パウダーフリークの共鳴
職場では、一条哲也以外の全員が外出していた。 一人で進める仕事は、驚くほどはかどる。 そんな時、お土産を手にした後輩、小山ゆうきが戻ってきた。
「一条さん、お留守番お疲れ様です。これ、お土産!」 哲也が受け取ったのは、柿の種をチョコレートでコーティングした新潟名物「柿チョコ」だった。 「おっ、柿チョコ。新潟に行ってきたのかい? スキーかな」 そういえば、先週末の日本海側は冬型の気圧配置で、かなり荒れていたはずだ。 「あいにくの天気で大変だったろう。まあ、温泉も多い地域だし、それなりに楽しめたかな?」
哲也の気遣いに、小山からは予想外の答えが返ってきた。 「それが、もう……猛吹雪で最高でした!」
猛吹雪で、最高。 ――もしや、彼女は。 「君、もしかして『パウダーフリーク』かい?」 「当然ですよ! パウダー・フェチです。この喜びを分かってくれそうなのは、一条さんだけだと思って買ってきたんですから」 小山は満面の笑みを浮かべている。よほど楽しかったのだろう。
「私、スキー場で猛吹雪の中リフトに乗っている時に、思わず隣の友達に『いい天気ですね!』って言っちゃったんです。その瞬間、職場の先輩から聞いた話を思い出しました」 「私の話かな?」 「はい。『昔、一条さんとスキーに行った時、猛吹雪のリフトで彼が“いい天気ですね”と微笑んだ。そしてリフトを降りるなり、一気にツリーラン(林間コース)へ消えていった』という伝説を。今日、その意味がようやく分かりました!」
小山は、同志を見つけたと言わんばかりの晴れやかな顔で話している。
大雪の翌日、抜けるような青空の下、安定した深雪で雪煙を上げる。それは確かに素晴らしい。 だが、哲也は吹雪の日の良さも知っている。 「吹雪でオープンバーン(開けた斜面)がホワイトアウトして、空と雪の境界が消えてしまうような時でも、ツリーランなら木々が目印になって視界が確保できるし、雪崩のリスクも低い。何より、雪が降り積もり続けるから、常に新雪が楽しめるんだよね」 「さすが一条さん、話が早い!」
小山は嬉しそうに、大先輩である哲也に食いついた。 「でも、昔の人って2メートルを超えるような細くて長い板で滑ってたんですよね? どうやってパウダーを滑ってたんですか?」 「確かに、昔の細くて硬い板で深雪を滑るのは技術が必要だったよ。でもその分、ライバルが少なくてね。オープンバーンも今よりずっと長く楽しめたし、ツリーランに行く人なんて変わり者扱いだったな」
時代の流れでカービングスキーが登場し、さらに太くて浮力のある「ファットスキー」が普及したことで、パウダーランの難易度は劇的に下がった。 「昔はターンするたびに抜重して腕を大きく振り上げていたけど、今の板は前に重心を置くだけで勝手に回ってくれる。画期的だよ」 「知ってます! 昔のビデオで見たことあります! 腕を交互に上げる独特のフォーム。一条さんもやってたんですね」 「懐かしいね。道具の進化でパウダーは身近になったけど、その分、どこも競争率が上がってガツガツした雰囲気になった。僕が熱心に滑っていたのは、ちょうどその変わり目くらいまでかな」
「一条さんはまさに生き字引ですね」 小山はニヤリと微笑んだ。 「そんな人と感覚を共有できてよかったです。実は私、パウダーに興味がある同僚からコツを聞かれるんですけど、うまく説明できなくて……。一条さんならなんて答えます?」
哲也は少し考えてから答えた。 「……普通に滑る、かな」 小山も、わが意を得たりと頷く。 「ですよね! 私も『普通に』って言っちゃうんです」
急に、哲也の胸が熱くなった。 パウダーを滑れるようになるまで、誰もが悩み、工夫し、転びまくる。だがある時、ふと「掴む」瞬間がやってくる。 そしていつの間にか、人から滑り方を聞かれた時に、皆が揃ってこう答えるようになるのだ。「普通に滑ればいいんだよ」と。
「普通」という言葉の裏にある、あの浮遊感。 時代は変わっても、雪に魅了された人間が辿り着く境地は同じなのだ。
若い世代と深いところで共感できた気がして、一条哲也は柿チョコを口に放り込み、静かに微笑んだ。




