インドの魔術師と、カレーなる内政
「……おい、この帳簿をつけたのは誰だ。出てこい、吊るし上げてやる」
清洲城の内政事務室。俺――百舌鳥(中身は30代無職おじさん)は、山積みになった竹簡と紙の束を前に、こめかみを押さえていた。
世界一周(という名のCEO追跡)から帰国して早々、俺を待っていたのは「ブラック企業化した日ノ本」の惨状だった。宿敵CEO・パイナップルが残したシステムは、徹底した成果主義と過剰なノルマ設定。農民は栄養ドリンクもどきの怪しい薬を飲まされて24時間耕作を強要され、商人は「四半期決算」という概念に追われて首を吊る寸前だ。
「師匠、そんなに怒らないでください。光秀様が昨日、泡を吹いて倒れてから、誰もこの数字の整合性を取れなくなっておりまして……」
弟子の小次郎が、申し訳なさそうに新しいお茶(現代の麦茶パックをポケットから出したもの)を差し出す。
「いいか小次郎。物流が死んでるんだよ。CEOの奴、効率を重視しすぎて『儲かるルート』以外を全部切り捨てやがった。そのせいで、地方の特産品が清洲に届かず、逆に清洲の加工品が地方で腐ってる。これじゃあ経済が死ぬ」
俺は「不思議ポケット」に手を突っ込み、現代から持ち込んだ『ロジスティクス戦略論』の専門書と、ホワイトボード、そして数種類の『スパイス』を取り出した。
「パパ(信長)を呼んでこい。それと、ガチ軍人のキウイもだ。今からこの国に『ホワイトな物流革命』を起こす」
数刻後、イチゴの着ぐるみを着た信長と、キウイ姿のキウイ、そしてなぜか尻を抑えながらヨロヨロと歩く光秀が揃った。
「百舌鳥、改まって何だ? また何か新しい『遊び』か?」
「遊びじゃありませんよ、パパ。これは戦です。『胃袋』と『道路』を制する戦いです」
俺はホワイトボードに、日ノ本の地図を書き込んだ。
「現在、CEOのせいで街道の関所は『課金制』になり、物流が停滞しています。これを全て廃止し、代わりに『道の駅』を整備します。そこを拠点に、新しい兵站――つまり物流ネットワークを構築するんです」
「……関所を廃止だと?」
光秀が顔を青くする。
「それでは税収が減り、警備も疎かになりますぞ!」
「十兵衛、おじさんの話を最後まで聞け。税は『通行量』で取るんじゃない、『取引額』で取るんだ。そして、人を集めるための『エサ』が必要だ。そこでこれを使う」
俺はポケットから、芳醇な香りを放つ黄色い粉末――特製スパイスミックスを取り出した。
「インドから持ち帰った『カレー粉』です。これを道の駅の名物にする。米に合う、依存性の高い、それでいて栄養満点の食事。これを食いたいために商人も旅人も特定のルートを通るようになる。道が整備されれば、軍隊の移動速度も上がる。一石二鳥だろ?」
「カレー……? なんだ、その官能的な香りは……」
信長が鼻をヒクつかせ、イチゴの被り物の中から身を乗り出す。
「キウイ、お前の出番だ。サバイバル知識を活かして、街道沿いに『24時間営業の炊き出し所』を作れ。献立はカレー一択だ。具材にはCEOが強制栽培させて余っているジャガイモと玉ねぎを全量投入する」
「了解だ、バナナ。兵站の確保は軍人の本分。過酷な労働環境に置かれた農民たちに、スパイスという名の『報酬』を与え、生産意欲を向上させる。Q(品質)・C・D(納期)の最適化を開始する」
キウイが敬礼し、即座に部屋を飛び出していった。
それから一ヶ月。
俺の内政チートは、驚くべき速度で尾張を変えていった。
これまでの戦国時代の食事といえば、玄米に味噌、漬物といった質素なものだ。そこに「牛脂とスパイスと小麦粉」を煮込んだ暴力的なまでの旨味が投入されたのだから、たまったものではない。
「なんだこの『かれー』という食べ物は! 汗が出る! 力がみなぎる! 拙者、もう一度島津まで走って帰れる気がするにごわす!」
(※前回、下剤で死にかけていた島津歳久が、なぜか道の駅の店長として再雇用されていた)
「いいぞ、どんどん食え。その代わり、道の維持管理はしっかりやれよ」
俺は現場を視察しながら、手元の端末(ソーラー充電式のタブレット)で物流量をチェックする。
かつてCEOが強いた「死ぬまで働け」という恐怖政治ではなく、「美味いもんを食うために効率よく働こう」という現代的なインセンティブへの転換。
だが、ここで問題が発生した。
「百舌鳥……大変だ! 帰蝶様が……帰蝶様が大変なことに!」
小次郎が血相を変えて駆け込んできた。
嫌な予感がする。俺はすぐさま清洲城の奥殿へと向かった。
そこには、大量のスパイスを部屋中に撒き散らし、肌を露出させた妖艶な姿で、巨大な鍋をかき混ぜる帰蝶の姿があった。
「あら、百舌鳥。この『スパイス』というもの、素晴らしいわね。……熱くて、刺激的で、身体の奥から突き上げてくるようなこの感覚……。ねえ、これを使って『新しい夜の嗜み』を開発してみたのだけれど、試してみない?」
帰蝶の手には、カレー粉を練り込んだ怪しい色の『マッサージオイル』が握られていた。
「……待て。帰蝶さん、それは肌に塗っちゃダメなやつだ。カプサイシンだぞ? 粘膜にいったら死ぬぞ!?」
「ふふ、いいじゃない。痛みと熱さは紙一重……。さあ、こちらへ来なさい、私のかわいい百舌鳥……」
「ヒィィィ! 内政はホワイトになったのに、夜の生活がますますブラック(かつ激辛)になってるー!?」
俺は美少女の足で必死に逃げ出したが、帰蝶の投げた縄(という名のロープ)が俺の腰に絡みつく。
「パパ! 助けて! パパの嫁さんが暴走してる!」
「がっはっは! 良いではないか百舌鳥! 刺激があるのは良いことだ! 俺も今、イチゴカレーという新メニューを開発して光秀に無理やり食わせているところだ!」
「上様ぁぁ! 辛い! 辛いけど甘い! 脳が、脳が割れるぅぅぅ!!」
清洲城のあちこちから、喜びと悲鳴が混ざった叫びが上がる。
CEOが去った後の日本は、おじさんの内政チートによって、別の方向(主に味覚と性癖)へと歪み始めていた。




