第23話 先生なんてもの
「コーヒーひとつ」
「チキンカツ定食」
「ドリンクバーを」
「えっと、それじゃああんみつをいただこうかしら」
「あたしチョコパフェ!」
「えっと、ドリンクバーで」
「うちはどうしようかな……ここはパフェ、いやでも夕方なってきてお腹も空いてきたし、けど食べて帰ったらお母さんに怒られそう、かといってドリンクバーっていうのも……」
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
「え、ちょっとさつき先生、うちまだ決めてへんのにー」
「おせーんだよ。また後で注文しろ。だいたい付いてくんなっつったろ」
「まぁいいじゃんいいじゃん。細かいことは言いっこなしだよさつきちゃん」
……はぁ。のっけからごちゃごちゃとすいません。さつきです。
愛葉と角木和から話を聞こうとしたところ、話がややこしいとのことで、それじゃ喫茶店にでも行くかと歩いていると、道端でよりによって日和、乙香、まーちに出くわしてしまったのだ。そして案の定喫茶店まで付いてきたというわけ。正直、かなり狭いというのが素直な感想である。
「いやー、それにしてもラッキー! 喉乾いたーって思ってたらさつきちゃん達に会っておごってもらっちゃうなんてさ!」
「は? 何言ってんだ? あたしらの分はうにゃ持ちだけど、お前らは自分で払えよ」
「いやいやあんたが何言ってんのよ」
「えー! うにゃちゃん、あたしたちの分も払ってよ!」
「払わないわよ。ってうにゃちゃんって何よ!?」
「まぁまぁうにゃ。そう興奮しなさんな」
「だいたいあんたがうにゃうにゃって学校で言いまくるから!」
「あの……先生?」
「何よ! あ、愛葉さん。ごめんなさい、ちょっと取り乱したわ」
ちょっとじゃないだろー、と思ったけど、さすがに言わないでおいた。これ言ったらまた怒られそうだしね。
「ま、雑談もほどほどにして、本題に移るぞ。とりあえず今回の件について愛葉に説明してもらおうか」
「あ、はい」
あたしがそう言って愛葉の方を見ると、礼儀正しく返事をしてうなずいた。
「話すと長いんですが、まぁまずはっきりさせたいことから言うと、き……菊花はスケアスレットのリーダーなんですが、リーダーじゃないんです」
「全然ハッキリしてないぞ。すげぇうやむやじゃねぇか」
「いえ、言い方が悪かったですね。実は、スケアスレットというグループは代々、女性がリーダーをする伝統があるらしいんです」
「あぁ……よく知ってるよ」
だってそのルール、睦美さんが作ったものだし。
「それでですね、スケアスレットにはハッキリ言って今、女性は一人しかいないんです」
「……なるほどね。それがこの角木和、というわけか」
「そうなんです」
「……わたくし、リーダーなんてできやしませんわ」
ふむ。さっきから気になってたんだが……
「角木和、お前のそのしゃべり方、すげぇ良いとこのお嬢様みたいなんだよな。そんなお前がなんでスケアスレットみたいなグループに入ってんのかがまず謎なんだが」
「あ、それはですね……言ってみれば、その、鍛えるため、と言いますか。色々な経験を積め、と父に言われたものですから」
「……それであんな暴走族に、ねぇ」
「いえ、初めは優良なんとかグループとか聞いたんですよ? でも入ってみたら何やら内部抗争がどうとか次期リーダーがどうとか言われて急にリーダーにされちゃいますし、大変でしたわ」
「ふぅん……」
そこでチキンカツ定食が来たので一旦会話を止める。ふと横を見ると、何やらうにゃが頭を抱えている。
「うにゃ、どしたの?」
「いや、実は何か頭が痛いのよね。そういえば30分ほど前の記憶がイマイチ曖昧だし……まるでお酒を飲んだみたいに」
「……ふ、ふぅん」
冷や汗をかきつつチキンカツをいただく。……味がわからん。
5分もしないうちに食べ終わると、話の続きを聞くことに。
「で、まぁ角木和の事情はわかったが、そうなると愛葉、お前が何で3日休んだのか、あと角木和とはどういう関係かとか聞かせてもらうか」
「どういう関係、と言われますと……ご近所さんでして、前から多少の面識はあったんですが、まともに喋ったことはなかったぐらいの関係だったんです。ですが前から親同士はすごい仲が良かったみたいで、親づてに聞いたんです。角木和さんが最近ブイブイ言わせてるから様子を見てくれ、って」
「ブイブイ、って言わんだろ今時……」
「ってか唯ちゃん!」
あたしが妙なところにツッコミを入れていると、愛葉の話を聞いていた角木和が急に立ち上がった。……唯ちゃんって誰だよ。
「私のことは菊花って呼んでと言ったでしょう?」
「え、あ、ごめん。まだやっぱり恥ずかしくて……」
愛葉、お前か! お前、愛葉 唯って言うのか! 可愛らしい名前だな!
