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第一章:血溜まりに消えた日常

 

「……ねぇ、本当に聞きたいの?」


 私の名前は藤木夏(ふじきなつ)。どこにでもいる普通の高校生。私には、(ふゆ)という双子の妹がいる。


 私達は同じ高校に通っていた。「通っていた」という過去形に、違和感を覚える人は鋭い。けれど、これから話す真実を理解できる人なんて、きっとこの世にはいない。


 あの日、私達家族が「殺人鬼」に皆殺しにされた。それが、私達の物語の始まり。


 とある朝、私と冬はいつものように朝食を囲んでいた。テレビから流れる軽快なワイドショーの音を、突如として割り込んだ【緊急速報】が切り裂く。


「先程、駅前にて通行人が何者かに刺されました。犯人は現在も逃走中です――」


 画面の中のキャスターが、焦燥した顔で繰り返す。私はトーストを齧りながら、隣の冬に視線を向けた。


「ここの駅って、私達がいつも使ってるところだ。怖いわね、冬」


「そうね。……どうする夏? 犯人捕まってないみたいだけど、学校行く?」


 冬の問いに答えようとした瞬間、奥の部屋から支度を終えた父さんと母さんが顔を出した。二人の表情は強張っていた。


「夏、冬。今日は学校へ行くのを遅らせなさい。犯人が捕まるまで外は危険だ」


「そうよ、先生にはお母さんから連絡しておくから。お昼頃まで様子を見ましょう」


 私達は顔を見合わせ、大人しく頷いた。

 部屋に戻り、友人たちにSNSで状況を伝える。ふとした沈黙の中、私は窓の外を見つめながら呟いた。


「ねぇ冬。もし仮に殺されたら、私達どうなるのかな。やっぱり天国か地獄に行くのかしら」


「……さぁね。考えたこともないけど、案外そんなものかもよ。それより、早く捕まるといいわね」


 冬のそっけない返事。それが、平和な日常で交わした最後の、なんてことない雑談だった。


 その頃、駅近くの薄暗い路地裏。

 返り血を浴びた服を脱ぎ捨て、荒い息を吐きながら着替えている男がいた。


「クソ、俺は悪くない……悪いのはアイツだ! ……だが、逃げ切れるのか?」


 焦燥に駆られる男の背後から、場違いに穏やかな声が響く。


「お困りのようですね? よろしければ、私が手助けいたしましょうか」


 男は弾かれたように振り向き、隠し持っていた包丁を突き立てた。確かな手応え。しかし、刺されたはずの「人物」は、血の一滴すら流さずに微笑んでいた。


「いきなりですね。ですが、私にそんなものは効きませんよ。私は貴方の味方です」


「はは……悪い夢か? あんた、何者だ」


「神、とでも名乗りましょうか。困った人を助けるのは神の役目。……代わりに、私が指定する人物を殺してほしいのです。そうすれば、貴方を逃がしてあげましょう」


「神」を自称する存在は、二枚の写真を地面に投げた。


 写っていたのは、年若き双子の少女。


「……この二人を殺せば、本当に助けてくれるんだな?」


「ええ、約束します。彼女たちはこのすぐ近くに住んでいますよ」


 そう言い残し、その影は陽炎のように消え去った。

 残された男は、狂気に染まった瞳で写真を見つめた。


「消えた? ……本当に神か。なら、コイツらを殺せば俺は助かる!」


 昼前、家を出ようとした私と冬を、男は電柱の陰から見送った。

 手元の写真と照らし合わせ、獲物が標的であることを確信する。


「あの双子か……。だが、外は警察がうるさい。家の中で帰りを待つのが得策か」


 男は玄関に向かい、インターホンを押した。

 応対したのは母親だった。男はとっさに、もっともらしい嘘を吐く。


「実はお子さんに助けていただきまして。そのお礼に伺いました。品物もお持ちしたのですが」


 家の中から、母が父に確認する声が聞こえる。しかし、当然そんな覚えはない。


「間違いではありませんか?」と訝しむ母親に対し、男は「失礼しました」と一度身を引いた。

 そして――。

 人目が切れた瞬間、男は塀を乗り越え、無施錠の窓から音もなく侵入した。


 居間でくつろぐ夫婦。

 父親が席を立ち、トイレへ向かった。一対一。男は蛇のような足取りで、背中を向けている母親に飛びかかった。


「あら、お父さん早……」


 振り返ろうとした母の口を塞ぎ、床にねじ伏せる。


「静かにしろ。……いや、永遠に静かにしてやるよ」


 冷たい刃が、母の首を深々と切り裂いた。

 次に、トイレから出てきた父親の心臓へ、包丁を突き立てる。


「がっ……、う、ああああ!」


 父は必死に抵抗し、男を突き飛ばした。傷口から鮮血が噴き出し、廊下を朱に染める。


「痛ぇだろうが、この野郎!! 死ね、死ね、死ね、死ねよ!!」


 狂った怒号とともに、男は倒れ込んだ父へ何度も刃を振り下ろした。


 壁に、床に、男の顔に。

 暖かいはずの我が家は、一瞬にして逃げ場のない屠殺場へと変貌した。

 私たちが帰宅する数時間前。

 運命の歯車は、すでに最悪の形で回り始めていた。


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