第48話 敵意
宿に入ると女将さんはいつものように暖かく迎え入れてくれた。久しぶりに宿泊しに来たため、女将さんはたくさん話したそうではあったが、俺は一人になりたかったため、直ぐに階段を上がった。
部屋に入り直ぐにベッドの上に仰向けに寝転んだ。
「あなたの冒険者ライセンスを剥奪します」
「周りの冒険者たちから毎日のようにあなたに対する非難の声が届きます」
頭の中で先ほどの場面が浮かび、今も心が落ち着かない。あまりにもショックが大きすぎて呆然としてしまう。
(頑張ってダンジョンを攻略してきただけなのに。こんなことってあるのか……)
「くそっ!!」
俺は自分の心を落ち着けようと、布団に入って目を閉じた。そのまま、ルーナさんに褒めてもらえたことや、じいちゃんが刀に込めた莫大な愛情の存在に気付けたことなど、自分が幸せになれることを想像しようとしたがそれでもだめだった。
「くそっ! さすがに今日のことはしんどすぎる。頭を切り替えられない!」
そう思った俺は女将さんに夕食は外で食べてくることを伝えると宿から飛び出し、酒場に向かった。
どうしても酒が飲みたかった。この延々とこみ上げてくる怒りを、むなしさを、悲しみをどうにかする方法が、俺には他に思いつかなかった。
すでに日が沈んだ街を俺は早歩きで進んでいく。ギルドがある街の中心部ではなく、街のはずれにある酒場を俺は探して歩いた。酒は飲みたかったが、他の冒険者たちには会いたくなかった。
やがて俺は、南地区のはずれで一軒のこじんまりとした酒場を見つけた。そこは周りにも店が少なく、人通りも少ない路地の一角にあった。俺が、店の扉を開けると、中にはテーブル席が三つとカウンター席が八席しかなかった。俺の他には背中を丸めたおじいさんが一人飲んでいるだけだった。
俺はカウンター席の右端に腰かけると、数点のおつまみとウイスキーを注文した。酒とつまみが運ばれてくると募る思いに任せて酒を飲み始めた。
♢ ♢ ♢ ♢
どれぐらい時間がたったか、わからなかったが、俺の前には、大量の空きグラスが置かれていた。見るからに高齢な女性が一人で切り盛りをしているため、下げるのが追いついていないようだ。
散々ギルドに対する不満を心の中で叫んだ俺は、一つの考えが浮かんでいた。
(そんなに言うなら冒険者なんてやめてやる! いや、この街からも出てってやるよ! 別にここじゃなきゃ冒険者をできないってわけじゃないんだ! あのくそギルドマスター、完全に俺を犯罪者だと思い込んでるだろ! こうなったらもう明日には街から出ていこう!!)
俺はもうギルドに行きたくなかった。他の冒険者たちにも会いたくなかった。いや、それどころかモルドに留まることさえプレッシャーを感じてしまっていた。
不特定多数の人間から向けられる敵意や害意に耐えられる自信は無かった。誰よりもそういう視線に弱いことは自分でわかっていた。
「よし、決めた!! この街を出よう!! そしてここ以外の街で冒険者としてまた頑張って行こう!」
俺の心の中で、今回の問題に対する答えが決まりかけた。しかし、頭の中で急にルーナさんの顔が思い浮かんだ。俺は、自分のさっきまでの考えを却下した。
「いや、だめだ。まだ、ここを出るわけにはいかない。ルーナさんにはまだ何も恩返しできていないじゃないか」
悪い意味で熱くなっていた俺の思考が急に冷静な物になっていった。ルーナさんのことを考えると、どんなに心が荒んでいても不思議と心が落ち着いてくる。
「ふぅ……」
(そうだな。もう少し、冷静に考えよう。明日モルドを出ていくというのはさすがに早計だな。もう少し、冷静に今後について考えよう)
俺は冷静さを取り戻すと、会計を済ませ酒場を出ようとした。すると、出口を出たあたりで、見知らぬ三人の冒険者たちに声をかけられた。
