表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第二章:絶望の帰路と、血塗られた奉仕

 

「おはよう……じゃなくて、こんにちは!」


 勢いよく教室の扉を開けた私の横で、冬はいつものように小さく会釈をした。


「夏、冬、ちっす! 大変なことになってるね。犯人、まだ捕まってないじゃん」


 仲の良い友達が、心配そうに声をかけてくる。鞄を席に置きながら、私は溜息をついた。


「そうなのよ。早く捕まってほしいわ」


「まぁ、時間の問題でしょ。監視カメラも目撃者だっているんだから」


 そんな会話を交わしながら過ごす放課後。私たちは部活に入っていないため、いつものカフェで友達としばらく話し込んでしまった。


 ふと携帯を確認すると、時刻は17時43分。


「もうこんな時間。そろそろ帰らなくちゃ」


「そうね。あまり遅くなると怖いし、犯人のことも気になるから」


 友達に見送られ、私たちはカフェを後にした。


 家へ向かう道中、ビルに掲げられた巨大なスクリーンが夜の街を照らしていた。


『速報:駅前殺傷事件の犯人、依然逃走中。行方不明――』


「……まだ捕まらないんだ。冬、早く捕まってほしいよね」


 不安を紛らわせるように問いかけると、冬は真っ直ぐ前を見つめたまま答えた。


「そうね。捕まってくれれば、明日から安心して学校に行けるのに」


 ようやく辿り着いた家の前。しかし、冬が私の服を強く引っ張り、足を止めた。


「……おかしいわ。お父さんもお母さんも休みで家にいるはずなのに、電気が一つもついてない」

 嫌な予感が胸を掠める。けれど私は、それを振り払うように笑ってみせた。


「買い物にでも行ってるのよ。とりあえず入りましょう」


 鍵を差し込み、回す。……ガチャリ、という音とともに扉が閉まった。


「あれ? 鍵が開いてた……? 閉め忘れて出かけたのかな」


 嫌な汗が背中を流れる。私が再び鍵を開けようとしたその時、冬が震える声で言った。


「夏、やっぱりおかしい。ここから離れよう――」


 その言葉が終わるより早く、玄関の扉が内側から勢いよく開いた。

 闇の中から伸びてきた太い腕が、私を後ろから羽交い締めにし、喉元に冷たい金属の感触を押し当てる。


「ようやく帰宅か。さあ、中に入れ。叫んだら即座に喉を掻き切るぞ」


 男の濁った声。包丁の冷たさに、私は呼吸を忘れた。


「分かった……言う通りにするから。夏に酷いことはしないで」


 冬が必死に男を宥め、私たちは死神に導かれるように暗い家の中へと引きずり込まれた。


「鍵を閉めろ!」


 男の命令に従い、冬が震える手で鍵をかける。

 暗闇の中を、男に突き飛ばされるようにして奥へ進む。その時だった。通り過ぎる車のヘッドライトが、窓越しに一瞬だけ廊下を照らし出した。

 光の中に浮かび上がったのは、トイレの前で物言わぬ肉塊と化した父親の姿。


「お、お父さん……? 死んでるの……? 嘘……」


 冬がその場にへたり込み、混乱に陥る。男は下卑た笑いを浮かべた。


「安心しろ、すぐにお前らも同じところへ行かせてやる。……だが、まだ死にたくねえだろ? なら、俺に奉仕しろ。高校生なら意味は分かるよな? 部屋へ行け。さっさと動け!」


 私を盾にしたまま、男が寝室へと進もうとする。


(このままじゃ、二人とも殺される……せめて冬だけでも……!)


 私は覚悟を決め、自分を拘束している男の腕に思い切り噛みついた。


「うげぇ、痛えっ!」


 男が怯んだ隙に、私は叫んだ。


「冬、早く逃げて!!」


「嫌、待って、やめて!!!」


 冬の絶叫が響くと同時、私の背中に焼き付くような痛みが走った。


「いぎゃあぁぁあ!!」


 背後から突き立てられた包丁。私は地面に押し倒され、髪を無理やり掴み上げられる。


「死にたいんだな、このガキが! このまま抉り出してやろうか!」


 激痛で声も出ない私を、冬が涙ながらに制止した。


「言うこと聞くから……夏を、夏をこれ以上傷つけないで! 殺さないで!」


 男はニヤニヤしながら、刺さった包丁をゆっくりとグリグリと回した。


「ひぎいぃぃああぁぁあ!」


「やめて! 何でもする! 何でもするから!

 」

「何でも、ねぇ……。なら、ここで裸になれ。そうすりゃ許してやらんこともない」


 冬は震える手で制服に手をかけ、服を脱ぎ始めた。

 男の意識が、冬の肢体へと集中する。包丁を握る手の力がわずかに緩んだその瞬間。


「――今だッ!」


 冬は脱ぎ捨てた制服を男の顔面に投げつけ、全霊の力で突撃した。


 壁に頭を強打し、男が呻き声を上げる。


「夏、絶対に助けるから!」


 冬は瀕死の私を背負うようにして、出口へ向かおうとした。

 だが、地を這う男の手が冬の足を掴んだ。

 二人の体が重なり合うように倒れ込む。


「クソガキが……もういい、殺してやる」


 男の怒声とともに、銀光が何度も冬の背中に振り下ろされた。


「ああぁっ!」「う、あぁっ!」


 刺されるたびに上がる冬の叫び。しかし、それもやがて、小さく途切れ途切れの呼吸へと変わっていった。


 ……私の意識が遠のく中、冬の叫び声が聞こえなくなった。


 静寂。そして、男が私に近づいてくる気配。


「お前もどうせ死ぬんだ。その前に、存分に楽しませてもらうぜ……」


 服が引き裂かれる音が響く。私は指一本動かせず、なすがままに死を待っていた。


 その時。

 突如として男が動きを止め、背後を振り返った。

 朦朧とする視界で、私もその方向を見る。

 そこにいたのは、重力に逆らうようにして、薄暗い部屋の宙を漂う「人物」だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