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第54話 考えるより早く 

 俺はその後も一時間ほどルーナさん達の再配信の映像をしばらく見ていた。俺の他にも生配信終わりに席を立たなかった人は多く、四、五百人ほどの人間が配信を楽しんでいる。よほどルーナさんたちのことが好きなのだろう。気持ちはわかる。映像はまだ終わる気配はなかった。


 しかし、ルーナさんたちの一つ目の配信が終わり、二つ目の再配信が流れ始めた頃、いきなり画面が切り替わり、信じれない光景が映し出された。


「ルーナさん!」

 俺は思わず声を上げた。周りで見ていた客たちからは悲鳴や驚きの声が上がった。


 そこには血だらけのルーナさんが立っていた。顔や、首、肩や腕、あらゆる場所が傷つき、血が付着している。特に、左肩は出血がひどいようでルーナさんが纏っている白銀の鎧は三センチほどの穴が空いており、その下の服が血で染まっていた。なにか鋭い攻撃を受けたことは直ぐに理解できた。


 ルーナさんは何かから隠れるように岩陰に潜んでいる。かなりまずい事態なのか呼吸が乱れている。


「はぁはぁ。配信をみている皆さん。緊急配信です! 私たちは48階の階段近くの部屋で転移罠を踏んでしまい、最下層の隠しフロアに飛ばされてしまいました。ここにはS級モンスターの【エターナルドラゴン】がいました。私たちは急遽戦おうとしましたが、敵が最初に放った攻撃を避け切ることができず、エマとソフィアが大怪我を負ってしまいました。しかも、アイテムボックスが敵の初撃で破壊されてしまい、帰還の翼も回復アイテムも使うことができません」


 ルーナさんの表情からは鬼気迫るものが伝わってくる。


「この配信を見ている皆さん、どうかお願いです。誰か助けてください。ここまで帰還の翼を持ってきてくれるだけで大丈夫です。このままでは、みんな死んでしまいます! どうか、どうか……」


 ルーナさんがそこまで口にした段階で突然配信が途絶えた。普段の消え方ではなく、何かまばゆい光が発光した後に、ブチっと音が鳴り無理やり切断されたような切れ方だった。


 配信が途絶えた瞬間、配信ホールは騒然となった。口々に人々が叫び始めた。


「頼む!! 誰か助けに行ってくれ! このままじゃ、三人が!!」


「おい、あんた。冒険者だろ!!頼むよ!救助に行ってくれ!!」


「ばかやろう!俺だって行きてぇよ! だがな、特級ダンジョンだぞ! 誰がそんな所へ行けるってんだ!! 死にに行くようなもんじゃないか! 俺らじゃ無理だ!!」


「すぐに他のトップパーティに救助の要請を出そう! 【ケロベロス】や【バーサーク】の奴らは今どこにいるんだ?」


「あいつらは今、上級ダンジョンの攻略中だ!すぐには戻って来れない!!」


「じゃあどうすればいいんだよ!!」


「頼むよ! 誰か行ってくれ! 俺は前にあの子たちに助けてもらったことがあるんだ!!」


 冒険者の格好をした初老の男性はそう叫ぶ。


「私も、ルーナさんたちに昔助けてもらったわ! でも、私じゃあどうにもできない!! お願い! 誰か!」

 

 そんな声が至る所で響き渡る中、あまりの事態に俺は理解が追いつかず、立ちすくんでいた。しかし、ルーナさんの「助けてください」という言葉が頭の中で繰り返され、俺は夢中で走り出した。


 ギルドに併設されているアイテムショップに駆けつけると、すぐに売られていた帰還の翼4枚と、ありったけのポーションとハイポーションを購入し、アイテムボックスに突っ込んだ。エリクサーも買いたかったが、売り切れだった。


 そして隣の武器屋に行くと、片っ端から武器を握りしめていった。しかし、片手剣はおろか、両手剣、ナイフ、ハンマー、斧とありとあらゆる武器をつかんだが適合する武器はなかった。


「一番切れ味の鋭い刃物をください」


 仕方がなく俺がそう叫ぶと、店主は一つのナイフを渡してきた。それには八十万リルと値札がついていた。


 俺は、アイテムボックスから、大量の札束を出すとお釣りも受け取らず特級ダンジョンに向かって走った。


「おい! あいつ! 一人で行く気だぞ!! 止めた方がいいんじゃないか!」


「ああ! 無茶だ! 死にに行くようなもんだ!!」


「なんで今、武器を選んでるんだよ! 頭おかしいのか!!」


「走っていったぞ! あいつを配信とんぼで追わせろ! もしかしたら中の様子が見れるかも知れない!」


 高速で準備を整える俺の周りで何やら叫んでいる人の声が聞こえてきたが、焦っていたため、聞き取れなかった。


 俺は特級ダンジョン「ドラグスト」に繋がる紋章の前に立つと素早く防具を着込み、ダンジョンへの転移紋章を踏んだ。



 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 夢中で特級ダンジョンの地下一階を走っている時、頭の中でもう一人の自分の叫びが聞こえてきた。


(嘘だろ? じいちゃんの刀もないのに行くのか? 間違いなく死ぬぞ!! )


 俺はその言葉を無視する。


(上級ダンジョンの下層のモンスターですら今の自分より強かったじゃないか!! ここは特級ダンジョンだぞ!! ルーナさんのところまで辿り着けるわけがない!!)


 俺はただ走り続ける。


(無茶だやめとけ!)


「うるせえ!」

俺は、弱気になる自分に対して頭の中で叫んだ。


(ただの落ちこぼれに何ができる)


「黙れ!」


(じいちゃんの刀もないのに! 死ににいくようなもんだぞ!)


「わかってるよ! そんなことはわかってる!」


「でもな、この命を賭けてでも行かなきゃなんねんだよ!! あの人は、あの人だけは死なせるわけにはいかない! まだ何も返せてないんだ!! 助ける! 死んでも助けるぞ!!」


「あの人のおかげで俺は生きながらえた。ここで逃げて、どうして恩が返せるんだ」


「俺はクズだ。この異世界にきてもまだまだ弱いままだ! ちょっと否定されたり、疑われたりするだけでメンタルを壊す人間だ! でもな、そんな俺でも今回は逃げるわけにはいかないんだ! 人として、あの恩だけは返さなければならない! 絶対に!!」


 揺らぐことのない意思を確認したためか、頭の中の声は消えた。


 俺は走りながらルーナさんに助けられた時の事を思い浮かべる。


 心から俺を心配してくれているような優しい表情……


 俺の苦しみの全てを包み込んでくれるかのような微笑み……


 俺は、さらに走る速度を上げる。


(俺にとってあの優しさは、計り知れない物だったんだ! ルーナさん、生きていてください! どんなことがあっても助けますから!)


 俺は地下二階に続く階段を駆け降りていった。



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