上杉謙信の義と、現代の高級銘酒 〜軍神、酔っ払って引退する〜
「……おい、パパ。今回の相手は一番厄介だぞ。上杉謙信って男はな、金や領地じゃ動かないんだ。自分のことを『毘沙門天の化身』だと思い込んで、戦場を『聖域』だと思ってる。現代で言えば、『自分の仕事は天職だ』と信じて疑わない、一番有給休暇を取らせにくいタイプのエリート社畜なんだよ」
越後・春日山城を望む。俺、百舌鳥は、バナナの着ぐるみのハッチを開け、不思議ポケットから出した『現代の肝臓エキス錠剤』を飲み込みながら溜息をついた。
CEOは、孤独な軍神・謙信に「聖なる雫」と称して、依存性の高い現代の合成アルコールを寄進していた。謙信はそれを飲み、高揚感の中で「義の戦(ブラック労働)」に没頭している。このままでは、彼は史実通り脳溢血で倒れるまで戦い続けるだろう。
「百舌鳥、ならばどうする? あの謙信に、接着剤や音響兵器は効かぬぞ。あの男、戦場で『見えていないもの(神)』と対話しておるからな」
信長がイチゴの被り物を脱ぎ、真面目な顔で俺を見た。
「パパ。神様と対話してる奴には、もっと『人間らしい喜び』を思い出させてやるんです。……キウイ、用意はいいか。今回は『現代の酒蔵』を戦場に再現するぞ」
「越後の民よ、そして上杉謙信公! 貴殿が飲んでいるのは、CEOが作った『安物のアルコール』だ! そんなもので自分を騙すのは、もうやめなさい!」
春日山城の麓に、俺は不思議ポケットから出した『大型保冷コンテナ』と『クリスタルグラス』を並べた。
キウイの部隊が周囲をガッチリガードする中、俺はポケットから現代の最高級銘酒――『獺祭』『久保田』、そして幻の『十四代』を次々と開栓した。
戦場に漂う、米の甘い香りとフルーティーな芳香。戦国時代の濁った酒とは比較にならない、洗練された「文明の香り」だ。
「な……何だ、この清らかな香りは……。毘沙門天が与えし雫よりも、遥かに澄んでいる……」
城壁の上から、白頭巾を被った謙信が姿を現した。彼の瞳は、CEOの酒で充血し、孤独と使命感に震えている。
「謙信公。貴方の『義』は、ただの孤独の裏返しだ。一人で戦場を背負い、酒で痛みを紛らわす……。そんなのは、ブラック企業のプロジェクトマネージャーと同じですよ。……さあ、降りてきて、本物の酒を味わいなさい。……そして、俺に貴方の『悩み』を打ち明けるんだ」
俺は美少女の姿で、おじさんの包容力(という名のニート時代の暇から得た聞き上手スキル)を全開にして微笑んだ。
数刻後。
俺と謙信は、戦場の真ん中に設けた特設の「現代式バーカウンター」で、差し向かいで飲んでいた。
「……美味い。……百舌鳥よ。……こんなに優しく、それでいて心に沁みる酒が、この世にあったとは。……私は、何を求めて戦っていたのだ」
謙信がクリスタルグラスを傾け、ポツリと漏らす。
俺は不思議ポケットから出した『最高級のエイヒレ』と『カマンベールチーズの醤油漬け』を差し出し、現代の「心理カウンセラー」のように相槌を打つ。
「謙信公。貴方はもう、神様にならなくていいんです。……誰も貴方を責めない。……戦場じゃなく、この美味しい酒を、どうやって後世に残すか……それを考える『顧問』になってくれませんか?」
「……顧問? 私は、戦わなくて良いのか?」
「ええ。貴方には本日をもって『軍神』を早期退職していただきます。……その代わり、織田グループの『全国銘酒・品質管理責任者』として、再雇用します。……あ、これが退職金代わりの『現代製・全自動マッサージ付き・床暖房完備の庵』の目録です」
謙信は、もうCEOの酒には見向きもしなかった。
彼は、俺が手渡した『現代の酒造りマニュアル』を食い入るように読み始め、やがて穏やかな顔で筆を置いた。
「……毘沙門天よ、許せ。私は、おじさん……いや、百舌鳥殿の差し出す、この『純米大吟醸』という名の義に降ることにした」
こうして、北陸を震え上がらせた軍神・上杉謙信は、おじさんによる「高級酒テイスティング」と「心理カウンセリング」によって、穏やかに隠居(伊豆の島ではなく、越後の高級温泉宿)を決意した。
「……パパ。これで北の龍も、お酒大好きなおじいちゃんとして収まったな」
俺は、酔い潰れて幸せそうに寝息を立てる謙信を見ながら、バナナの頭部を被り直した。
「がっはっは! 百舌鳥、貴様の戦場はいつも『宴会』で終わるな! だが、これで日ノ本の半分が、織田の『白』に染まったぞ!」
信長が満足げに笑う。
だが、その時。俺のタブレットが、異常な警告音を発した。
「……何だ!? 西国の毛利元就が、CEOから供与された『現代のサイバー工作』を開始しました! 織田領内の物流網(カレー網)に、デマとウイルスを流し込んで、経済を麻痺させています!」
小次郎が血相を変えて駆け込んでくる。
ついにCEOが、直接的な「現代技術」による反撃を開始したのだ。
「……なるほど。酒や家族の情が通じない、冷徹な『インテリ経営者』の出番か。……面白い。キウイ、ポケットから『対サイバー戦用・暗号機』と『現代の広報戦略マニュアル』を出せ」
おじさんの天下M&Aは、ついに高度な「情報戦」へと突入する。
毛利元就。三本の矢という名の「結束(ブラックな連帯責任)」を解くための、おじさんの次なる一手とは――。
「茶々丸、パパはこれから、ちょっと難しい『パソコンの仕事』をしてくるからな」
「うん! パパ、ピコピコがんばって! 雷蔵も、悪い電波をガウってする!」
スイカを被った雷蔵が、タブレットに映る毛利の家紋を噛みちぎろうとしていた。




