第22話 教師と生徒-後編-
――3日前、校長室前。
どうも、さつきです。えー、あたしとうにゃは今、緊張の面持ちで校長室の前に立っています。心拍数がヤバい気がします。
「……さ、さつき、早くノックしなさいよ」
「あ、あたしがすんの!? うにゃがしなよ」
「無理に決まってんでしょ! それだったらまだ1年置いといたゴキブリホイホイの中身見るぐらいのがマシよ!」
……すごい例えだけど、たしかにわかる気がする。
なんでこんなにうにゃとあたしが校長室にノックするのを拒んでいるのかというと、それは校長に原因があるわけで。
「……じゃあ、あたしがノックするから、帰りに何かおごってよね」
「……い、いいわよ」
「……よし」
ふぅ、と息を吐いて精神統一する。そしてノックを2つ。
「失礼しま」
「おそぉぉぉぉいぃ!」
「わぁぁ!?」
「きゃあああ!」
ドアを開けようとした瞬間、ドアが思いっきり吹っ飛びました。そして粉々になりました。
「……あ、えと」
「オイ、さつき、優菜。お前らアタシがなんつったか聞こえなかったのか?」
「えと、至急、校長室に来るようにと」
「そーだよ至急なんだよ。至急ってのは3秒以内なんだよ。でもてめーらが来たのは5分経ってからなんだよ。お前、5分ってさカップラーメン作れるどころか麺がふやけて来るぞ?」
「い、いや、でも5分のカップ麺もあります……よ?」
「や、アタシそれは3分で食うから。待ってられんし」
「は、はぁ……」
一体何の話をしてるのかわからなくなってきているが、そんなことつっこめない。この人にツッコミを出来る人なんているんだろうか。
「あー、話がそれたな。で、お前らを今日ここに呼び出したのは他でもない。実は『スケアスレット』が最近かなり荒れてきてるらしい」
ん? 今何か聞き慣れない英単語が出てきたような……
「スケアス……何ですか?」
「あぁ!?」
「いえ! あの!」
「ちょっとさつき! 『スケアスレット』よ。私たちや睦美さんが入ってた、えーと、治安維持グループ!」
「あ、そんな名前だったっけ。ってか治安維持グループというかただの暴走ぞ」
「治安維持グループだ! ……だろ? さつき?」
「……は、はい」
それ以上何も言えなくなる目でこちらをにらんでくる睦美さん。この人の横暴さは本当に中学時代から変わっていない。怖さも。
「……また話がそれたな。で、だ。とりあえずスケアスレットの後輩どもをいっぺんシメてこい」
「へ? わ、私たちがですか? いや、それはさすがに……ねぇ、さつき?」
「え? あ、うん。そ、そだな」
「……さつき?」
「いや、あたしは何もやってないよ!」
「あんたねぇ……」
「オイ」
「は、はいっ!」
「アタシはてめーらの夫婦漫才見てられるほど暇じゃねぇんだよ。大体よ、シメてこいってのは依頼じゃねぇ。命令だ。ま、とりあえず時期は追って話す。それまでに体慣らしとけ。以上。あ、それとあとひとつ。今のリーダーは『カクキワキクカ』とかいう名前らしい。一応覚えとけ」
――現在、学校からの帰り道。
さつきです。
あたしとうにゃは帰りながら、愛葉について話していました。しかし、愛葉の今いる場所がわかるわけもなく、途方に暮れるまま。3日前の睦美さんの話を思い出すと、また憂鬱になってきます。
「カクキワキクカ、だっけ。今のリーダー」
「らしいな。たしか愛葉の机の中に入ってた紙切れにも、角木和菊花って書いてあったような」
「え、ホントに!? じゃあやっぱり、愛葉さんは妙なことに巻き込まれてるんじゃないの!?」
「……どうだろ。でも、かといってスケアスレットの本拠地を見つけるのもあてが……あ」
「ん?」
あたしが何気なしに見ていた前方に映った、2つの影。あれは明らかに見たことのある、しかも今必要としているものだった。
「いーもん見つけた」
「へ? 何の話……ってちょっとさつき、一体どこ行くのよ!」
「まぁまぁ。うにゃは待ってなって」
喚くうにゃをなだめて2つの影の方へ。
「ねぇ、少年たち?」
「あ、なんだおばさ――うわっ!?」
「あんたはいつかの!」
「ちょっと話をしたいんだけどさぁ……」
そう言いながらあたしが足をふってみせると、顔を青ざめる少年たち。あのいたみはまだ忘れてなかったみたいだね。
「え、えっと、なんでしょうか」
「お、なんか急に下からになったね。まぁいいや。とりあえずさ、あんたらの本拠地っての? 教えてくんない?」
