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第49話 休息

 目が覚めると、すぐに吐き気が込み上げてきた。たまらず俺はトイレに駆け込んだ。胃の中にあるものが次々に出ていく。


「はぁ、はぁ」

やがて吐き気が収まると、俺は、ベッドに戻って行き、ベッドの端に座り込んだ。


 また寝ている間に嫌な記憶が再生されてしまった。死んでしまいたいと思うほど苦しいトラウマが延々と再生され、寝ている俺を蝕んできた。


(まじかよ……)

俺は、頭の片隅に残っている夢の断片を思い出し、深いため息を吐く。


 もうトラウマは克服したと思っていた。ルーナさんの優しさを受け、じいちゃんの愛情に気付き、師匠の厳しい鍛錬をやり遂げ、自分は強くなったと思っていた。


 でも、ギルドから事実上の追放をされたことや、周りの冒険者たちの冷たい視線や、嘲笑に気付いてしまったこと、そして昨晩の一件によりまたメンタルが崩れ、フラッシュバックが起こってしまった。


「くそっ」


 俺はこれ以上ないほど失望していた。それは俺に疑惑を向けてきた周りの冒険者たちにでもなければ、昨日の輩に対してでもない。この程度のストレスでトラウマを蘇らせてしまう自分自身に腹が立って仕方なかった。


 しかし、何度吐いても一向に吐き気は治らない。悪夢を見た朝にはいつもこうして吐き気を催してしまう。酒を飲み過ぎたせいもあるのだろう。いつもよりもずっと気持ち悪かった。


「こんなトラウマ……」


 打ち破ってやる。といくら心の中で強く念じても一向に心は回復してこない。止まらぬ吐き気に何度もトイレに駆け込んだ。吐くものが無くなり胃液しか出なくなっても吐き気は止まらなかった。俺はしばらくトイレにこもり続けた。


 1時間後、俺はようやくベッドの上に戻ってきた。仰向けになって赤と黄色で描かれた天井の模様を見つめている。


 吐き気はなんとか治ったが、気分は最悪だった。


「くそっ。変われたって思っていたのにまだだめなのか」


 昨晩から起こった発作は過去一の最悪さだった。


「こんなに頑張ってきたのに……」

 ルーナさんに恩返しするために、必死で自分を鍛えてきた。その中で困っている人達を助け始めたくさん感謝してもらえた。心はずっと安定していたのに、昨晩のフラッシュバックでまた振り出しに戻ったように感じてしまう。


「どこまで弱いんだよ俺は!」


 過去の出来事にいつまでも心を侵され続け、今も払拭できずにいる自分自身が嫌で嫌でたまらなかった。


(俺の心の周りにヘドロの様にドロドロとした弱さの塊がこびり付いているのではないか)


 そんなことを考えてしまうほど、俺はトラウマに縛られていた。


「なんてだめなんだ。俺は……」


 しばらくの間、俺は自分を卑下し続けていたが、やがてルーナさんの笑顔が突然頭に浮かんだ。そして、


「私にはわかりますよ! どんなにアヤトさんが努力をしてきたかが!」


 この前、再会した時のルーナさんの言葉を思い出した。すると心が少し暖かくなるのを感じた。そして、次に思い浮かんだのはかつて一緒に遊んでくれていた時のじいちゃんの笑顔……。


 俺はアイテムボックスからゼウスを取り出すと右手で持ち上げた。ゼウスをつかむとさらに心が落ち着いてくるのがわかった。


「ルーナさん……。じいちゃん……」


 ずっと闇に沈んでいた心にわずかではあったが光がさしたような気がした。それと同時にフラッシュバックがやっと収まった。


「ふぅ……」


 発作は治ったが、まだ気分は最悪だった。


「少し休むか……」


(考えてみればここの所ずっと動きっぱなしで休んでいなかったな。ライセンスも取り消されたことだし、いい機会だ。少しゆっくりしよう……)


 そんなことを考えながら俺はゆっくりとベッドから立ち上がると、部屋から出て階段を降りて行った。



「体調でも悪いの? なかなか降りてこないから心配してたんだよ」


 ロビーに出るとテーブルに座っていた女将さんが立ち上がり、すぐに駆け寄ってくる。


「あら、随分顔色悪いね。大丈夫かい?」

女将さんは心配そうに顔を覗き込んできた。


「ちょっと体調崩してしまいました。少し休めば大丈夫だと思います」

「そうかい。ここの所のずっとダンジョンに篭りっぱなしだっただろ。無理が祟ったんだよ」

「そうですね。少し休もうと思います。女将さん、あと三日ぐらい連泊しても良いですか?」

「ああ、構わないよ。好きなだけいてくれ。ゆっくり休むと良いよ」

「ありがとうございます」

 

 俺はすぐにアイテムボックスから金が入った封筒を取り出し、女将さんに三日分の宿代を渡した。


「朝も昼も食べてないし、お腹空いてるだろう。すぐに用意するからね!」

「あっ。女将さんすみません。なんか、まだちょっと食欲がなくて、今は食べれそうもありません」


 散々吐いたから胃は空っぽのはずなのだが、食欲は全くない。それに若干の気持ち悪さがまだ残っていた。


「大丈夫かい? かなり悪いんだね。じゃあ夕飯は胃に優しいものを作っておくよ」

「ありがとうございます」


 俺は水だけもらって、また部屋に戻るとベッドに寝転んだ。




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