第21話 教師と生徒-中編-
どうも、さつきです。
授業も終わって、時計は5時50分を指しています。今日はうにゃと二人で帰る予定のため、いつもよりちょっと長めのお仕事ですね。
「ふぁー……ねむっ! ねーうにゃ、まだ?」
「ちょっと待ちなさいよ。もうすぐだから。コレをこうして……よし、出来た!」
「やっと終わったか! あーしんど」
「あんた何にもやってないでしょ」
「いやいや、待つのって実際に何かやってる人より断然しんどいと思うよ。コレほんとだから。ってか何やってたの?」
「何ってあんた……期末テスト作ってたに決まってんでしょうが」
……へ?
「き、期末テスト?」
「そう。期末テスト。あんたも作ったでしょ? もう明明後日からテストよ?」
嫌な汗が首筋を伝う。
「……いや、実は期末テストってなくなったらしいよ。何か、期末ってのが世紀末っぽくて不安を駆られるからって」
「どんな理由だよ。名前変えりゃ済む話だろうが」
「いや、みんなそこまでは頭が回らなかったみたいだ」
「どこまでだよ。すごい初歩的なとこじゃん。ってかワケわかんない言い訳してないで、早く作った方が良いんじゃないの?」
「うぅ……」
結局作んなきゃいけないのか……しかも明明後日までに。そんなの絶対無理だろ。
ものすごい暗い気分のあたしとは対照的に、一仕事終えたうにゃはスッキリした顔をしている。何か腹立つなー、くそ。
「よし、そんじゃ帰ろっか」
「よし、そんじゃ今日はうにゃのおごりで」
「はぁ? 意味わかんないわよ。大体今日は私……ってあれ?」
うにゃは何かを探すようにキョロキョロと周りを見回し、自分のポケットというポケットを漁りまくっている。
「……なにやってんの?」
「それが、財布がないのよ。たしかにポケットに入れといたはずなのに」
「財布? どっかに落としたんじゃないの?」
「そうかも。たしか5時間目までは持ってた記憶があるから、6時間目に落としたのかな。6時間目は、えぇと……あ、E組だ」
「あたしんとこ? そんなのなかったと思うけど」
「でも無かったら困るし、探しに行ってくる。ちょっと待ってて」
「え、あたしも行くよ。暇だし」
というわけで、うにゃの財布探しに行くことに。6時を過ぎた学校は薄暗くなってきていてちょっと不気味だ。でも、なんとなく哀愁も漂っていて、なんだか懐かしい気持ちになる。
E組に着くと、すぐに二人で財布を探し始めた。下を見ながら歩いていると言ったって、二人で頭をぶつけるなんてベタなことは……
「がっ!」
「……なにやってんのよ」
「机に頭ぶつけた……」
「日頃から整頓するように生徒に言ってないから、そんなことになるのよ」
「えらそーに。うにゃだって昔、成瀬に部屋に入られて『部屋散らかってるね』って言われてへこんでたくせに」
「ちょちょちょちょっと! 今はその話は関係ないでしょ! 何でその名前が出てくんのよ!」
「そういやブレスレットもらったとか言ってすごい嬉しそうにしてたのに、部屋を出るときにドアノブに引っ掛かってちぎれちゃって泣いてたこともあったよね」
「ぎゃー! あんたは! あたしのことすっかり忘れてたくせに何でそういうことは覚えてるかな!」
「いやー、何でか記憶がものすごいよみがえってきたよ。そういえば他にも」
「あああ! あったあった! 財布あったから! もういい、いいです!」
「何大声出してんの。……あ、そこ愛葉のとこか。あいつ、連絡なしについに3日休みだな」
話を切り替えてみると、うにゃもやっと落ち着いて話し出した。ってか慌てすぎだっての。
「愛葉さん、妙なことに巻き込まれてないと良いけど」
「でも、睦美さん……いや校長にもああ言われたとこだし、やっぱり何かあるのかもしんないな」
「教師の私がこんなこと言っちゃダメなんだろうけど、ただのサボりであることを切に願うわよ」
「……そうだな」
そう言いながらあたしは、今朝うにゃに言われたことを思い出していた。本当に自分でも驚くぐらいに他人を心配しているあたしがいたのだ。唯我独尊とまではいかなくとも、自分勝手であることは自負しているあたしが、だ。
何か変な感じだな、とか思いながら何気なく愛葉の机に座ると、机が前に傾いてそのまま机ごとずっこけた。
「いだっ! 腰、腰うった!」
「ちょっとさつき、あんた食べすぎなんじゃないの? 普通机って座っただけで前に倒れたりしないわよ」
「いや、違う! 違うんだって! こいつの机ん中、何も入ってなかったからだって!」
「あ、ホントだ。だからって言っても……ん?」
「どした?」
うにゃは急に話をやめて入り口が上を向いて中身が見える状態になった机の引き出し部分を凝視している。まるで目が悪い人がテレビを見るときみたいに。……この例え、わかりづらいな。とにかく、うにゃは机の中を見ていた。すると、ふいに手を伸ばし、そのまま机の奥に手をつっこんだ。
再びうにゃの手が出てきてその手が開かれたとき、掌に乗っていたのは、見覚えのあるネックレスと、しわくちゃになった一枚の白い紙だった。紙には、殴り書きで『角木和菊花』と書いてある。
「なんだこれ? 角木和……って人の名前か? ってかこのネックレス、どこかで見たことあるような……あ、そうだ! この前シメた中学生がつけてたやつだ」
「……あんたね、中学校教諭が中学生をシメてどうすんのよ」
「いや、あれは人助けだから仕方ない!」
「……はぁ。まぁいいわ。ってかあんた、これホントに覚えてないの? ネックレス型になってるけど、あんたもこのトップ部分だけは持ってるでしょ?」
「え? いや、たしかにこの形は見たことあるけど……なんだっけ、これ。見た感じSとTが合体して作られたマークっぽいけど」
「そーよ。STといえば?」
「ま、まさか……」
「…………」
うにゃが無言で頷く。
「やっぱり、やっぱりそうなのか。ST、それは……『スペシャル・トッピング』のことだったのか!」
……10秒ほど、無の時間が訪れた。カラスが鳴く声が、まるで耳元で叫んでいるかのように大きく聞こえる。無の時間の後、うにゃはしっかりはっきりこう言った。
「アイス屋か!」
……と。