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灰色の時間

作者: 寒がり


 時々、世界がいつも灰色だったらいいのにと思う。

 薄暗く、輪郭があやふやで、何もかもが緩やかな世界。遠くで虫が鳴いていて、雨がしとしと降っている。林立する墓石と木々。灰色の空。雲の向こうで淡く鈍く光る月の薄明かりは、この灰色を破らない。


 一歩一歩歩む。それは、進もうとするのではなく、ただ止まらないというだけの、目的のない動作だ。進んでいるのではなく、流されている。蠕動のような大きな何かに身を委ねて当てもなく動かされている。

 喩えば古時計の振り子がカチカチと揺れるように、両の足は規則的に歩を進める。私は気楽な乗客としてその様子を眺めていればいい。主体性は全く放棄される。


 すべてが溶け出して境界が力を失う灰色の世界では、私さえ灰色に溶けてなくなってしまう。息を吐く度に溶け出して、何も残らない。全部溶け切って安らかな灰色が残る。それは流れ、対流し、そよぐ。巨大な塊は質量も刺激もなくただそこにある。


 そうしてみると、アイデンティティなんて馬鹿らしいじゃないか。

 人は昼間この灰色の一部分を切り取って、ある空間に必死に押し込めて後生大事に守っている。ワタシはワタシをワタシに監禁して、その事を権利だ自己同一性だ人格だと誇っている。時々、ワタシから灰色が漏れ出すと、ワタシの危機だっていうので慌てふためいたり嘆き悲しんだりしてみる。


 ヒトという卵の殻を割ってみれば、その中には外と同じ灰色が詰まっている筈だ。空っぽと言ってもいいし、満たされていると言ってもいいけれど、ともかくもそれは異質なものじゃないし、特別なものでもない筈だ。


 ところがヒトは「私」を発明し、色鮮やかな社会を築いた。灰色はSDGsみたいにカラフルな個人であらねばならず、個人は目的に向かって自分の人生を、かけがえのない自分だけの人生を生きていかなくてはならない。そういう事になってるんで、人は特別なものになりました。


 灰色は分節され、人工着色料で着色されて人工甘味料で味付けされて個性に押し込まれましたとさ。例えばファッション、趣味、職業、価値観etc。要するに個性という決まり事。それは確固たる事実で、社会の基盤なんだから正しいでしょう。


 けれども、そういう確固としたものが全部全部、悪い夢だったみたいに溶け出して、誰でもなくなったワタシがただの灰色に戻ることができる灰色の時間が好きだ。


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