うのを聞いて、私とさつきお姉ちゃんは思いっきり頷いた。
「何故野放しにされているのかあたしにはわからん。日本の警察は何してんだって思う」
「篠塚先生……さすがにそれは言い過ぎではないですか?」
「菊花ちゃん、本当なんだって。お姉ちゃんはどこかの研究所で作り出された新生物としか思えないもん」
「いや……キメラか」
「あぁ。多分そうだ」
愛葉さんと菊花ちゃんは私とさつきお姉ちゃんが冗談を言ってると思っているかも知れないけれど、あながち冗談でもない。多分今頃日和とまーちも……
「……た、ただいま」
とか言ってたら早くも二人が帰ってきた。なんか物凄く疲れてるみたい。もしかしてとんでもないことをされたんだろうか?
「お姉ちゃんに何されたの?」
「……何もされへんかった」
「? 何もされなかったのに何でそんなにしんどそうなのよ?」
「何もされなかったからしんどいんだよ!」
「せや! 校長はな、うちと日和ちゃんに一人ずつ一発ギャグさせといて、何もせぇへんかったんやで!? 笑わへんどころかツッコミも! こんな仕打ちってないわ!」
「……あぁ、そう」
心配した私が馬鹿だった。そういえばお姉ちゃん、そういうのも好きだったな。させっ放し、みたいな。
「あ、そういえば。愛葉、お前に聞こうと思ってたことがあるんだよ」
「なんですか?」
さつきお姉ちゃんがへこんでいる日和とまーちをよそに、思い出したように言う。
「いや、お前が遅刻してきた日のことなんだけどさ。お前の顔の傷って結局なんだったんだ? あたしはケンカでついたもんだと思ってたんだが、そんなことはなかったみたいだし」
「え!? いやー、えっと、それはそのー」
愛葉さんは私が質問した時みたいにしどろもどろになってしまった。もしかしてまた聞かれたくない理由があるんだろうか?
とか思っていたらさっきと同じように菊花ちゃんがずいっと前に出てきた。
「それはね、唯ちゃんが猫と遊んでたときについた傷よ!」
「猫? なんだ愛葉、お前猫好きか?」
「ちょ、菊花ぁぁぁぁ!」
「いいじゃない。猫好きの唯ちゃん可愛いわ!」
「いや、可愛いとかそういうんじゃなくて」
「唯にゃんカワイー」
「唯ガオー可愛いわぁ」
「う、うるせぇぇぇ! オレは可愛くなんかねぇぇぇ!」
「あ、ちょっと愛葉さん!」
日和とまーちにからかわれて愛葉さんは全速力で教室から出ていってしまった。
「ちょっと、あんたらねぇ、あんまり愛葉さんをからかっちゃダメよ」
「だって唯ちゃん面白いんだもん。ねぇさつきちゃん?」
「……そうだな。よく笑うようになったよ」
さつきお姉ちゃんは少し微笑んでそう言った。その顔がなんだかとっても嬉しそうだったから、なんだか私も笑ってしまった。
「ふふっ」
「何笑ってんだ」
「ううん、なんでもない。それよりさつきお姉ちゃん、そろそろ昼休み終わりだよ?」
「うわ、マジか。しゃーない、授業行くか。めんどくせ」
「教師なのに授業がめんどくさいって……さすがさつきちゃんって感じだね! 最近はちょっと真面目っぽかったけど」
「やっぱさつき先生はそうやないとあかんわ」
「……うるせ」
そう言ってからさつきお姉ちゃんは、ちょっと照れたように教室から出ていきました。