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ゆとりろ!  作者: 雲丹
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第1話 教師さつき

「……ちゃん! おねーちゃん! おねーちゃんってば!」


 ……んー。何か声がする。あたしが寝てたんだし多分朝なんだろう。あたしが眠いんだしまだ早朝なんだろーな。そうに決まってる。まったく、朝早くから何なんだいったい。

 そんなひとりごとを頭の中で呟いてから薄目を開けると、そこには見飽きた……もとい見慣れた顔があった。


「んー……なんだよきぃ」


 あたしがそう言うと、きぃは呆れたような顔をした……もといしやがった。


「なんだよじゃないよー! もう8時前だよ? 早くしないと遅れちゃうよ」


「へ?」


 そのきぃの言葉に、恐る恐る時計を見てみると。


「7時38分……25秒……だと!?」


「細かいな」


「ちょ、なんで起こしてくんなかったの!」


「何度も起こしたよー! ってか自分で起きなよ!」


「無理!」


「オイ」


 ってこんな話してる場合じゃない!

 あ、申し遅れましたがあたしは篠塚さつき。1……いや22歳です。さっきのは妹の季実、小2か3か忘れましたけどそんな感じです。親は両方仕事で忙しく今は二人で暮らしてます。とりあえずそんな感じです。今はとにかく急がないと!


「いってきまー!」


 そう叫んで家を飛び出し、バイクにまたがる。ポケットから無駄にでかいキーホルダーのついたキーを取り出し、差そうとしたところ。


「……コレ、チャリのカギやん」


 取りに戻るのもめんどくさいし、どこにあるか見当はつかないし、っていうか時間ないし。


「あーもう!」


 仕方なく自転車で行くことにしよう。飛ばさないとヤバい!


「うぉらぁぁぁぁぁ!」


 すれ違ったおばちゃんが腰を抜かしたのが横目に見えた。







「あぁ……間に合った」


 時刻は8時20分。朝礼は8時半。いやホントにギリギリだったな今日は。ってか初日だけど。

 息を整えながらふと前を見ると、髪がちょっと少なめのおっさんが近づいてきた。


「えー、篠塚先生でしたかな?」


「あ、はい。そうです」


 できるだけ笑顔を作って対応する。なんか頬の筋肉つりそうなんだが。


「君も一端の教師なら、しかも新人なんだし、もうちょっと早く来なさい」


「あ、すいません先生」


「君も先生だろうが」


 そう言ってから薄いおっさんは自分の席へと戻った。あ、言い忘れてたけどあたしの職業は教師。まぁ型破りであることは自覚してる。でも今日が初日だしこれくらい……って一般的には初日こそ気合いを入れるべきなのか。


 ま、いっか。


 とりあえず教室に行くことにするか。たしかあたしの担当の教室は1ーDだったはず。1ーD、1ーDか……


 どこにあるんだろ。


「すいませーん。1ーDってどこっすか?」


「D? Dなら廊下の一番奥の教室だけど……え、なん」


「ありがとーございまーす」


 自分のクラスぐらい知っとけって文句を言われる前に逃走。職員室をさっさと出て廊下を歩く。文句とか聞いてらんないしね。A、B、Cの教室を過ぎて突き当たりのD組に。よし、入るか。

 ……いや待て。普通に入っても面白くないだろ。ここは奇をてらってテンション高めで……


「ハローゥ! エヴリワんっ!?」


「……え?」


 拙い英語を叫びながら入室すると、なんと先に来ていた職員らしき人物と目があった。その女性はこっちを見ると表情を変え、笑顔で近づいてくる。


「あら、さつき! 久しぶりねー」


 ……ん?


「ていうかあんた変わってないわねホント。大体なんであんたが教員やってんのよ?」


 えーっ……と。


「ちょっと聞いてる?返事ぐらいしなさいよー」


「いや、あの……あんた誰?」


「え」


「あ、いや全く覚えてないわけじゃなくて! なんか髪型とか見覚えが」


「髪型はこの前変えたばっかりよ」


「そのメガネなんてホント記憶に」


「あの頃はコンタクトだったっつーの」


「……えーっと。……あんた誰?」


「あんたねぇ……」


 ハァ、と目の前の知り合いらしき人物は大きなため息をつく。


「私よ私。優菜。杉沢優菜よ」


「杉沢さん……」


「あんたまだ思い出せないの?」


「いや、聞いたことはあるけど……あたし、あんたのこと何て呼んでたっけ?」


「え!? ここでそれ言うの?」


 杉沢さんは生徒を恥ずかしそうに一瞥して、あたしの耳元に近づいてきた。


「……にゃ」


「へ?」


「だから、うにゃって呼んでたでしょ」


 うにゃ?