と、あたしが心の中でツッコミを入れていると、それとは対称的に全力で日和が笑う。
「愛葉ちゃん、照れてんの? かわいー」
「う、うるせぇ黙れ死ね!」
「え」
「え?」
「え、いや……え、え?」
「あ、今のは……な、流れで」
「まぁ日和相手だからしかたねぇよ、うん」
「え!? なんでささつきちゃん!」
「いやだってお前」
「はい! うちコッペパンで!」
「そんなもんあるわけないでしょ! 学校の給食じゃないんだから!」
何やらいつもどおりやかましくなってきたところで、あたしだけに聞こえる程度の声で、愛葉がいった。
「これ……なんですよ」
「え?」
「……私が学校を休んでた理由。そりゃ菊花といっしょにいてやらなきゃ、とは思ってましたけど、それよりも……学校にこうやって騒げる友達がいないのが一番嫌なんです。私、初めて喋った人にはすごくキツく当たっちゃうから。菊花は初めてまともに喋ることができた相手なんです」
「……なるほどねぇ」
絞り出すようにして発していた声はそこで途切れ、愛葉は下を向いてしまった。
「あたしよぉ、先生なんてのは金のために仕方なくあたしらに構ってるもんなんだと思ってたんだよ。ハッキリ言ってこの前までもそう思ってた。でもな、愛葉。お前からどうやったら話を聞けるかとかお前とどうやったら打ち解けられるかとか色々考えてるうちによ、それは違うなーって思ったんだよ。まだあたしなんて教師やって3ヶ月程度しか経ってないし、偉そうに先生のこと語れるような身分じゃないけどな……って寝てんのか?」
散々べらべらと喋ったのだが、どうやら愛葉は下を向いたまま寝てしまってたらしい。ま、あんな恥ずかしい演説、聞いてもらわない方がいいか。
椅子にもたれて、みんなの方を見る。わぁわぁと騒ぐ日和、乙香、まーち、さらにはいつの間にか仲良くなったらしい菊花。その話を聞いて呆れつつも笑顔のうにゃ。それと、愛葉と、あたしと。こんな風景を見ていると、"先生"なんて決まりは、いらないんじゃないかと思う。
「もういっそみんな友達でいいじゃん、なんて」
呟いてみて、愛葉の方を見る。思い過ごしかもしれないが、たしかに、少し微笑んだように見えた。
それを見て、自然と笑顔になるあたしがいたのだった。
「わ、さつきちゃん、何ニヤニヤしてんの?」
「ニヤニヤってなんだ!」
「しかも愛葉ちゃんの方見てたで? これはどういうことや」
「ま、まさか……さつきちゃんが愛葉ちゃんに、恋!? ラブ!?」
前言撤回。やっぱこいつらとは友達にはなりたくない。
「……んなわけねぇだろうがぁぁぁ!」