効率の魔術師と、おじさんの怠惰
「百舌鳥様、大変にございます! 件の商人が、城下で得体の知れぬものを配り始めました!」
藤吉郎が真っ青な顔で差し出したのは、陶器の小瓶だった。蓋を開けると、そこには見覚えのある、しかしどこか「冷徹な」質感の白い泥が入っていた。
「……マヨネーズじゃないか。でも、これ……。雷蔵、どう思う?」
雷蔵が鼻を近づけ、即座に「フンッ」と顔を背けた。私も指先で掬って舐めてみる。……塩辛い。さらに、防腐作用のある薬草の苦味が舌を刺す。
「保存性を優先して、味を殺してるな。……いや、これは『味』じゃなくて『記号』を売ってるんだ。腐らないという安心感だけで、市場を支配するつもりか」
私が独り言を漏らしていると、屋敷の入り口からパチパチと乾いた拍手が聞こえてきた。そこに立っていたのは、仕立ての良い直垂を着こなし、眼鏡こそかけていないが、その理知的な光学的冷たさを瞳に宿した若い男だった。
「素晴らしい分析だ、百舌鳥。さすがは同業者(転生者)だね」
「……あんたが、藤吉郎の言ってた『効率の魔術師』かい。」
男は薄く笑い、歩み寄ってきた。
「私の名は『CEO』。向こうでは物流コンサルタントをしていた。君の作るマヨネーズは非効率だ。卵の鮮度に頼り、保存も効かない。それでは『天下』の胃袋は掴めない。私の『長期保存型』こそが、この時代のスタンダードになる」
「天下の胃袋ねぇ……。あんた、それ食べて『幸せ』だと思った?」
「感情は不要だ。必要なのはカロリーと、腐らないという信頼。そして、それによる市場の独占だ。」
CEOの言葉には、おじさんの私が最も嫌いな「ブラック企業の臭い」が充満していた。
彼は私に、一通の巻物を投げ渡した。そこには、尾張から京へ続く街道のすべての宿場を買い占めるという、完璧な「独占禁止法無視」の戦略が記されていた。
「君の『不思議ポケット』の中身も、私のシステムの前では無力だ。……三ヶ月以内に、君の養鶏場は私の傘下に入る。」
CEOはそう言い残し、音もなく去っていった。
藤吉郎がガタガタと震えている。だが、私は不思議ポケットの中のリボルバー……ではなく、一本の「完熟トマト」を取り出した。
「……藤吉郎さん。あいつ、一番大事なことを忘れてるよ。」
「な、何にございますか、百舌鳥様。」
「人間、不味いものを食い続けるほど強くないんだ。……雷蔵、茶々丸。おじさんの『本気の怠惰』を見せてやろう。保存が効かないなら、保存しなくていい仕組みを作るまでだよ。」
雷蔵が力強く吠え、茶々丸が不思議そうに首を傾げた。
効率主義のCEOに対し、私は現代の「ジャストインタイム(必要な時に必要なだけ作る)」と、雷蔵たちの「動物ネットワーク」による超高速流通で立ち向かうことを決めた。




