京の都のドブ掃除 〜将軍義昭を『顧問』にする方法〜
「……うわぁ、汚ねぇ。何だよこれ、バイオハザードの現場か?」
京の入り口、羅城門跡。かつての栄華はどこへやら、俺の目の前に広がっていたのは、ゴミと排泄物が堆積し、饐えた臭いが鼻を突く「スラム街」だった。絶世の美少女くのいち・百舌鳥の外見をもってしても、この臭いには吐き気がこみ上げる。
「パパ。これ、上洛っていうか『特殊清掃』ですよ。将軍様をお迎えする前に、まずはこの都を人間が住めるレベルまでリカバリーしなきゃ話になりません」
俺はバナナの着ぐるみの隙間から、不思議ポケット製の『N95マスク』を取り出し、美少女の顔に装着した。
「がっはっは! 良いではないか百舌鳥! この腐臭こそが、古き時代の断末魔よ。貴様の知恵で、この都をイチゴのように甘く塗り替えてみせろ!」
信長はイチゴの着ぐるみを揺らしながら、余裕の表情だ。彼にとっては、この惨状すらも「新時代への破壊」の前兆に過ぎないらしい。
「技術開発局(おじさん工務店)、第一陣、展開! ターゲットは鴨川沿いの不法投棄エリアと、主要路線のドブ川だ! 現代の『バイオ消臭剤』と『高圧洗浄機』を惜しみなく投入しろ!」
俺の号令とともに、つなぎを着た「ホワイト人材派遣団」が動き出す。
彼らは不思議ポケットから提供された『ステンレス製のスコップ』や『手押し一輪車』を自在に操り、戦国時代の人間が見たこともない手際で、京の汚物を物理的に削り取っていく。
その頃、京の中心部、二条御所。
そこには、織田軍の「上洛」を、震えながら、あるいは値踏みするような目で見つめる男がいた。
室町幕府第15代将軍・足利義昭である。
「……何なのだ、あの軍勢は。武士の誉れも何もない、黄色や赤の怪異を先頭に立て、泥にまみれて溝をさらっておる。織田信長とは、左様に卑しい男なのか?」
義昭が扇子で鼻を覆いながら、不快そうに呟く。
彼が期待していたのは、きらびやかな鎧武者が数万並び、自分を「上様」と崇め奉ってひれ伏す光景だった。だが、目の前で起きているのは、単なる「大規模な公共工事」である。
「上様、あれは織田家が誇る『福利厚生部隊』にございます」
側近の明智光秀が、複雑な表情で説明する。彼は昨日、おじさんから「現代の都市計画」についてのレクチャーを徹夜で受けさせられ、脳がパンク寸前だった。
「福利……こうせい? 意味がわからぬ。余を差し置いて、なぜ民のドブを掃除するのだ」
「それが百舌鳥殿の……いえ、織田のやり方にございます。民の心を掴まぬ王は、現代社会……失敬、日ノ本では生き残れぬと」
そこへ、一人の美少女が――バナナの着ぐるみを脱ぎ捨て、泥ひとつついていない真っ白な装束に身を包んだ俺が、優雅な足取りで入城してきた。
背後には、不思議ポケットから取り出した『現代最高級の京菓子(お取り寄せ風)』を山盛りにした盆を持つ小次郎が控えている。
「足利義昭公。初めまして。織田家・内政最高責任者の百舌鳥と申します」
俺は、前世の無職時代に面接の練習で叩き込んだ「完璧なビジネススマイル」と「45度の礼」を披露した。美少女フィルターを通したその立ち居振る舞いに、義昭の目が一瞬で卑しく濁る。
「ほう、貴殿が噂の……。して、織田は余を如何に遇するつもりだ? 幕府の再興、しかと成し遂げてくれるのであろうな?」
「もちろんです。我々織田家は、義昭公を『日ノ本最大級の組織・足利ホールディングス』の【終身名誉顧問】としてお迎えしたいと考えております」
「……めいよ、こもん? 何だそれは。管領や管領代より偉いのか?」
「ええ、それはもう。実務(面倒な政治や合戦)は全て、我々織田という『子会社』が引き受けます。義昭公は、ただ座って、美味しいものを食べ、美しい景色を愛で、我々の経営方針に『承認』をくださるだけでいい。……あ、これが顧問専用の『退職金……ではなく、就任祝い』の品々です」
俺はポケットから、現代の『カシミア製毛布』、度数40度の『ヴィンテージ・ブランデー』、そして『4K画質の高精度な風景画(写真)』を取り出した。
「な、ななな、何だこの布は!? 雲を撫でているような感触……! そしてこの酒、火を飲むような熱さの後に、えも言われぬ芳香が……!」
義昭がブランデーを一気飲みし、カシミアに顔を埋めて悶絶する。
チョロい。あまりにもチョロすぎる。
現代の「高QOLアイテム」は、欲望に忠実な権力者を骨抜きにする最強の武器だ。
「義昭公。政治とは、ストレスの溜まるものです。そんなものは我ら『実務屋』に任せて、公は文化の守護者として、この美しい京で悠々自適に暮らされるのが、最も『将軍』らしいお姿かと」
「うむ……うむ! 苦しゅうない! 織田……いや百舌鳥よ、お主は話がわかるな! 顧問、良い響きだ。余は、顧問になるぞ!」
義昭がブランデーのボトルを抱え、カシミアに包まりながら宣言した。
これでいい。幕府という古い看板は残しつつ、中身を「織田」という現代的組織に完全に入れ替える。M&Aの基本、逆買収の完成だ。
御所を出ると、京の街は劇的な変化を遂げていた。
「ホワイト人材派遣団」の手により、メインストリートのゴミは消え、側溝からは水が勢いよく流れている。
路上では、おじさんがポケットから出した『現代製・炊き出し用大鍋』で、特製カレーが配られていた。
「お、織田様は神様だ! こんなに美味い飯を、ただで食わせてくれるなんて!」
「病に伏せっていた婆様が、あの変な着ぐるみの人がくれた『おくすり(抗生物質)』を飲んだら、一晩で熱が引いたんだ!」
民たちの歓声が、地鳴りのように響く。
その光景を、信長がイチゴの被り物を外して見つめていた。彼の瞳には、単なる破壊者ではない、真の統治者としての覚悟が宿っているように見えた。
「……百舌鳥よ。貴様が言っていた『ホワイトな国』、案外悪くないな」
「パパ。まだ始まったばかりですよ。都を掃除しただけじゃ、天下は獲れない。……次は、この平和を面白く思わない連中……『既存勢力』のリストラが必要になります」
俺は、ソーラーパネル付きタブレットに表示された、周辺大名の動向をチェックする。
三好、六角、そして朝倉……。
彼らは、織田が持ち込んだ「現代の秩序」に恐怖し、反撃の機会を伺っているはずだ。
「キウイ。衛生班を巡回させろ。敵の工作員が井戸に毒を入れないよう、現代の『水質検査キット』で徹底管理だ。……小次郎。義昭顧問が変な気を起こさないよう、現代の『娯楽雑誌』を差し入れて、完全にニート化させろ」
「了解だ、バナナ。治安維持に移行する」
「師匠、グラビアって……これ、義昭様が鼻血出して死にませんか?」
「死なない程度に調整しろ。……さあ、天下の台所をホワイト化するぞ」
おじさんの「人材派遣」という名の侵略は、京の都を飲み込み、さらに外側へと波及していく。
そこにはもはや、戦国時代のルールは存在しない。
あるのは、圧倒的な利便性と、それと引き換えに奪われる「牙」だけだった。




