上洛への道と、おじさんの「人材派遣」ビジネス
「……いいか、お前ら。これはボランティアじゃない。立派な『先行投資』だ。今のうちに京の民の胃袋とインフラを握っておけば、信長様が上洛した時に、刀を一本も抜かずに『織田こそが真の救世主』という空気が出来上がる。おじさんの言うことを信じて、泥にまみれてこい」
美濃・稲葉山城の広場。俺、百舌鳥は、不思議ポケットから取り出した「拡声器」を手に、整列した数百人の男女に訓示を垂れていた。
彼らは、これまでの戦乱で片腕を失った元足軽や、子を産めぬという理由で離縁された女性、あるいは戦火で家を焼かれた浮浪者たちだ。世間からは「余剰人員」として捨てられたはずの彼らだが、今の姿は違う。俺がポケットから出した「現代のワークウェア(家紋入りつなぎ)」を身に纏い、その瞳には失われていた生気が宿っている。
俺がこの数ヶ月で組織した、織田家直属の福利厚生・技術開発局――通称「ホワイト人材派遣団」である。
「パパ。こいつらには、不思議ポケットから出した『現代の土木マニュアル』と『公衆衛生学』を叩き込んであります。読み書き、算術、そして簡単な外科処置。戦国時代のどの武将よりも、こいつらの方が『文明人』ですよ」
俺は、傍らに立つイチゴの着ぐるみ姿の信長に、ソーラーパネル付きの頑丈なタブレット端末を提示した。画面には、京の都の主要なドブ川の位置や、不衛生なエリアが赤くマッピングされている。
「百舌鳥……貴様のこの『いたぶれっと』という薄い板に、京の全てが記録されているというのか。恐ろしいな、貴様の故郷の知恵は」
「パパ、これはただの道具です。大事なのは、これを使って動く『人間』ですよ」
信長が感心したように、義足を鳴らしてテキパキと荷車を引く元兵士の姿を見つめる。彼が装着しているのは、不思議ポケットの「現代製軽量カーボン」を芯材に、地元の細工師が漆で仕上げた特製の義足だ。単に歩けるだけでなく、隠し武器や予備の食料を仕込めるという「おじさん流のカスタマイズ」が施されている。
「(……まあ、実際は俺がニート時代に暇つぶしで読み漁ったサバイバル知識や、動画サイトの『DIY講座』の知識を丸投げしただけなんだけどな。まさかこんなところで役に立つとは)」
俺は内心で、前世の情けない自分を苦笑いしながら振り返った。
「さて、キウイ。先遣隊の準備はいいな」
「了解だ、バナナ。派遣団第1ユニット、第2ユニット、共に出撃準備完了。京の都における『ドブ清掃』および『炊き出し(カレー供給)』の拠点確保を第一任務とする。障害となる既存の利権団体(座)については、キウイ騎士団が非致死性兵器で排除する」
キウイの着ぐるみを着たガチ軍人が、無表情にリボルバーをホルスターに収める。
彼らがこれから行うのは、武力による制圧ではない。徹底的な「奉仕活動」による民心の掌握だ。
今の京は、足利幕府の権威が失墜し、路上には死体とゴミが溢れ、疫病が蔓延する地獄と化している。そこに、清潔な制服を着て、手際よく義足で歩き回り、笑顔で美味いカレーを配り、ドブを掃除して回る集団が現れたらどうなるか。
「……民は、俺たちを神様か仏様だと思うだろうな。それが狙いだ」
「おじさん……いえ、師匠。またエグいことを考えますね。これじゃあ足利義昭様も、文句の一つも言えませんよ」
弟子の小次郎が、少しだけ引いたような顔で俺を見た。
「小次郎、これは政治だよ。義昭という『名誉会長』を立てつつ、実権は全て『実務部隊』である俺たちが握る。……彼には、綺麗な着物を着て、美味しいものを食べて、何一つ苦労のない『隠居』生活を送ってもらう。それが、彼にとっても幸せなはずだ」
俺の言葉に、信長が豪快に笑った。
「がっはっは! 良いな! 暴力なき征服、これこそが百舌鳥の真髄よ! さあ、全軍発進だ! 京の都を、織田の『白』で塗りつぶしてやれ!」
行軍が開始された。
その光景は、戦国時代の常識を遥かに逸脱していた。
先頭を行くのは、バナナとイチゴ、そしてキウイの巨大な着ぐるみ集団。その後ろには、現代的な規律で整列し、ショベルや大鍋を担いだ「技術者集団」が続く。
道中の村々では、人々がその異様な光景に怯え、あるいは目を丸くして見つめていた。
だが、彼らが通り過ぎた後には、必ず一つの変化が残る。
「……お、おい。あいつら、俺たちの村の汚れた井戸を、たった半日で綺麗にしちまいやがったぞ」
「この、黄色い粉がかかった飯……なんて美味いんだ。腹の底から力が湧いてくる……!」
俺は、移動中もタブレットを確認し、派遣団からの報告を逐一チェックしていた。
「……よし、近江の物流ルート、一部確保。……傷痍兵の再雇用数、目標値の120%を達成。……衛生状態の改善により、流行病の発生率が30%低下」
画面をスクロールしながら、俺は溜息をつく。
やっていることは素晴らしいことのはずだ。人助けだし、社会貢献だ。
だが、その実態は、信長という「魔王」の版図を広げるための、計算され尽くした「人心買収」に過ぎない。
「(……俺、美少女の皮を被った、世界一タチの悪いコンサルタントになってないか?)」
自分の内面のおじさんが、良心の呵責でシクシクと泣いている。
だが、不思議ポケットから取り出した「冷えた栄養ドリンク」を一気に飲み干し、俺は再び顔を上げた。
「……やるしかないんだ。茶々丸に、平和な世界を見せるために。……たとえ、俺の心がブラック企業の役員並みに真っ黒になったとしてもな」
京までは、あと数日の行軍。
その先で待っているのは、古臭いプライドに凝り固まった将軍・足利義昭と、彼を利用しようとする既存の権力者たち。
おじさんの「ホワイトな人材派遣」という名の侵略が、ついに天下の中枢を侵食し始めようとしていた。
「茶々丸、見てろよ。パパが、この国のゴミを全部掃除してやるからな」
「うん! パパ、お掃除がんばって! 雷蔵も、ドブ掘るの手伝うよ!」
「ワン!(俺に任せろ!)」
スイカを被った柴犬が、意気揚々と尻尾を振る。
戦国の空は、不気味なほど青く澄み渡っていた。




