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夏編 一章:鉄壁の門と、秘密の豪邸

 

「あの、ハクレンさん……どこまで歩くのですか? もう足が……」


 慣れない山道に、私は息を切らして問いかけた。老人の足取りは驚くほど軽く、疲れの色一つ見せない。


「なんじゃ、もうへばったのか。もう少しで着くぞ。ほれ、見えるか」


 ハクレンが指さした先には、周囲の景色を威圧するような巨大な城門がそびえ立っていた。空からの侵入以外には、この門を通る以外に道はない。


「すご~い……。あんなに厳重なら、誰も入れませんね! ……あっ、でも空からなら入られちゃうかも」


 ふと思ったことを口走ると、ハクレンは愉快そうに髭を撫でた。


「ふふふ、空からか。確かに上空は開いておるが、あそこには強力な魔物除けの結界が張ってある。触れればたちまち黒焦げじゃ。侵入は不可能に近いと言えるの」


「結界……。本当に、元いた世界とは違うんだ」


 ポツリと溢れた私の言葉に、ハクレンの目が鋭く光った。


「その『元いた世界』というのは、お主が異世界人だということか? ……いいか、そのことは無闇に話すでないぞ。異世界人は碌な扱いをされん。決して口外するな、お前のために言っておるのだぞ」


 その切実な忠告に、私は胸が騒いだ。


「……私以外にも、いるんですか? なら、私と同じ顔をした人を知りませんか!?」


「昔から異世界人はおる。だが、まともに生活できている者は稀だ。国の異世界人専用の刻印を刻まれて兵器にされるか、奴隷になるか……。お前さんと同じ顔、双子か? ワシの知る限りでは、心当たりはないの」


 服従、奴隷。ハクレンの口から出た言葉は、想像以上に重く、暗いものだった。


(冬……絶対に無事でいてね)


 私たちは、圧倒的な存在感を放つ巨大な扉の前へと辿り着いた。


「すまぬが、戻ったぞ。開けてくれ」

 ハクレンが声をかけると、武装した兵士たちが親しげに、かつ敬意を込めて応じた。


「ハクレン様、ご無事で! 結局、あの光の正体は何だったのですか? それに、その連れのお嬢さんは……」


「光の場所には何もなかった。この娘は、帰り道にゴブリンに襲われていたところを助けたのだ。ワシの客人として招き入れるが、問題ないな?」


「ハクレン様の客人であれば身体検査も不要です。通しましょう!」


(ハクレン様……? この人、ただのおじいちゃんじゃないんだ)


 兵士が合図を送ると、巨大な門が重低音を響かせてゆっくりと開いていく。私は圧倒されながら、その向こう側に広がる世界へと足を踏み入れた。


 案内された先には、森の中とは思えないほどの立派な豪邸が建っていた。


 玄関を開けると、幼いメイド服を着た少女が深々とお辞儀をした。


「お帰りなさいませ、ハクレン様」


「呼び捨てで良いと言ったろうに。桜、お前と同じ異世界人を保護した。ここのことを教えてやってくれ」


「異世界人……」


 私は驚いて桜を見つめた。同時に、嫌な想像が頭をよぎる。ハクレンもまた、異世界人を囲っている人身売買のような存在なのでは――。

 私の不安を察したのか、ハクレンが静かに笑った。


「安心せい、ワシはそんなことはせん。桜は、魔族に占拠されていた村で唯一生き残っていたところをワシが保護したのだ」


「はい、ハクレン様の言う通りです。私はここで、平穏に過ごさせていただいています」


 桜の穏やかな微笑みに、私はようやく安堵の息を吐いた。


 桜に案内され、私は豪華な客室へと通された。


「こちらのお部屋を自由にお使いください。お食事の準備ができましたら、お呼びしますね」


「ありがとう、桜」


 丁寧な挨拶をして部屋を去る桜。しかし、扉が閉まる直前、私は彼女の瞳の奥に「何か」を見てしまった気がした。


(しっかりしているけど……なんだろう。私を見る目が、どこか不自然というか……)


 うまく言葉にできない違和感。けれど、慣れない異世界での逃走劇と緊張で、私の体力は限界だった。ふかふかのベッドに倒れ込むと、私は吸い込まれるように深い眠りに落ちた。


 その頃、自室に戻ったハクレンは、机に山積みにされた資料に目を通していた。


「さて、ワシの留守中にまた軍の使いが来たか。何度断れば気が済む……ワシはもう、戦場に戻る気などないというのに」


 彼はため息をつき、資料を脇に置いた。


「桜の件も、どうにかせねばな。ワシを頼るばかりではあやつのためにはならん。今日連れてきた夏と、歳も近い。仲良くなってくれれば良いのだが……」


 ハクレンの独り言は、静かな夜の闇に消えていった。




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