魔王の風呂番と、不思議な石鹸
織田信長の屋敷に連れてこられて数日。
私は、戦国時代の「衛生観念の低さ」に絶望していた。
「……殿、その格好でそのまま飯を食うのは感心しませんね。バイ菌だらけですよ」
「ばいきん? なんだそれは。それより百舌鳥、さっさとその『不思議ポケット』から面白いものを出せ」
信長は相変わらず、あぐらをかいてひょうたんの酒を煽っている。私は溜め息をつきながら、ポケットの奥底から白い塊を取り出した。
里での修行中、暇を見つけては「油脂」と「灰汁」を混ぜて自作していた現代知識の結晶――『石鹸』だ。
「これは石鹸です。これで体を洗えば、病を防ぎ、肌もツヤツヤになります。……殿、まずは風呂に入りましょう。私が最高の『癒やし』をプロデュースしてあげますよ」
「ほう、風呂か。面白い、付き合え」
(……いや、一緒に入るのかよ! 中身おじさんだって言ってるだろ!)
結局、押し問答の末に、私は信長の「風呂番」兼「背中流し」として、豪華な蒸し風呂へと案内された。
湯気が立ち込める中、信長が裸でどっかと座る。
私は意を決して、石鹸を泡立て始めた。
「……なんだ、この不思議な泡は。雲のようではないか」
「これが汚れを落とす魔法の泡ですよ」
私は信長の広い背中を、現代のマッサージ理論を交えて洗い上げた。
「おっ、そこだ……。お前、指の使い方が妙に手慣れているな」
(そりゃあな、前世じゃ肩こりのおじさんだったからな……)
石鹸の香りが湯屋に広がり、信長の肌が目に見えて清潔になっていく。
ふと、入り口の影に気配を感じた。雷蔵が小さく唸る。
「……誰だい? 覗きは趣味じゃないんだけど」
私が声をかけると、しずしずと一人の美女が現れた。
鋭い眼差しと、凛とした佇まい。彼女こそ、美濃の「蝮」こと斎藤道三の娘――帰蝶(濃姫)だった。
「殿、新しい小鳥を飼い始めたと聞きましたが……随分と生意気な小鳥のようですこと」
帰蝶の視線が、私の手に持つ石鹸と、私の顔を交互に射抜く。
女同士(中身はおじさんだが)の、火花が散るような一瞬。
「帰蝶か。見ろ、百舌鳥が作ったこの『石鹸』とやら。肌がこれほど清々しくなるとは驚きだぞ」
「……石鹸、ですか。百舌鳥殿、私にもその魔法を教えていただけますかしら?」
帰蝶は微笑んでいたが、その袖口には微かにクナイの鉄の臭いがした。
(……あ、これヤバい。女の勘ってやつだ。この人、私が『ただの子供』じゃないことを見抜こうとしてる)
私は「不思議ポケット」から、予備の石鹸を取り出して差し出した。
「もちろんです、帰蝶様。女性の肌にこそ、これが必要ですから」
こうして、私は信長の背中を流しながら、帰蝶という最強のライバル(?)と対峙することになった。
戦国の世で生き残るには、武力だけじゃ足りない。
まずは「清潔さ」と「美容」で、織田家の奥御殿を掌握してやる……!
【第6話予告】
石鹸で帰蝶の信頼(?)を勝ち取った百舌鳥。
しかし、そんな平穏を破るように、美濃から刺客が放たれる。
「殿、ここは私の『マムシ』と、雷蔵の出番ですね」
いよいよ、本格的な隠密アクションが始まる!
次話:『美濃の刺客と、雷蔵の追跡』




