滴る汗と、影の秘事
「いいか小次郎。戦場で信じられるのは、理屈じゃねえ。自分の指先に伝わる『重み』と、鼻を突く『死の臭い』だけだ。」
清洲城の裏山、早朝の湿った空気が肺の奥を刺す。私は現代の訓練用の刃を構え、弟子の小次郎と対峙していた。小次郎の額からは、焼けるような太陽に炙られた汗が滴り、土の匂いと混じり合って、若々しくも荒々しい香りを放っている。
「……はぁ、はぁ。……百舌鳥様、お願いします!」
小次郎が踏み込む。湿った腐葉土を蹴り上げる音。彼は習得した近代格闘術を、泥臭い動きに混ぜ込んできた。私の喉元へ突き出される木刀の切っ先。空気を切り裂く「ヒュッ」という鋭い音。私はそれを紙一重でかわし、小次郎の懐へと滑り込む。
「遅い。……肌で感じなよ。私の装束の擦れる音、呼吸の継ぎ目。そこが、あんたが死ぬ場所だ。」
私は小次郎の背後に回り込み、その首筋に訓練用の刃の腹を当てた。彼の首筋から伝わる、激しい鼓動。ドクドクと波打つ生への執着が、私の手のひらを痺れさせる。小次郎のうなじには、若さゆえの産毛が光を反射し、そこから立ち上る熱気が、私の鼻腔をくすぐった。
「参りました……。」
小次郎が力なく膝を突く。その肩に手を置くと、濡れた麻の着物の感触が、私の手のひらに吸い付くように馴染んだ。
「……よくやったよ。茶々丸に良いところを見せたいなら、まずはその『浮ついた殺気』を消すことだね。」
私は冷たい水を手渡し、小次郎の火照った顔にぶっかけた。水飛沫が舞い、太陽の光を受けて真珠のように輝く。
その日の夜。修行の熱気が冷めやらぬ城の奥御殿。私は帰蝶様に呼び出され、月明かりだけが差し込む静寂の中にいた。
畳の井草の香りと、帰蝶様が焚き染めた白檀の香りが混じり合い、落ち着いた空間を作り出している。
「……修行の後は、お肌が荒れるわね。百舌鳥、旅で見つけたというあの『滑らかな油』、もう一度試させてくれないかしら?」
帰蝶様は、薄衣を肩から滑り落とし、白磁のような背中を私に向けた。
私は体温で温めておいた特製のオイルを取り出す。
「喜んで。……帰蝶様の背中は、いつ見ても月のように美しいですね。」
オイルを手に取り、ゆっくりとその白い肌に滑らせる。ヌルリとした独特の粘り気が、指先と肌の間の摩擦を減らしていく。私の指が、帰蝶様の肩甲骨のラインをなぞり、腰の窪みへと滑り降りる。
指先から伝わる、しなやかな筋肉の躍動と、柔らかな肌の弾力。
「……あなたの指は、本当に魔法のよう。殿の荒々しい手とは違う……優しくて、壊してしまいそうなほど丁寧……。」
振り返った帰蝶様の瞳は、潤んで、わずかに赤らんでいた。彼女の指が、私の訓練用の道具の縁に触れ、そのまま私の胸元へと潜り込んでくる。
「……ねえ、百舌鳥。今夜は、修行の話はお休みよ。」
月光が二人の影を畳の上に長く伸ばす。
戦国時代の夜は、静かに更けていく。




