第52話 リハビリ
「はあ、はあ」
激しい動機と共に、俺は目を覚ました。掛け布団をどかし体を起こすとベッドの端に腰かけた。若干の吐き気とめまいがする。
激しい頭痛と共に吐き気が押し寄せてくる。
(おちつけ俺!! さっきのは夢だ! 俺はもう変わったんだ。あの時とは違う!トラウマを乗り越えろ!!)
俺は自分に声をかけ、なんとか心を落ち着けようとする。
「ふう……」
しばらくして、やっと心が落ち着いてきて、動悸も収まってくる。
「あー、最悪だ」
武器を預けた日から三日日が経過した。あの日から昨日までは、一度も悪夢を見なかったため、少しずつ体調や気分は良くなってきていると思っていた。
しかし、今また夢の中でフラッシュバックが起こってしまった。中学生三年生の時のクラスメイトからいじめられている俺。それを見て見ぬふりをする教師。笑って見ている女子たち。思い出したくもない光景が鮮明に蘇ってきて心を埋め尽くしていってしまった。
なんとか抑え込んだが、気分は最悪だった。全身にじんわりと汗をかいてしまっている。再び眠る気にもならず俺はシャワーを浴びた。
服を着た後に時計を見たら午前九時だった。
俺は、階段を下りてロビーに向かった。
しばらくの間ロビーの椅子に座ってしばらくぼーっとしていると外から女将さんが入ってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
「あら、今日はあまり調子が良くなさそうだね」
「はい」
毎日俺に接しているからか、女将さんはもう一目見ただけで俺の様子がわかるようだ。もう冒険者の活動を休止してからもう一週間になるが、女将さんはいつも優しく自然な態度で接してくれる。そして最高においしい食事を用意してくれる。
発作が続いてしまっていることは苦しくて仕方がなかったが、女将さんの優しさに支えられていた。
「すみません。なかなか良くならなくて」
「良いのよ。無理しないで。ちゃんとお金をもらってるんだから。体が万全になるまでゆっくりしてなよ。」
「ありがとうございます」
(ほんと女将さんは良い人だな。知り会えてよかった。まぁこの宿を紹介してくれたのもルーナさんだけどな……)
「ちょっと待ってね。朝食用意するから。先にコーヒーでも飲んでて」
俺は、女将さんが持ってきてくれたコーヒーを一口飲んだ。わずかな苦みの後に広がる優しい甘さと香りが心地いい。
入り口の扉の下にはルーナさんが映っているポスターが張られている。いつ見ても抜群に可愛い。落ち込んだ時にルーナさんやじいちゃんのことを考えると不思議と心が前向きになる。
「ふう……」
さっきまで最悪だった気分がやっと穏やかなもの変わってきた。
本当はそろそろ、ダンジョン攻略を開始したい気持ちも高まってきている。しかし、俺が不正をしていると勘ぐっているギルドと、他の冒険者たちの眼が怖くて、なかなか踏み出せないでいる。
もっともじいちゃんの刀が戻ってくるまではダンジョンに入るつもりもないが……。
明後日が、コルドさんと約束したじいちゃんの刀を受け取る日だ。
(じいちゃんの刀が戻ってきたらまたダンジョン攻略を始めよう。ちょっと癪だけど配信を一度だけして。ルーナさんに追いつきたいという目標もあるし……)
体調は万全ではなかったがこの七日間で発作が起きて、気分が落ち込んだ時の対処法が少しうまくなってきたのを感じていた。
(トラウマがあっても前に進まなくちゃな。俺は変わるって決めたんだから……)
女将さんが作ってくれたサンドイッチは今朝も最高においしかった。
名前はわからないが、魚の塩漬けを炒めた卵とトマトと一緒にパンに挟んだものだった。少し塩辛い魚の身にトマトやレタスのような野菜が絡んでちょうどいい味付けになっていた。パンはカリカリで、少しだけバリッという触感がたまらなかった。
「アヤト、今日このあと、何か予定あるかい」
朝食後、俺がまったりしていると食器の片付けを終えた女将さんが声をかけてきた。
「特にありません。部屋で女将さんから借りた本でも読もうと思っていました」
「そうか。ならちょうどいい。ちょっと私と一緒にギルドに行かないか」
「ギルドにですか?」
ギルドと聞いて少し身構えてしまう。今さっき明後日から冒険者の活動を再開するって決めたばかりなのに、どうしても抵抗が残っているようだ。
「ああ、実はさ、15日前からルーナちゃんたちのパーティが特級ダンジョンの攻略を初めててさ、いよいよ今日からは40階以下の下層に突入するみたいなんだ。私もあの子たちのファンだからね。生で配信を見たいと思って」
「なるほど。そういうことですか」
(ルーナさんの特級ダンジョンの攻略がもう始まっていたのか。確かにそれは気になるな。ギルドにはあまり行きたくないけど……)
「予定空いてるなら一緒にどうだい?」
「わかりました。行きます」
女将さんには、なぜ冒険者の活動を休止しているのか話してはいない。ギルドや周りの冒険者たちから疑われていることも言ってはいない。
しかし、女将さんはもしかしたら知っているのかもしれない。顔が広そうだから。でも俺にとっては無理に聞き出そうとしない女将さんがの優しさがとてもありがたかった。
俺は、リハビリのつもりでギルドに行ってみることにした。あと単純に久しぶりに動いているルーナさんを見たかった。
「よし、配信は11時から始まるからね。10時半にはここを出よう。一番大きなホールで配信されるからその時間に出れば席には座れるだろう」
「わかりました」
俺は壁に掛けられている時計を見た。時計の針は9時45分を指していた。俺は部屋に戻って、支度を始めた。