「お前はもしかして、上級冒険者のアヤト様じゃないか!!」
「こんなところで会えるなんて光栄ですよ」
お揃いの赤いアーマーを着ていることから、おそらく3人は同じパーティのメンバーなのだろう。三人は俺と同じ30歳ぐらいに見える。その、表情から俺に対して好感を抱いていないことは一目でわかった。3人はすでに別の店で飲んでいたのだろう、皆顔が赤かった。
俺は、何も答えず、三人の横をすり抜けようとする。すると、一人の男が腕をつかんできた。
「待てよ! インチキ野郎!! どうやって、素材を集めたんだ? やり方を教えてくれよ」
男は明らかな侮蔑の表情を向けてくる。
「僕はイカサマなんてしていません」
「笑わせるな!! どこの世界に、1か月も経たずに上級冒険者まで上がる奴がいるってんだ!! 俺たちはな、真っ当に冒険者をやってるんだ! 十年かかってやっと中級冒険者の上位になったんだぞ!! イカサマをする奴は許せねえ!!」
「だから、やってないんですって。はぁ、もうどいてください」
例え、どう説明したってこいつらは俺を信じてはしないだろう。だとしたら話すだけ無駄だった。俺は、掴まれていた腕を振りほどくと、三人から離れる様に歩き出した。しかし、
「そうは行くか」
素早い動きで三人の冒険者は俺を囲ってきた。
「はぁ……」
俺はため息を吐く。
(なんなんだよ。こいつら。めんどくせえな!!)
酒の力も借りてようやく心が落ち着いてきたところだと言うのに、こいつらのせいで再び怒りがこみあげてきてしまう。走って逃げることもできるがそれもちょっと癪だった。
「俺たちを倒してから行きな。イカサマをしてないんだよな? だったら俺らぐらい倒せるんじゃないか! ええ! 上級冒険者様よ!」
三人は、武器を構えるといきなり攻撃をしてきた。一番長身の男が放ってきた一メートル大の火球をジャンプでかわし、髭面で筋肉質の男が放ってきた岩のつぶては空中で体をひねってかわした。俺が着地したタイミングで、一人の男が紫色の刀身を持つ槍を突き入れてきたが、俺は、その槍を右手で受け止めた。すると、全身に鋭い、電流が流れ、俺は片足をついてしまう。
「はっはっは! どうだ!! 俺の上級武器「フレイヤ」はB級までのモンスターなら簡単に動きを止められるぜ!」
(まじか、こいつら! いきなり人間相手に武器を使って来やがった!! いくら酔っているとはいえ、信じられない……)
「どういうつもりだ? いきなり攻撃を仕掛けてくるなんて……。決闘でもするつもりかなのか?」
俺は、立ち上がりながら男たちに尋ねる。
「決闘か! それもいいな! 俺たちはとにかくお前にむかついてんだ! 調子になっているお前を叩き潰せればそれでいいさ」
筋肉質の男がそう叫ぶと、再び三人は俺に向かって攻撃を仕掛けてくる。
俺は仕方がなく、アイテムボックスからシヴァを引き抜くと三人に向かって攻撃を放った。次の瞬間、三人は、顔以外を残して氷漬けになった。
「おいおい! なんだよこの威力!! 聞いてねぇぞ!!」
「俺も知らねえよ!!」
「た、頼む!! 許してくれ!! 死んじまうよ」
「ああ、いちゃもんをつけて悪かった! 許してくれ」
俺は、そのままその場を後にしようとしたが、後ろから
「きゃあああああああああ」
という声が聞こえた。
振り向くと、母親と手をつないでいる小さな少女が氷漬けになった男たちを見て叫んでいた。俺は、三人の氷漬けを解除すると、急いでその場を後にした。
宿に急いで戻った俺の鼓動は破裂しそうなほど、早かった。走るのに疲れたからではない。じいちゃんの刀をあんなことに使ってしまったことやちょっとしたことで心を乱してしまう自分自身に失望していた。
俺はシャワーも浴びずにベッドに倒れこんだ。




