戦後処理と、おじさんの真・隠居計画 〜さらば戦国、また会う日まで〜
「……おい、パパ。聞こえるか。この静かな音を。鉄砲の轟音も、絶望の叫びも、もうどこにもない。聞こえるのは、派遣団が整備した水路のせせらぎと、子供たちがカレーをねだる笑い声だけだ」
1582年、晩夏。ブラック城・パイン・タワーの解体から数ヶ月。俺、百舌鳥は、安土城の最上階で、バナナの着ぐるみを脱ぎ捨て、絶世の美少女の姿のまま、夕日に染まる日ノ本を眺めていた。
CEOの負の遺産は、俺が組織した「技術開発局」と「ホワイト人材派遣団」の手で、着々と平和的なインフラへと作り替えられていた。鉄砲鍛冶は農機具職人に、僧兵は警備員に、そしてCEO自身は、俺の監視の下、現代の「物流コンサルタント」として伊豆の隠居所で余生を送りつつ、システムのバグ取りをさせられている。
「百舌鳥よ、貴様が言った通りになったな。……光秀の奴、あれから一ヶ月も眠り続け、起きた第一声が『有給の残りは?』だったぞ。今やあやつ、事務方の筆頭として、誰よりも定時退社を遵守しておるわ」
イチゴの被り物を脱いだ信長が、穏やかな顔で俺の隣に座った。
現在の織田家は「日ノ本ホールディングス」という名の巨大な統治機構へと移行している。信長は「名誉会長」、帰蝶は「最高経営責任者(CEO)」、そして俺は……。
「パパ。……俺、決めたよ。……俺も、隠居する」
「……何だと? 貴様がいなくなれば、この国の『ホワイト化』はどうなる。マヨネーズやカレーのレシピは誰が守るのだ」
「パパ、組織ってのはな、一人のカリスマに依存してるうちは二流なんだよ。俺がいなくても、マニュアル(不思議ポケットの知識)と、それを学んだ部下たちがいる。茶々丸だって、もう立派に『多言語対応の広報担当』をこなしてるじゃないか」
俺は不思議ポケットから、最後のアイテムを取り出した。
それは、現代の『退職届』――ではなく、この世界で出会った仲間たちへの『感謝状』だった。
数日後。安土城の広場で、盛大な「天下統一・事業承継セレモニー」が開催された。
かつて敵対し、今は「隠居リゾート」で悠々自適に暮らす武田信玄、上杉謙信、毛利元就、浅井長政、島津四兄弟……。彼らもゲストとして招かれ、俺が振る舞う現代の『シャンパン』と『豪華オードブル』に舌鼓を打っていた。
「百舌鳥殿。貴殿のおかげで、私は『軍神』という名の過重労働から解放された。……今は、酒造りの方がよほど義に満ちている」
謙信が、美しく透き通った大吟醸のグラスを掲げる。
「バナナ……いや、百舌鳥殿。拙者、種子島での波乗り(サーフィン)にハマりすぎて、筋肉がさらにチェストしたにごわす!」
家久が、現代の『サーフボード』を抱えて笑う。
皆、牙を抜かれたのではない。
戦い以外の「生きがい」を見つけ、一人の人間として呼吸を始めていた。
俺は、壇上に立ち、美少女の姿で最後のアナウンスをした。
「皆さん、お疲れ様でした。……本日をもって、織田グループの内政特区・最高責任者、百舌鳥は『円満退職』させていただきます。……あ、不思議ポケットは茶々丸に預けておきます。暗証番号は『3-5-9(サンキュー)』です。……パパ、あとは頼んだぞ」
「パパ! 行っちゃうの? 茶々丸、パパと一緒にいたい!」
駆け寄ってくる茶々丸を、俺は優しく抱きしめた。
「茶々丸。……パパはね、ちょっと遠いところに『本当の隠居』をしに行くだけだ。……君が大きくなって、この国がもっとホワイトになった頃、ひょっこりカレーを食べに帰ってくるかもしれないからな」
雷蔵が、スイカの被り物を揺らしながら、俺の足元で寂しそうに「クゥーン」と鳴いた。
その夜。
俺は一人、不思議ポケットから最後に取り出した『現代のテント』を担ぎ、誰にも告げずに安土を離れた。
中身は30代無職童貞おじさん。
外見は絶世の美少女くのいち。
そんな奇妙な存在の俺が、この戦国時代に刻んだ足跡。
「……ま、無職だった俺にしては、よくやった方だよな」
俺は、現代の『ポータブル電源』で充電したスマホ(※圏外だが、音楽は聴ける)で、お気に入りの曲を流しながら、星空の下で一人、キャンプを始めた。
天下統一のその後なんて、俺が知る必要はない。
信長がいて、帰蝶がいて、光秀がいて、そして茶々丸たちがいる。
これほど贅沢な「退職後の風景」があるだろうか。
俺は不思議ポケットの『自動翻訳機能』をオフにし、静かな眠りについた。




