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第8話:奪われた名と、香の証

帝の記憶を封じた香——“帝香ていこう”。


それは、命と名を代償にしてまで守られた香だった。

私はそれを抱いて、無香の間をあとにした。


だが、静寂は長くは続かない。

後宮の廊下を抜けたとき、背筋に走る冷たい気配に気づいた。


「……つけられてる」


私は足音を消して、影の中に身を隠す。


——その気配は一つではなかった。

複数の宦官。しかも、ただの下宦ではない。


「白衡の、私兵……」


鼻をかすめる香に、私は確信した。

あの男の周囲に常に漂う“抑香”——記憶を鈍らせる香の痕跡。


(やはり動いたか)


帝香を手にしたと知って、白衡が黙っているはずはない。

彼の目的は「記憶の操作」。

帝を自らの掌の中に収めるため、記憶を封じ、操っていた。


私が持つ帝香は、その“鍵”になる。


(なら、逃げるよりも……暴くべき)


私は香包を袂に隠し、わざと足音を響かせた。

それは罠。私を追う者たちをおびき出すための。


数秒後——宦官たちの影が、私を取り囲んだ。


「お静かに。香司殿。貴女には、“迷子”になっていただきましょう」


「白衡の命?」


「帝のおそばに、危険な香を持ち込んだ者を処罰するのは当然の理」


私は鼻で笑った。


「処罰するのは、香を奪った側ではなく、守ろうとする者? ……おかしいのは、あんたたちの方よ」


「強がりは結構。だが、もう一歩も逃げられませんよ」


そう言って、男たちが一斉に香符を構える。

それぞれ異なる香——目眩、幻覚、睡眠。


(封じ香、三重……連携して動いてる。私一人じゃ厳しい)


だが——その瞬間。


「やれやれ。やはりこうなると思っていた」


静かな声とともに、風が香を散らす。

背後の垂れ布が裂け、その奥から一人の男が現れた。


仮面の宦官——ソク。


「お前たちの香の手口、いつ見ても粗雑で美しくない」


「……ソク、お前は……!」


「私は“帝の香”を守る者。白衡の犬にはならん」


彼は懐から香玉を一つ放った。

宦官たちの鼻が一斉に歪む。


「嗅覚阻害香……!」


「今のうちだ、ソウカ。走れ」


「でも……!」


「私は帝に誓った。お前を守れとな」


その言葉に、私は一瞬だけ迷い——それでも、走った。


私は知っている。

ソクが撒いた香は短時間しか持たない。

それでも、彼が私に背を向けたのは、全身で守ろうとしたからだ。


(私は、必ず帝香を届ける)


そして、証を暴く。


帝が香によって記憶を失ったなら——

香によって、それを取り戻すこともできる。


逃げた先で、私は香包を開いた。


沈香、白檀、そして……かすかに、焚かれた血の香。

それは、記憶の“核”を刺激する構成だった。


(これを帝に嗅がせれば、記憶の封印が解ける……)


だが同時に、危険もある。

記憶が戻れば、すべてを知ってしまう。


——父・清蓮がなぜ死んだのか。

——誰が帝を操っていたのか。

——なぜ、香を操ることが許されなかったのか。


帝香は、真実を告げる香。


私は胸元にそれを隠し、心に誓った。


——次に会うとき、帝よ。私は、貴方の記憶を香で導く。

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