光秀のイチゴ、禁断の果実
「……ダメだ。もう、これ無しでは生きていけぬのだ……っ!」
深夜の清洲城、一角にある明智光秀の執務室。
そこには、かつての知的な面影を失い、焦点の定まらない目で「何か」を貪り食う男の姿があった。
クチャッ、クチャッ、という湿った音が静寂に響く。
光秀が手にしているのは、真っ赤に熟れた大粒のイチゴ。だが、それはただの果物ではない。宿敵・パイナップル(CEO)が海外逃亡の際に残した、品種改良という名の『魔改造イチゴ』だ。
「(……うわぁ、完全にキマってるよ。これだからブラック企業の社畜上がりは……)」
俺、百舌鳥は、天井裏からその様子を冷めた目で眺めていた。
隣には、スイカの被り物をした柴犬・雷蔵が、鼻をヒクつかせながら呆れた顔をしている。
CEOが残したこのイチゴは、極限まで糖度を高め、脳内麻薬をドバドバ出すように設計された「社畜専用・現実逃避フルーツ」。
真面目すぎてギャグが通じない光秀は、CEOが唱えた「効率化と成果主義」の毒に当てられ、今やこのイチゴの糖分なしでは政務もこなせない体になっていた。
「光秀殿、そろそろその辺にしておかないと、明日からの軍議で『本能寺、行っちゃう?』とか言い出しかねないぜ?」
俺は天井からひらりと舞い降りた。
絶世の美少女の姿だが、中身は不摂生な生活を知り尽くした30代おじさんだ。依存症の怖さは、深夜のコンビニスイーツとカップ麺で嫌というほど理解している。
「も、百舌鳥殿!? 違うのだ、これは……これは、脳の活性化のために……!」
「嘘をつけ。口の周り、真っ赤だぞ。ゾンビ映画の撮影かよ」
光秀は慌ててイチゴを隠そうとしたが、その手は震えている。
重度の糖分依存だ。このままでは史実通り(?)に暴走して、織田家をブラック企業からホワイト企業に変えようとする過激な改革(謀反)を起こしかねない。
「……仕方ねえ。おじさんが特別に、現代の『デトックス』を教えてやるよ。小次郎、キウイ、入れ!」
「ハッ! ターゲット確保!」
「衛生兵! 糖分過多による精神汚染を確認。強制洗浄を開始する!」
窓から突入してきたのは、キウイの着ぐるみを着たガチ軍人・キウイと、やる気満々の小次郎だ。
二人は手際よく光秀を拘束し、椅子に縛り付けた。
「な、何を……何をなされる! 私は明智十兵衛光秀だぞ! チェストするぞ!?」
「島津に影響されすぎだろ。おい、キウイ、あれを出せ」
「了解。不思議ポケットより取り寄せた、現代の『苦味の結晶』――『超高濃度・ゴーヤとセンブリの特製青汁・プロテイン配合』だ」
俺はポケットから、ドロドロとした禍々しい緑色の液体を取り出した。
CEOの甘い毒を中和するには、現代の罰ゲーム用ドリンクが一番だ。
「いいか、光秀。これが大人の苦味だ。現実ってのはな、イチゴみたいに甘くねえんだよ。職を失い、30代で無職になり、異世界に飛ばされて美少女にされる……そんな苦い現実を、喉越しで味わいやがれ!」
「やめろ……やめてくれぇぇぇ! 私は甘いイチゴがいいんだぁぁぁ!」
光秀の口に、無理やり緑の液体が注ぎ込まれる。
「ぐ、が……っ!? に、苦い! 苦すぎる! 舌が……舌が死滅する! 脳の奥から『お疲れ様でした』という退職勧奨の幻聴が聞こえるぅぅぅ!!」
「そうだ、その苦しみこそが現代社会だ! 味わえ!」
光秀が悶絶し、白目を剥いて泡を吹き始めたその時――。
「……あら。随分と楽しそうなことをしているじゃない?」
部屋の入り口に、帰蝶が立っていた。
彼女の目は、光秀の無様な姿を見て妖しく輝いている。手には、なぜか不思議ポケットから掠め取った「低温蝋燭」と「ムチ」が握られていた。
「光秀殿。甘いものがダメなら、次は『痛み』で脳をリセットして差し上げるわ。……百舌鳥、貴方も手伝って? ほら、このローションを使って……」
「(……ヒッ。帰蝶さんの目が、完全に獲物を狙うドSのそれだ……)」
俺は戦慄した。
CEOのイチゴ依存からは脱却できそうだが、代わりに光秀が「別の新しい扉」を開いてしまいそうな予感がする。
「あ、あの、帰蝶さん。光秀の治療はこれくらいで……」
「ダメよ、百舌鳥。徹底的に、根っこから叩き直してあげないと。さあ、十兵衛……。どちらの『お仕置き』がお好みかしら?」
「ひ、ひぃぃ……! イチゴ……イチゴを……いや、もう何でもいいです! チェストォォォ!!」
深夜の清洲城に、光秀の(色んな意味で)悲痛な叫びが響き渡った。
翌朝。
スッキリした顔(物理的に数キロ痩せた)で登城してきた光秀は、信長に向かってこう宣言した。
「上様。私、目が覚めました。甘えは捨てました。今日から『ブラック社畜』改め、『ホワイトM』として、粉骨砕身働く所存にございます!」
「……おう。よく分からんが、気合が入っているな、十兵衛。イチゴでも食うか?」
「ギェェェェ!! イチゴだけは勘弁してくださいぃぃぃ!!」
光秀の絶叫を聞きながら、俺はポケットから取り出したブラックコーヒーを啜った。
「……やれやれ。これで本能寺の変は回避できたかな。……多分、別の意味でヤバいフラグが立った気もするけど」
俺の隣で、雷蔵が冷めた目で光秀を見つめていた。




