堺の黄金と、おじさんの商魂
「……ここが、戦国のウォール街か」
尾張を出て数日、私と雷蔵は自由都市・堺に到着した。
信長様からの初任務は「堺の商人とのコネクション作り」と、南蛮渡来の「面白い種」の調達だ。
「いいか雷蔵。この町では刀よりも『金』と『口八丁』が武器だ。中身がおじさんの俺にとっては、ある意味ホームグラウンドだよ」
「ワン!」(翻訳:ほんとかよ)
活気溢れる市場。南蛮、明、琉球の品々が並ぶ光景に、商売人魂(元無職だけど知識だけはある)が燃える。
「不思議ポケット」を叩きながら、町で一番大きな商館『今井屋』の暖簾をくぐった。
「たのもー。主人の今井宗久さんに会わせてくれないか。尾張の織田家からの使者だ」
現れたのは、計算高い目が光る、いかにも「デキるビジネスマン」風の男。
宗久は、十二歳の少女である私を品定めするようにじっと見た。
「ほう……信長公が寄越したのは、可愛らしいお嬢さんですな。それで、手土産は何かな? 織田の領地で獲れた米か、あるいは美濃の首か?」
「いえいえ。そんな『古い』ものは持ってきませんよ。今井さん、あんた『複式簿記』って言葉、知ってるかい?」
不思議ポケットから、昨夜宿屋でサラサラと書き上げた一冊の帳面を取り出した。
現代の会計システムを、この時代の漢数字で再現したものだ。
「……っ!? な、なんだこの表は。収支が左右に分かれ、資産と負債が常に一致している……。これならば、一銭の狂いもなく巨大な商売を管理できるではないか!」
宗久の顔色が、一瞬で「商人の顔」に変わった。
ニヤリと笑い、追い打ちをかける。
「この帳簿の付け方を教える代わりに、南蛮の種……特に『トマト』や『ジャガイモ』の種子、それから火薬の原料を安く融通してほしい。あと、個人的に『カカオ』があれば最高なんだけど」
「……百舌鳥殿。あなたは……本当に子供ですか? 中身に年季の入った大商人が入っているのでは?」
「さあね。ただの物知りなおじさん……じゃなくて、くのいちですよ」
商談は成立した。
私は大量の種子と、信長様への献上品(と自分用の高級な酒)を手に入れた。
しかし、帰り道。堺の路地裏で、雷蔵が鋭く唸り声を上げた。
「……おいおい、今井さんのライバルかな? それとも、私の『知識』を安売りさせたくない誰かさんかな?」
暗がりに光る、数多の殺気。
ビジネスの後の「残業」が始まるらしい。
不思議ポケットから、試作したばかりの道具を取り出した。
「雷蔵。行くぞ。……おじさんの特製、味見させてやる!」




