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こだわりというか、わだかまりというか  作者: 白山月


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9/9

バレンタインデーに巻き込まれる

バレンタインデー。それは日本では、女性が意中の相手にチョコレートを添えて愛情を伝える――という建前のイベントである。


一条哲也が会社の休憩スペースで一息ついていると、後輩の小山ゆうきがやってきた。 「一条さん、バレンタイン用のチョコが完成したので、前倒しですけど食べてください!」


隣の席では、同僚の山崎洋介が物欲しそうにこちらを見ている。 「おっ、山崎も欲しいか。ついでにやるよ。小山さんに心の中で感謝しながら食べろよ」 山崎は顔を輝かせ、バリバリっとラッピングを剥がすと、パクっと一口で放り込んだ。 「小山さん、ごちそうさまです! めっちゃ美味いですよこれ。相当いいチョコなんでしょ? こんなのもらえたら、男はイチコロっすよ!」


小山はドン引きしつつも、当たり障りない笑顔で対応する。 「私の力作なんだから、美味しいのは当たり前。……で、一条さんも食べてください!」


チョコは可愛らしくラッピングされていた。哲也はそれをつまみ上げ、くるくると回しながら凝視する。 「丁寧なラッピングだね。折り目が見事だ。それなのに、余った紙をまるで『角』のように尖らせて……可愛いじゃないか。この角の長さ、あえて狙ったんだろう?」


小山の表情がパーッと明るくなった。 「よかった、分かってもらえて! その角、長すぎると失敗したみたいに見えるし、短すぎると雑に見えるから、ミリ単位で苦労したんですよ!」


包みを開くと、そこには精巧な形状のチョコレートが現れた。 「天気図の『雪』の記号か。こんな型があるんだね……。表面も滑らかだし、おや? このテーパー角(抜き勾配)の絶妙なバラつき……もしかして、型から自作したのかい? しかもポリカーボネート製だ」


小山の瞳がさらに輝きを増す。 「すごい、そこまで分かるんですか! チョコを取り外す時にデザインを損なわないよう、角度にはこだわりました」 「型はどうやって作ったんだい?」 「真空ポンプを掃除機で自作したんです! ポリカを均一に柔らかくするのが大変で……。ネットの情報を参考にしたんですけど、一番悩んだのはチョコの形ですね。自分らしさをどう表現するか、難しかったです」 「素晴らしい努力だ。この形、実に小山さんらしいと思うよ」


哲也は、ようやくそのチョコを口にした。小山が緊張した面持ちで見守る。 「ほう……生クリームが多めで、柔らかさと甘さのバランスで勝負したんだね。カカオはフォラステロ種かな。力強い苦味と渋みがあるから、生クリームや砂糖に負けず、しっかり『チョコ』を主張している。そしてこの口溶け……完璧なテンパリング(温度管理)の証拠だ。型の水分と油分を丁寧に除去して作業している姿が目に浮かぶよ」


小山は思いっきり照れまくっている。 「作っている姿まで当てられるなんて……褒められすぎて恥ずかしいです! でも、カカオの種類なんて意識してませんでした。どんな種類があるんですか?」


哲也は宙を見上げ、記憶のライブラリを辿り始めた。 「専門家じゃないから大雑把だけどね。カカオの三大品種といえばこれだ」


フォラステロ種: 世界シェアの大半を占める、力強い苦味と渋みが特徴のタフな種。


クリオロ種: 非常に希少で、華やかな香りと気品がある「幻」の種。


トリニタリオ種: 上記二つを交配させた、多彩で複雑な風味を持つ種。 「君のチョコには、この力強いフォラステロがベストチョイスだ。脳の中をグニャリと引っ張られるような、味とはまた別の余韻がある」


横で見ていた山崎は危惧した。(この二人、また変な方向へ盛り上がっている。小山さんも考え込んじゃってるし……ここは俺がフォローしなきゃ!) 「一条さん、せっかく作ってくれたんだから、『美味しい』だけでいいじゃないですか。小山さんも気にしないでください、本当に最高でしたから!」


その瞬間、小山の表情が凍りついた。 「……はぁ!?」


みるみるうちに小山の形相が険しくなっていく。 「お前のその『美味しい』という単語の、どこに私の苦労へのリスペクトがこもっているのかな、山崎くん……。私は、一条さんみたいに難しいことを言ってほしくて持ってきてるの!!」


しまった、虎の尾を踏んだ! 山崎は青ざめた。 「手作りチョコを一条さんに献上する社内の女性は、みんな言うわよ。一条さんに分析されて初めて、自分の努力が報われるって!」 小山は大きなため息をついた。 「せっかく報われた気持ちになってたのに……」


「余計なことを言いました。失礼しました……」 山崎は静かに距離を取って退散した。


気を取り直した哲也が尋ねた。 「それで、本命の相手にはいつ渡すんだい?」 小山は少し照れながら、「実は……」と答えた。


相手は、テレビで天気予報をしている気象予報士だそうだ。


哲也はなんとなく察した。 彼女が伝えたいのは、「愛」ではない。 「冬の後半戦も、もっと強烈な寒気団を日本に呼んでくれ」という切実な願い――いや、指令だ。


(気象予報士は、天気をコントロールする魔術師じゃないんだが……。頼む相手を間違えていないか?)


バレンタインデー。 それは日本では、女性が意中の相手にチョコレートを添えて「欲望(パウダーへの執着)」を伝える――そんなイベントに変貌させている女がいた。


哲也は、何も知らずにチョコを受け取るであろう気象予報士が気の毒になり、思わず笑ってしまった。

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