クレンジングの雨と、素顔の屈辱
「おねえちゃん、あの女の人……目が笑ってない。」
背後に隠れる茶々丸の声は正しかった。愛莉の瞳にあるのは、民を慈しむ慈愛ではなく、自分以外の人間を「いいね」をくれる背景程度にしか見ていない空虚さだ。
「そうだね。ああいう手合いは、自分のメッキが剥がれるのを何よりも恐れるんだ。」
私は『不思議ポケット』から、今回のために特別に調合した液体……高純度の油と界面活性の知恵を混ぜた「強力クレンジング弾」を装填した。
「ブロック? 残念ながら、私の攻撃にはミュート機能はないんだよ。」
愛莉が合図を出すと、影から数人の刺客が飛び出してきた。だが、今の私には『コルトマムシ』を使うまでもない。
雷蔵が影を払い、茶々丸が呼び寄せたカラスの大群が館の天窓を突き破る。混乱の中、私は愛莉の至近距離に肉薄した。
「やめて! 私の顔に触らないで! 汚い、おじさん臭い!」
「おじさん臭いのは否定しないけどね。……でも、この乱世で『虚飾』に頼りすぎたツケは払ってもらうよ。」
至近距離から放たれたクレンジング弾が、彼女の顔面で弾けた。
現代の強力な洗浄成分が、彼女が必死に盛り立てた「キラキラメイク」を、ドロドロの黒い液体へと変えていく。義昭公の前で、彼女の「素顔」が白日の下に晒された。
「あ……あぁ……! 見ないで! 見ないでぇ!」
絶叫する愛莉。だが、本当の恐怖はそこからだった。
館の外から、CEOの冷徹な声が響き渡った。
「……期待外れだったな、愛莉。君の『大衆操作』も、百舌鳥の『実利』の前ではただのエンターテインメントに過ぎなかった。」
CEOの手元にあるのは、一通の連判状だった。そこには、京の有力な寺社勢力が、織田信長を「仏敵」として討つための署名が並んでいる。
「百舌鳥、君がこの女と遊んでいる間に、私は『宗教』という名の最強のシステムを味方につけた。これこそが、本能寺へ至る最短ルートだ。」
CEOの目は、もはや市場独占などのケチな野心ではなく、この国の「歴史そのもの」を管理しようとする狂気に満ちていた。
愛莉は泣き崩れ、義昭公は恐怖に震えている。
「……CEO。あんた、歴史を自分の思い通りに書き換えるのがそんなに楽しいのかい。」
「楽しいのではない。それが『効率的』だからだ。」
CEOはそう言い残し、闇に消えた。
私の手元には、メイクが落ちてただの怯える小娘に戻った愛莉だけが残された。
「……ねえ、おねえちゃん。これからどうなるの?」
茶々丸の震える手を握りしめ、私は京の夜空を見上げた。
ギャグで笑い飛ばせないほどの、重苦しい戦乱の気配。
本能寺の変という歴史の「特異点」が、確実に、そして冷酷に近づいていた。




