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こだわりというか、わだかまりというか  作者: 白山月


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コーヒーの香りと、言えぬ我慢

一条哲也は、コーヒーの香りをこよなく愛している。 それは、彼の日々における至福で、ささやかな楽しみだった。


煎りたて、挽きたて、淹れたて。 いわゆる「三たて」の香りを、彼は香道の香炉を扱うかのような所作で楽しむ。マグカップをうやうやしく口元に運び、目を閉じて深く吸い込むのだ。


「お父さんの飲み方は、まるで香道こうどうね」 妻の美奈子が、少し呆れたように声をかける。


哲也の楽しみ方は徹底している。 まずは、鼻から抜ける空気と共に、立ち上がる香りを愛でる。 次に、口に含んだコーヒーの風味を、空気と混ぜ合わせるようにして鼻へと抜く。 そして、飲み込んだ後に残る余韻を、また静かに鼻で楽しむ。


そして彼は、その感動を毎回、妻に報告する。 そう、「毎回」だ。


「せっかく淹れたコーヒーを楽しんでいるところ、悪いんだけど……」 美奈子は引きつった笑顔で切り出した。 それもそのはず。哲也は、豆を煎った瞬間に部屋に広がる香りの変化を熱く語り、豆を挽く時の芳醇な香りについて語り、お湯を注いだ瞬間に立ち上がるドーム状の泡から漏れる香りについても語る。 そして今、まさに飲みながら、その感想をこれでもかと語り続けているのだ。


「いい? 毎回、すべてのステップで実況を聞かされる身にもなってちょうだい!」 ついに、美奈子に一喝されてしまった。


しかし、哲也に言わせれば心外だった。 自分なりに、美奈子には語らずに「我慢」していることもあるのだ。


(実は、淹れた後のコーヒーカスを捨てる時の、あの湿り気を帯びた独特の香りについても、君に熱く語りたくて仕方ないんだ。それを……それをグッとこらえているというのに)


「ワシだって我慢しているのになぁ……」 心の中でそう呟きながら、今日も「ゴミ箱の香り」については口を閉ざす哲也であった。

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