「は? 本拠地? 一体何を言ってるのか……」
「おいおい、しらばっくれても無駄だぜ? そのネックレスのトップ、スケアスレットのもんだろ?」
その名前を出した途端、また少年たちは顔色を変えた。しかも今度はかなり汗をかいてるみたい。分かりやすい奴らだなぁ。
「えっと、いや、その……」
「言った方が楽になるよー?」
そう言いつつ、今度は思いっきり足で空を蹴る。それを見て少年たち、また顔面蒼白。
「……つ、ついてきて下さい」
「お、こりゃ親切にどーも。おーい、うにゃー」
うにゃも呼び寄せて、あたしたちは親切な少年2人に連れられ、スケアスレットの本拠地へ。本拠地といっても別に大したものはなく、よくドラマとかで見る悪ガキどもの溜まり場といったものだった。
見渡すと、10人ぐらいの中学生らしき少年たちがこちらをずっとにらんでいる。まぁ言ってみりゃ蟻の巣に蜂が入ってきたようなもんだ。睨みたくもなるだろうな。
「で、あの、ご用件は……」
「あぁ、角木和とかいう奴に会わせてくれ」
「か、角木和……リーダーですか!?」
「うん」
「うんって軽っ! いやリーダーに会わせるには色々と……しかも今ちょっとゴタついてまして」
「だぁからよぉ、あたしたちはそのゴタつきを解消しに来てやったんじゃねーかよ。ほら、どーせ奥にいるんだろ? うにゃ、行くぞ」
「まったく勝手ねぇ。ま、いっか。行きましょ」
「ちょ、ちょっと!」
「オイ待てや!」
「ん?」
あたしとうにゃがサラッと奥に入っていこうとすると、ゴツめの兄ちゃんに阻まれた。物凄い形相――と言っても、怒っているというよりは焦っているような――をしている。
「ここを通るんなら、俺たちを倒してからにしな」
そんな映画やドラマで聞きあきたセリフを言われてテンションの上がるあたしに対して、うにゃはいたって冷静に対処しようとする。
「ま、まぁまぁ。別に私たちもあなたたちと殴りあいをしに来たわけじゃないから」
「や、でもいっぺんシメてこいって睦美さんに言われたじゃんか」
「ちょっ! なんであんたはそう余計なことを!」
「……俺らをシメる、だぁ? 俺らはここらじゃ最強のグループ、スケアスレットだぞ! なめてたら痛い目見んぜ?」
「へぇ……痛い目ってどんな目か見てみたいなぁ」
ふざけたようにあたしがそう言うと、ガタイの良い兄ちゃんはブチッとキレちゃったらしく、唸り声をあげながら走ってきた。それに連られるようにして周りの少年たちも走ってくる。その瞬間、あたしはポケットから小さい缶を取り出し、うにゃの口元へ。中の液体を一気に飲ませた。
「わ! ち、ちょっとさつき、あんたにゃにを……ふぇ? ……あんだよここどこだよ? うるっせぇなガキ共が!」
「よっしゃうにゃ、いくよー」
あたしがうにゃに飲ましたのは缶ビール。シラフだと相手に気を使って殴れないから、よく中学の頃も喧嘩の時はこの方法をとったものだった。
「うぉりゃあああ!」
しかも酒の入った時のうにゃはやたらと強い。散々暴れまくって、結局ほとんどをうにゃが仕留めてしまった。あ、仕留めるってもちろん息の根を止めたわけじゃないからね?
一瞬でカタがついてしまって『あっけないなー』と思ってると、奥からまた2つの影が出てきた。真打ち登場か? とあたしがわくわくしながら見ていると、どうやら違ったらしく、その姿はまた見たことのあるものだった。
「……愛葉」
「せ、先生! どうしてここに……ってこの周りの人たちは?」
「え、いやまぁ何か色々あって倒れた。それよりお前、大丈夫か?」
「……? 大丈夫って何がです?」
「いや、お前この3日間、捕まってたんじゃねーのか?」
「は?」
と、あたしたちがどうも噛み合わない話をしていると、奥からまた中学生らしき女の子が出てきた。あれがもしかして……
「オイ、お前、角木和菊花か?」
「へっ? あ、はい。そうです」
「ん? いやに丁寧だな」
「いや、これには色々事情が……」
ますます話がわからなくなっていく中、さっきのしたはずのゴツい兄ちゃんはさすがにタフなのか、急に目覚めた。そして角木和の姿を確認するや否や、瞬時に近づいてきた。
「あ、アネゴぉ」
「ひゃい! い、いや、私はアネゴなんかじゃないですぅ!」
「……え?」
本当に意味不明な状況だったが、この件は丸く収まる。根拠はどこにもなかったが、あたしには何故かそう思えたのだった。