滑る戦場と、一等陸佐の敬礼
清洲の森に、現代の化学(といっても植物油の調合だが)が生み出した「ヌルヌルの地獄」が広がった。
一等陸佐と呼ばれた男は、私のぶちまけたローション風の油に足を乗せた瞬間、その洗練されたフットワークを完全に封じられた。
「……ぬおっ!? なんだ、この摩擦係数のなさは!」
プロの戦闘員が、生まれたての小鹿のように足をガタつかせる。私はその隙を見逃さず、不思議ポケットから予備の「はりがた(木製)」を一本取り出し、バットのように構えた。
「プロの格闘術も、摩擦係数ゼロの前では無力だね。一佐殿、これがおじさんの『卑怯という名の知恵』だよ。」
「くっ、おのれ……! だが、この程度の罠で私が――」
男が体勢を立て直そうと踏ん張るたびに、足元がズルリと滑る。そこへ雷蔵が絶妙なタイミングで体当たりを食らわせた。
「うわあああぁぁぁ!」
ド派手に転倒し、地面を滑っていく一等陸佐。その先には、茶々丸が事前に仕掛けておいた、粘着力の強い「とりもち」の罠が待ち構えていた。
「おねえちゃん、今だよ!」
茶々丸の合図で、私はコルトマムシの銃口を、転倒した男の眉間に突きつけた。
「……チェックメイトだ。悪いけど、あんたみたいな真面目なプロは、私みたいな適当なおじさんとは相性が最悪なんだよ。」
男は観念したように息を吐き、クロスボウを捨てた。
「……ふふ、完敗だ。滑って転んで捕まるとは、部下には口が裂けても言えんな。」
「さて、尋問タイムだ。CEOの野郎、次に何を企んでる? まさかこれだけで終わるつもりじゃないだろ。」
男は天を仰ぎ、少しだけ真面目な顔になった。
「……CEOは、本能寺をただの暗殺の場とは考えていない。彼は、現代から持ち込んだ『ある化学兵器』をあの寺に仕込むつもりだ。信長公だけでなく、京都そのものを地図から消すつもりだろう。」
「……は? 京都を消す? あいつ、効率主義が行き過ぎてテロリストになったのかよ。」
私は背筋が凍るのを感じた。CEOの目的は天下統一ではなく、歴史の完全なリセット。自分の思い通りにならない世界なら、一度壊してしまえという狂気だ。
「……百舌鳥殿。君のような自由な男に、この国を託したくなった。私はもう、CEOには従わん。」
男は地面に伏したまま、私に精一杯の敬礼を送った。
「……協力してくれるのかい?」
「ああ。私のサバイバル技術、君の不思議ポケットのために使わせてもらおう。」
こうして、戦国最強の「プロの用心棒」が味方に加わった。
だが、事態は一刻を争う。CEOの狂気は、すでに本能寺の地下へと根を張っていた。




