エピローグ:三年という歳月
──三年後──
王宮の奥深く、日がまだ登りきらない時刻。
人目につかない小さな執務室で、アレクシスは一人の男と向かい合っていた。
男の名はグレイヴス。王国徴税局の中級官吏で、細い目には野心と欲望が宿っている。
「わざわざ呼びつけたということは、何か要件があるのか?」
「やあ、グレイヴス。例の件だが、進捗はどうだい?」
アレクシスは机の上に一枚の書類を置いた。
そこには東区の地図と、いくつかの店舗名が記されている。その中に『銀の厨房』の名前も含まれていた。
「……ああ。グレンデル商会との話は順調に進んでいる。東区の土地買収計画、特に商店街の一角は来月には完了予定だ」
グレイヴスの声には、金の匂いに酔ったような満足感が滲んでいた。
「それで、例の獣人の店はどうだい?」
「たしか『銀の厨房』だったか。あの店は……なかなか手強くてな」
グレイヴスの表情が少し曇った。
「一向に店を手放そうとせんのだ」
アレクシスの銀青色の瞳が、冷たく光った。
「ははは、それは君の得意分野じゃないか。税務調査を厳しくする、延滞利息を適用する、細かな規則違反を見つける……いままで君がやってきたようにすればいい」
「……確かに滞納はしているが、あまり露骨にやりすぎると目をつけられる」
「心配しないでよ、グレイヴス。適度に圧力をかけて、自然に困窮させればいい。そして、その時に『救いの手』を差し伸べてあげればいいのさ」
アレクシスは別の書類を取り出した。
それは『王宮厨房補助員募集』の文字だった。
「王宮での短期奉公の話を『銀の厨房』の彼女に持ち掛けてくれないかい? 獣人にしては破格の条件だと。彼女なら、店を救うために飛びつくと思うんだ。その間に、君はグレンデル商会と話をまとめるなりしてくれればいいさ」
グレイヴスの目が欲望で輝いた。
「なるほど……それは巧妙だな。しかし、なぜその獣人をわざわざ王宮に?」
「好きなのさ、彼女が」
「………………………」
「……ははは、真にうけないでくれよ。なに、冗談さ。単に『王国の発展』のためだよ」
アレクシスは立ち上がり、窓の外を見つめた。
「これが成功すれば、グレンデル商会から君宛に特別な報酬も約束通り支払われるんじゃないかな? 誰も損をしない取引だと思うよ」
「ふん……まあいい。その話、乗ってやろう」
グレイヴスは深々と頭を下げた。しかし、グレイヴスは彼の『底知れぬ野望』を感じ取っていた。
アレクシスは振り返り、グレイヴスを見下ろした。その瞳には、先ほどまでの冷静さとは違う、何か危険な光が宿っていた。
「では、すぐに行動に移すとしよう。……アレクシス。貴様の思い描いていることは私にはわからんが、清く利用させてもらうとしよう。くれぐれも内密に頼むぞ」
グレイヴスは恭しく一礼すると、部屋を後にした。
一人残されたアレクシスは、机の上の『銀の厨房』の資料を見つめていた。
三年前のあの夜から、彼はずっとこの瞬間を待っていた。
──リュカを王宮に呼び寄せる。それが全ての始まりだ。
彼の計画は精密で、完璧だった。
だが、人の運命というものは時として、どんな完璧な計算をも上回る力を持っている。
やがて一人の『異世界からやってきた青年』との出会いが、アレクシスの全ての計画を根底から覆すことになる。そして、獣人の少女の『一皿のまかない』が灯した炎の揺らぎが、この王都、王国を巻き込んだ大きな歪みとなってゆく。
しかし、それは「ただのまかない料理が、王族と国家を動かすまで」の別の物語。
月は西に傾き、東の空が薄っすらと明るくなり始めていた。黎明の輝きが、王都の街並みを照らし、新しい一日の訪れを告げる。そして、運命の歯車が、ゆっくりと回り始めていた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
彼女と彼のお話はこれで終わりになります。
ここから「灰かぶりの厨房:ただのまかない料理が、王族と国家を動かすまで」の物語となっていきます。
……あっ、ちょ、やめて! 『完結してると思って読んだのに、完結してねえじゃねえか!』って石投げないで! 本当は本編に入れようと思ったんです! 嘘じゃないです! 文字数が多くなりすぎちゃって、ただでさえ冗長な本編がもっとダラダラしちゃうと思って切り分けたんです! 許して!
……蛇足が過ぎました。今後『異世界から召喚された青年』と『十六歳となった獣人の料理人リュカ』が出会うことで、リュカとアレクシスの運命が大きく、そして歪みとなって動いていきます。
あの十三歳の純粋な少女は、三年の歳月を経てどう成長したのか。
そして、「君が笑っていられる世界を作る」と誓ったアレクシスは、その約束をどう果たそうとするのか。
小さな厨房から始まる、大きな物語。
ただのまかない料理が、王族と国家を動かすまでの軌跡を——
どうぞ、見届けていただけると嬉しいです。
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