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第55話 特級ダンジョン

 「地下二階でこの強さか……」


 俺は先ほど買ったばかりの短刀についた、モンスターの血液を塵紙で拭うと、ポーションを一本飲んだ。


 階段を降りた場所にいたのはリザードマンだった。二足歩行で動くトカゲのような姿をしている。身長は俺と同じぐらいだが、胸や太ももの辺りの筋肉が発達しているのか、大きく肥大していた。両手で巨大な槍を持っている。


 時間がないのはわかっていたが俺は戦うことにした。特級ダンジョンの魔物の強さを肌で感じたかったからだ。今までの経験から入り口近くのモンスターの強さが分かれば、下層の魔物達の強さが予想できる。


 戦ってみた結果は最悪だった。なんとか倒すことができたが、魔物の強さは今の俺とあまり差がなかった。


 戦いの中、敵が繰り出す槍が右肩にを掠った。痛みはさほど感じなかったが、血が止まらないためポーションを口にした。


(もう少し下に行けばほとんどのモンスターが、俺より強くなるだろう。まともに戦ったらすぐに死んでしまうだろう。回復アイテムも限りがあるし……。こうなったら……)


「とにかく避けよう。探知スキルをフル活用して魔物に出会わないように。そして、もし出会ってしまったら逃げる。うん、戦うと時間もかかるしな、今はとにかくスピードだ」


 俺は生き残るために攻略の方針を決めると、すぐに走り出した。師匠にやらされた無茶な訓練により、体力には自信があった。


 俺は【探知スキル】を発動させ、周囲五十メートルを探った。すると俺の周囲には7体のモンスターがいることがわかった。


 俺は危険度の低いルートを見つけると探索を始めた。


 ♢ ♢ ♢ ♢


 一時間後、俺は地下22階にいた。時速80キロメートルは超える速さで走り続け、最短で下の階に進んでいた。


 モンスターがいても、高速で走り抜け、追いかけられても引き離した。2階での戦闘以降、一度も戦っていない。レベル8の探知スキルと身体能力で超高速攻略をしていた。


 俺は20メートル先でキョロキョロしている体長2メートルは超えるであろう巨大なカエルの横をすり抜けた。カエルも俺に気付き、後方から舌を伸ばしてきたのがわかったが、俺には届かなかった。


 まだ、この階のモンスター達だったら、気づかれてもこちらの方が速く動くことができる。追いかけられても、引き離すことができる。地獄のようだった師匠の修行のお陰だ。


 サイのようなモンスターの背中を跳び箱のように飛び越し、強大な熊の足の間を滑りぬけ、追いかけてくる数十匹のサソリの群れを引き離し、俺は次々と階段を下って行く。


♢ ♢ ♢ ♢


 さらに二十分後、俺は地下29階層にいた。


 俺はただひたすらに、下層へ続く階段を見つけ出しどんどん下ってきた。全てではないが、数日前にルーナさんたちが歩いた足跡が見つかるフロアもあった。


 階が進むごとに出くわすモンスターの強さがさらに強力になってきているのを肌で感じていた。


 一つ上の階で俺を追ってきた巨大なムカデたちは、俺の全力疾走とほぼ同じ速さだった。


 かなり危なかった。階段への入り口がもっと遠かったら、あそこで死んでいたかもしれない。


「魔物は階を越えて移動することはできない」


 いつしかハルさんに言われたことがあった。そのときはあまり気にしていなかったが、今は階段の有り難みをひしひしと感じていた。


 俺は階段の途中で息を整え下のフロアに進んだ。


 地下30階のかがり火がたかれた通路を進んでいると、こん棒を手にした巨大な生物が現れた。3メートルはありそうだ。頭が牛だ。「あいつは……」師匠から貰った本に乗っていた。

 

 将軍ミノタウロス――モルドのダンジョンに生息するモンスターの中ではかなりの強敵だと書いてあった。強さレベルはS級。


(じいちゃんの剣もないのに、あんなのとやり合うのはまっぴらごめんだ)


 しかし、別の道を探したが階段があるフロアに行くためには、どうしてもミノタウロスの側を抜けなければならないことが探知スキルを使って分かった。


(しかたない。最高速で抜けよう)


 俺は、今までのモンスターと同じように、近くをすり抜けようとした。今の身体能力で出せる最高速はおそらく時速120キロは超えているだろう。


(このまま地球に戻れたら、オリンピックで世界の度肝を抜けるのに)


 そんなことを考えながら、長さ2メートルはあるこん棒を肩に担いでいるミノタウロスの横をすり抜けようとしていたら、視界の端から巨大な棍棒が消えた。


 次の瞬間、全身に衝撃がはしり、気づいたら俺は仰向きで倒れていた。顔を右に向けるとダンジョンの壁に人間の体を形どったような跡があった。


 どうやら、俺は、あいつに攻撃され、空中を飛んでいき、壁にぶつかりここに倒れたらしい。

 

(なんて力……なんて強さ……)

 

 全身に広がる痛みと、崩れ落ちた岩の壁を見て、あいつの強さが常軌を逸していることが認識できた。


「ギャオォォーーーー」


 激しい雄たけびが聞こえたと思うと、いつの間にか、ミノタウロスは俺の側まで接近していた。


 頭上から電柱のような太さの棍棒を振り落としてくる。


 俺は右に転がり間一髪のところで攻撃をかわした。今の攻撃で地面が砕け、粉塵が舞あがった。

 俺はその隙に起き上がると、ダンジョンの下層へ続く道を死ぬ気で走った。後ろからミノタウロスの足音が迫っていたが、俺は何とか、階段の中へ飛び込んだ。


「ああぁぁぁーーー」

 

 全身に広がる激しい痛みに叫び声をあげてしまう。おそらく胸の骨が何本か折れているのだろう。俺は痛みに耐えながら、この先には自分より圧倒的に強いモンスターしかいないことを悟った。


 なんとかアイテムボックスからハイポーションを取り出すと口にする。短い時間で体は回復したが、今死にかけた恐怖が込み上げてくるが、必死でその恐怖を封じ込める。


(大丈夫だ。俺にはまだ俊敏スキルがある。今はまだ使わなかったけれど短い時間であれば、俺はもっと早く動ける。何とか下まで行けるさ。回復薬だってまだまだあるんだ。大丈夫。大丈夫。)


「パンッ」


 俺は、自分の両頬を叩き気合を入れると、再び走り始めた。


 こうしちゃいられない。こうしている間にもルーナさんに危険が迫っている。例え、果てしなく無謀なことだったとしても、必ず俺は行かなければいけない。ルーナさんの笑顔を思い浮かべると、俺は駆けだした。



 しかし、地下30階より先はまさしく世界が一変した。


 出てくるモンスターのレベルが今までとは天と地ほども違った。虫型モンスターも、動物型モンスターも爬虫類型モンスターもそのすべてが、素早く、固く、強力になった。


 【俊敏スキル】も【先読みスキル】も【探知スキル】も全て使っているのに、モンスター達の攻撃を避けきれなくなった。


 致命傷だけはなんとか避けていたが、一つの階を走破するだけで身体はボロボロになっていた。一つの階を命からがら攻略し、階段の中で回復をするといった具合だった。


 ここまで、「ルーナさんを絶対に助ける」という執念だけで攻略を続けてきた。しかし、限界を超えてスキルを使用し続けた副作用で、激しい頭痛に襲われていた。


 また、一時間以上全力で走ってきたことによる疲労と何度も死にかけたことの身体的、精神疲労も強く感じていた。


 しかし、それでも俺は、足を止めなかった。俺は、必死で奥へ奥へ突き進んでいった。


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