 ……あ。


「あああああ! うにゃか! うわー、久しぶりだねー!」


「あぁはいはい。久しぶりね。さっき言ったろーが。ていうかあんた、自分のクラス行かないの?」


「何言ってんだようにゃー。ここがあたしの管轄だよ?」


「……管轄って何よ。てかここは私のクラス。あんたはE組でしょ」


「え」


 E組? 突き当たりがD組なのにE組?


「E組ってどこに……」


 うにゃがスッと指差した方向には、渡り廊下でつながったボロっちい校舎が見えている。


「……あのすんごいボロいとこ?」


「そうよ。あんたちゃんとプリント見たの?」


「ヤギにやった」


「は?」


 あぁ……めんどくさいなぁ、もう。なんであたしだけあんなボロ小屋でやんなきゃいけないのさ。


「あ、そうだ! うにゃ、あたしとクラス交換しない?」


「できねーよ。ってか早よ行かんかい」


「ちぇー」


 仕方ない。E組行くかぁ……。

 さっきとは打って変わってトボトボと歩いてE組へ。中では生徒達が先生を待ちわびている様子。もう普通に入ろ。

 ドアを開くとほぼ全員がこっちを見る。あたしは教壇に登って手に持っていた出席簿を机に置いた。


「はぁーい。皆さんおはようございまーす。あたしの名前は、篠塚さつき。どうぞよろしくー」


 言い終わると、『よろしくお願いします』の声と共に、誰かの声が。


「はーい! はい! 先生ー!」


 ……何だあいつ。テンションたけぇ。


「何? えっと」


「日和です! 日下部日和! 元気が一番日下部日和でございます!」


 選挙活動ですか?


「じゃあ日下部さん。何かしら?」


「えっと、先生は何で遅れたんですか?」


「大人の事情です」


「じゃあ彼氏はいますか?」


「秘密です」


「いないんですね!」


「シバくぞてめぇ」


「じゃあ、年齢はいくつですか?」


「……いくつに見える?」


「26!」


 ……このガキ。


「1……いや22だよボケ」


「えー? 見えません!」


「てめぇ!」


「篠塚先生!」


「は?」


 声の主を探すと、そこには薄いおっさんが。


「教師たるもの、もう少し言葉遣いを考えなさい」


「あ、はい」


「あと声は小さめに。廊下に丸ぎこえです」


「はぁ、すいません先生」


「だから君も先生だろうが」


 なんかもう決まり文句みたいな感じでそう言ってから去っていくおっさん。まぁどうでもいいや。


「じゃあ質問タイムはこれで終わり。日下部は座れ。んじゃ、めんどくさいけど出席とるぞー。えー、愛葉」


「…………」


 あら? いない?


「初日からサボりとは何ともなめられたもんだねー」


「……いるよ」


「へ?」


 声がした方を見てみると、目つきの悪い女の子がこちらを見ていた。


「あ、いたのね。ごめんごめん。じゃあ次……」


「遅れてすいません!」


「あ?」


 その声と同時に突然ドアが開いた。見てみると、ポニーテールの女の子が行きも絶え絶えといった風にしている。

 あー、遅刻か。とりあえずここはいじっとかないとね。


「おいおい、初日から遅刻たぁどういう了見だ?」


「先生は人のことを言えないと思います!」


「うっせぇ! えーっと。お前は誰だオイ」


「あ、すいません。私は桜馬……ん?」


「ん?」


 女の子が顔を上げてあたしの顔をまじまじと見てくる。……いったい何なんだ?


「あれ? もしかしてさつき姉ちゃん?」


「は? いやあたしにはあんたみたいな妹は」


「違う違う! 私よ! 乙香(いつか)。小さい頃近くに住んでたでしょ」


 は? こいつは何を言って……あ、そんなやついたようないなかったような。ってかそれが本当なら、あたしのある重大な『秘密』がバレてしまう危険性がある。

 よし、ここは他人のフリをしよう。


「え? アナタ誰デースカ? アタシ日本キタバカリデチョトワカンナイヨォ」


「さつきちゃん、何言ってんの?」


「イヤアタシ最初カラコノシャベリカタダッタヨォ」


「まるで密入国した中国人みたいだよ」


 ……なんか日下部にツッコミされると屈辱的だな。

 そんなことを考えてる時に、


「で、さつきお姉ちゃんであってるのよね?」


 とか乙香に急に聞かれたもんだから、


「あ、うん」


 って普通に返しちゃったよ。


「あっ! いや今のは」


「ホントに? さつきお姉ちゃんが担任なんて嬉しいな」


「だろ? ま、困ったことがあれば何でも言えよな」


「うん!」


 ……何言ってんだ、あたし……


 初日がこんなんで、これからやってけるんだろうか、とか不安になったあたしダッタヨォ。




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