朝倉義景の引きこもり更生計画 〜VRじゃない、リアルの美しさを教えます〜
「……いいか、パパ。越前の朝倉義景って男はな、戦国大名としては二流だが、趣味人としては超一流なんだ。そんな奴を無理やり戦場に引きずり出しても、士気は上がらないし効率も悪い。現代の企業で言えば『営業向きじゃない天才エンジニアを無理やり飛び込み営業させてる』ようなもんなんだよ」
京の制圧を完了し、軍を北へと向けた織田軍の陣中。俺、百舌鳥は、バナナの着ぐるみを腰まで脱ぎ、現代の『冷えピタ』を額に貼りながら、タブレットで朝倉家の組織図を分析していた。
越前・一乗谷。そこは京の文化をそのまま移植したような、戦国時代とは思えないほど洗練された都市だ。当主の朝倉義景は、戦よりも歌を詠み、庭を愛で、美しいものに囲まれて暮らすことを何よりの至福とする男。史実では、その「平和ボケ」が仇となって織田に滅ぼされるが、俺のやり方は違う。
「百舌鳥、ではどうする? 義景にイチゴの被り物をさせて、一緒に幸若舞でも踊らせるか?」
「それじゃあ、ただの趣味仲間(オフ会)じゃないですか。……パパ、今回の作戦は『サブスクリプション型・隠居ライフ』の提供です。彼から越前の統治権を買い取る代わりに、彼が一生かかっても遊びきれない『究極の趣味空間』をプレゼントするんですよ」
俺は不思議ポケットから、現代の『高精度・天体望遠鏡』、フルカラーの『世界絶景写真集』、そして『現代の画材セット(水彩色鉛筆や油彩)』を取り出した。VRやゲームといったデジタルに逃げさせるのではない。戦国時代の美しい自然を、現代の道具でもっと深く楽しませる。いわば「ガチ勢の趣味」へのアップグレードだ。
一乗谷、朝倉館。
そこには、押し寄せる織田軍の噂を聞きながらも、金色の扇を手にしなやかに舞う朝倉義景の姿があった。
「……織田が来たか。騒々しいな。私のこの美しい庭を、泥靴で汚すつもりか」
義景が溜息をついたその時、庭の茂みからひらりと一人の美少女――俺が姿を現した。
「失礼します、義景公。泥靴ではありません。これは現代の『ラバーソール』、地面を傷めない特製シューズです」
「……何奴だ、その不躾な装束の娘は」
「織田家・ライフスタイル提案局の百舌鳥です。義景公、貴方の悩みはわかっています。……この狭い日ノ本の、さらに狭い越前という土地で、変わり映えのしない景色を見続けることに飽きているのでしょう?」
俺はポケットから、一冊の『ナショナル・ジオグラフィック(世界絶景写真集)』を広げて見せた。
「な……な、何だ、この『写実』を超えた絵は!? この青い海、燃えるような夕焼け……これが、この世の景色だというのか!?」
「ええ。貴方が『大名』という重荷を背負っている限り、これを見に行くことはできません。ですが、もし貴方がその地位を『退職』し、織田の『文化顧問』になってくれるなら……」
俺は間髪入れずに、天体望遠鏡を庭に設置した。
「これで今夜、月を見てください。貴方が今まで見ていたのは、月の表面のほんの一部でしかない。クレーターの一つ一つ、ウサギが餅をついていると言われる影の真実……。それを見たら、もう領地争いなんて、砂場の遊びにしか見えなくなりますよ」
義景の手から扇が落ちた。
彼は、俺が差し出した天体望遠鏡のレンズを、吸い込まれるように覗き込む。
「……あ、ああ……。月が、月が私に語りかけてくる……。……百舌鳥よ。私は、私は今まで何をしていたのだ。この小さな谷の中で、小さな権力に執着していた自分が、恥ずかしくてたまらぬ……!」
作戦は完璧だった。
翌日、朝倉義景は全家臣を前に「自分は宇宙の神秘を探求する旅に出る」と宣言。家督をまだ若い甥の朝倉景鏡(※俺が事前に現代の『簿記』と『リーダーシップ論』を叩き込んでおいた)に譲り、自らは織田家直属の「国立天文台・越前支部長(名誉職)」へと退いた。
「百舌鳥、これまた一滴の血も流れなかったな。朝倉の精鋭部隊も、主君が『宇宙が私を呼んでいる』と言い出したのを見て、毒気を抜かれたように武装を解除したぞ」
信長が呆れたように、イチゴのヘタを揺らす。
「パパ。趣味人は、より上位の趣味を見せつければ、簡単に戦意を喪失するんです。……さあ、朝倉軍の残党は、技術開発局に編入して『一乗谷・再開発プロジェクト』に従事させます。ここは将来、日本最大の『文化都市』にするつもりですから」
俺はタブレットを操作し、朝倉領の「経営統合」を完了した。
隣接する領地を一つ、また一つと確実に飲み込んでいく。だがそれは、武力による征服ではなく、おじさんが持ち込んだ「現代の価値観」による上書き(オーバーライド)だった。
「……次は、浅井か」
俺は、一乗谷の美しい星空を見上げながら、次の「ターゲット」を思い浮かべた。
浅井長政。信長の義弟であり、茶々丸にとっても叔父にあたる男。
彼には、どんな「隠居ライフ」を用意してやるべきか。
「パパ! お月様、茶々丸も見ていい?」
「ああ。茶々丸、世界は広いぞ。パパが、全部平和にして見せてやるからな」
おじさんの「天下M&A」は、ついに近江の要衝へと差し掛かろうとしていた。
だが、その平穏な進軍を阻むように、CEOの放った真の「刺客」が、暗雲とともに近づいていた。




