長島包囲網と、おじさんの「円満隠居」工作
「……いいか、パパ。合戦ってのはな、突き詰めれば『コスト』なんだよ。人を一人殺せばその分だけ労働力が減る。首を獲ればその一族と末代まで遺恨が残る。そんなの、現代のホワイト企業じゃ考えられない悪手なんだよ」
1570年代、清洲城。冷房などない戦国の夏。俺――中身は30代無職童貞おじさん、外見は誰もが見惚れる絶世の美少女くのいち・百舌鳥は、首筋を流れる汗を拭いながら、イチゴの着ぐるみを着た信長に向かって「リストラ」ならぬ「円満退職」の意義を説いていた。
現在のターゲットは、伊勢長島。織田領の喉元に突き刺さった棘であり、CEOが残した「宗教マルチ商法」に毒された一向一揆の拠点だ。史実では、信長はこの地を数度にわたって攻め、最終的には数万人を焼き殺す「根切り」を行った。だが、そんな凄惨な結末、現代人メンタルのおじさんには耐えられない。
「百舌鳥、理屈は分かった。だが長島の証意は頑固だぞ。あのジジイは『極楽浄土』という名の報酬を信じて、死ぬまで戦うつもりだ」
「だから、その『報酬』の上位互換を提示してやるんです。パパ、今の長島はCEOのせいで『成果主義』が蔓延して、末端の信徒は疲弊しきってる。そこに、現代の『早期退職優遇制度』をぶち込むんですよ」
俺は不思議ポケットの奥底から、一冊の古びた……しかし俺にとっては馴染み深い『現代の経営学・事業承継編』のテキストと、いくつかの「退職金」を取り出した。
作戦は、夜陰に乗じて開始された。
長島願証寺は、複雑な河川と中洲に守られた天然の要塞だ。本来なら、凄惨な泥沼の攻城戦が繰り広げられる場所だが、俺たちの軍勢は違う。
「キウイ、準備はいいな。軍事的な威圧を最大火力で行え。ただし、人は殺すな。ビビらせるだけでいい」
「了解だ、バナナ。精密誘導は期待するなと言いたいが、この『現代製・特殊閃光音響弾』なら、敵の鼓膜と戦意を物理的に麻痺させるには十分だ」
キウイの着ぐるみを着た元一等陸佐が、無感情に引き金を引き、投擲を行う。
闇夜を切り裂く轟音。長島の空が昼間のように白く染まり、城内に潜む一揆勢の耳に、耐え難い高周波が突き刺さる。
「ひ、ひぃぃぃ! 仏罰か!? 天からの雷か!?」
「違う! 織田の……織田の『イチゴ』が攻めてきたんだ!」
パニックに陥る城内。だが、そこからが俺の本番だ。
俺は小次郎を連れ、密かに城の裏手に回り込んだ。ターゲットは、証意の嫡男・証恵だ。彼は父親の狂信的な方針に疑問を抱きつつも、逆らえないでいる「二代目」の悲哀を背負っている。
「……こんばんは、若旦那。夜風が気持ちいいですね」
「なっ、何奴!? くのいち……!? 織田の刺客か!」
小次郎が瞬時に証恵の喉元にクナイを突きつける。俺は余裕の笑みを浮かべ、ポケットから冷えた『缶ビール』と、一本の『老眼鏡』、そして『現代製・高級羽毛布団』のカタログを取り出した。
「殺しに来たんじゃない。商談(M&A)に来たんだ。証恵さん、あんたも分かってるはずだ。このまま親父さんに付き合ってたら、長島の民は全滅する。CEOのパイナップル野郎が残した『死ねば天国』なんてシステム、もう限界だろ?」
「……。……貴様に何がわかる」
「わかるよ。俺も前世……いや、昔は似たようなブラック企業で働いてたからな。だから、提案だ。親父さんには『隠居』してもらう。ここにある極上の酒と、老い先短い目を癒やす眼鏡、そして雲の上にいるような寝心地の布団をセットにして、伊豆の静かな別荘へ送る。その代わり、長島の経営権はあんたが継げ」
俺は証恵の目を見つめる。
「あんたが織田の傘下に入れば、この土地に現代の『化学肥料』と『治水技術』を導入してやる。民は飢えず、誰も死ななくて済む。親父さんは『伝説の指導者』として名誉職に退き、実権はあんたが握る。悪い話じゃないだろ?」
証恵の瞳が揺れた。親への孝行と、領民への責任感。そこに「現代の利便性」という名の悪魔の誘惑が入り込む。
「……父上が、首を縦に振るとは思えぬ」
「そこは『息子としての愛の鞭』が必要だろ。親父さんの部屋に、この『超強力・睡眠薬入りのお粥』を差し入れな。眠ってる間に、俺たちが責任を持って伊豆までデリバリーしてやる。起きた時には、もうそこは海が見える快適な隠居所だ」
翌朝。
長島願証寺の正門が、静かに開いた。
そこから出てきたのは、白装束に身を包んだ嫡男・証恵と、深い眠りに落ちたまま籠に乗せられた証意だった。
「織田殿……長島は降伏する。父は、病のために隠居させることにした。……約束は、守ってもらえるのだろうな」
「もちろんだ。今日から君は織田グループ・長島支社の支店長だ。ノルマはきついが、福利厚生としてカレーは食べ放題だぞ」
俺は美少女の顔で、中身はおじさんのドス黒い笑みを浮かべた。
凄惨な「根切り」など必要ない。現代のドロドロした親族間トラブルと、美味しい生活の保証。それだけで、一つの巨大な領地が織田の版図に加わったのだ。
「……ふん。百舌鳥、貴様のやり方は、刀で首を刎ねるよりもよほど寝覚めが悪いわ」
後ろで見ていた信長が、苦笑いしながら俺の頭を撫でる。イチゴの着ぐるみの手が、少しだけ震えていた。彼にとっても、この無血開城は信じがたい結末だったのだろう。
「パパ。これが『おじさん流』の戦術ですよ。……さて、次は美濃か。あそこの当主、斎藤龍興も、そろそろ『早期退職』を考えてもいい頃だと思うんですよね……」
俺は、不思議ポケットから取り出した「領地拡大マップ」に、長島の地を織田の色で塗りつぶした。
天下統一。その重々しい響きとは裏腹に、俺がやっていることは、ただの「強引なヘッドハンティング」と「企業買収」に過ぎない。
だが、これでいい。茶々丸が血の海を見る必要がなくなったのなら、俺の胃に穴が空くくらい、安い代償だ。
「さあ、茶々丸。今日のご飯は長島名物の蛤のカレーだぞ!」
「わーい! パパ、蛤だいすきー!」
無邪気に喜ぶ養女の姿を見ながら、俺は次の「隠居候補者」のリストを脳内で作り始めるのだった。




