第四章:双子の妹、冬の目覚め
「……うぅん、ここは?」
私は自分の体に触れ、感触を確かめた。あの殺人鬼に背中を何度も刺され、死んだはず。けれど、傷跡もなければ痛みもない。そこは何もない、真っ白な空間だった。
「とりあえず、進むしかないわね……」
当てどなく歩き出すと、前方から一人の男が歩いてくるのが見えた。私は足を止め、警戒しながら声をかける。
「あの、ここは何処なのですか?」
「ここは、僕が用意した特別な場所さ。君はあの男に殺された。それは紛れもない事実だ。……死なせたくなくてね、君をここに呼んだんだよ」
男の言葉を、私は冷めた目で見つめた。
「……死んだ、でしょうね。であんたは誰? 特別な場所ってどういう意味?」
「僕は神だよ。だから君に頼みがある。ある世界を救ってほしいんだ」
「神? 嘘くさいわね……。神なら私を生き返らせてよ。それに世界を救えだなんて、急に言われても意味が分からない。あんたの言うこと、全部嘘に聞こえるわ」
男は一瞬、驚いたように目を見開き、すぐに愉快そうに笑った。
「嘘くさいか。……正解だよ! 僕は神ではない。だが神に近い存在なのは確かだ。君を元の場所に生き返らせることはできないが、別の世界へ送ることはできる。……『世界を救え』と言わなければ、君は動かないだろう?」
私は鼻で笑った。神に近い存在というのも怪しいものだ。
「それはもういいわ。それより、夏はどうなったの? 分かる?」
「あの子なら、君より先に別の世界へ行ったよ。『冬に会いたい』なんて言いながらね」
「……夏ったら、本当にお人好しなんだから。……分かったわ。なら、私もその世界へ送り込んで」
「いいでしょう。では、始めましょうか」
男が私に触れた瞬間、意識が急速に遠のいていく。倒れ込む私を見下ろしながら、男は独り言を漏らした。
「中々に面白い女だ。……さて、もう一人の『夏』にも会いに行くとしますか」
次に目を開けたとき、視界には見知らぬ景色が広がっていた。
「本当に、別の世界に来ちゃったのね……。夏もどこかにいるはずだけど。言葉は通じるのかしら」
まずは探索。しばらく歩くと、石で舗装された道に出た。
「舗装されている道……ここで待てば誰か通るかも」
考えが的中するのに、時間はかからなかった。遠くから蹄の音が響き、馬車がこちらへ向かってくる。私は迷わず道に飛び出した。
「うおっと、危ないぞお嬢ちゃん!」
御手が巧みに馬を操り、馬車が急停車する。中から苛立った声が響いた。
「何事だ! 急に止まるな!」
「申し訳ありません! 突然、女が飛び出してきまして……」
馬車の窓から顔を覗かせたのは、いかにも傲慢そうな男だった。彼は私の体を舐めるように観察すると、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
「ここはどこか、ですって? そんなことはどうでもいい。それより俺の奴隷にしてやる。馬車の中へ入れ」
「……意味が分からないわ。どうして奴隷にならなきゃいけないの? 場所を知りたいだけなんだけど」
「口答えするな、この女が! お前ら、捕らえろ!」
馬車から鎧を着た大男が降りてくる。私は反射的に逃げようとしたが、突如として足が鉛のように重くなった。
「えっ? 足が……動かない!?」
「無駄だ。中の魔法使いが『ヘビー』をかけている。逃げられると思うなよ」
大男の太い腕が私の肩を掴む。
「離しなさいよ! 離して!」
「手荒な真似はしたくないがな……悪いが気絶させてやる」
男の拳が私のお腹に迫る。――しかし、その拳が届くことはなかった。
「……誰?」
大男の拳を、片手で受け止めている人物がいた。白髪の、整った顔立ちをした男だ。
さらに、馬車の影から小太りな老紳士がひょっこりと顔を出した。
「すみませんな、急いでおりますので。これで穏便に済ませてはもらえませぬか?」
老紳士が差し出した小袋を受け取った傲慢な男は、中身を確認すると鼻を鳴らした。
「……ほう。今回はこれに免じてやる。戻れ! 出発だ!」
大男は白髪の男を睨みつけながら馬車へ戻っていく。
「命拾いしたな」という捨て台詞に、白髪の男は冷たく返した。
「それはこちらの台詞だ。引かねば、その腕を切り落としていたところだ」
馬車が走り去り、静寂が戻る。
「あの、ありがとうございます。助かりました」
私が礼を言うと、白髪の男は突如、私の前で跪いた。
「おお……美しい。好きです。私とお付き合いを!」
「……ふぇ? え、な……何を言ってるの!? ごめんなさい、無理です!」
突然の求婚に呆然としていると、老紳士が苦笑しながら割って入った。
「こらこら、よしなさい。お嬢さんが困っておろう。……危ないところだったの。ワシらが通りかからねば大変なことになっておったぞ」
白髪の男は残念そうに立ち上がった。
「本気だったのに……。ですが、今は離れるのが得策ですね。あの金袋の中身も……」
「ああ。さてお嬢さん、どうするかね? ワシらの馬車に乗って、町まで行くかの?」
私は少し考え、頷いた。
「……はい。お願いします」
こうして、夏は老いた剣客に、冬は謎の白髪の男と老紳士に。
離れ離れになった双子は、それぞれの手法で、この理不尽な世界を歩み始めた。




