第27話 約束
「準備はいいか?」
ガイヤの声に俺は静かにうなづく。
「コスタ合図を出せ」
声をかけられたコスタは決闘サークルの柵に掛かっていた缶を棒で思い切り叩いた。すると、ガイヤは俺に向かって真っ直ぐに突っ込んできた。そして、俺の顔面に向かって右ストレートを繰り出してくる。
俺はその拳を左側にひらりとかわすと、ガラ空きのボディーに拳を突き入れた。
「ぐはっ!」
ガイヤは地面に跪いて俯いている。口からは何かの液体が垂れ下がっているように見える。
「お、お前……」
ガイヤは膝をつきながら苦痛に顔を歪めている。
その光景をみていた観客たちは、驚きのあまり皆黙っている。ガイアの仲間であるコスタと弟のアルトは明らかに狼狽していた。
「なんだ、もうこれで終わりか?」
正直、ガイヤの動きは止まっているかの様に遅いものに見えた。普段目にしている師匠の攻撃や、崖から落とされる岩を永遠に避け続けている俺には、信じられないほど緩慢な動きに見えた。
(こいつが弱すぎるのか? 俺が強くなったのか? もっと強いと思ってたが……)
あまりにも張り合いがなさすぎて、俺は戸惑ってしまう。
「「「うおーーー!!!!」」」
すると、見ていた観客はここでようやく大きな歓声をあげた。
しかし、ガイヤは体を震わせながら立ち上がり叫んだ。
「黙れ、お前ら!まだ終わっちゃいねー!」
そう叫ぶとガイヤはものすごい勢いで突っ込んできた。ガイヤが放った拳を俺はかわすと、 ガイヤの右拳が当たった巨木が弾けるような音と共に根っこから倒れてしまった。
明らかにスキルを使用している攻撃に、俺は一度距離をとる。
「きたねーぞ、ガイヤ! スキルなしの勝負のはずだったよな?」
観客の誰かが叫んだ。
「そうだそうだ!汚ねぇ!」「卑怯だ!」
何人かの男たちも続く。
「うるせぇ! お前らから先に殺すぞ! 黙って見てろ!」
響き渡るガイアの怒声と、鋭い視線に、男たちは静まりかえる。
「ルールなんか知ったことか!最後に勝てばいいんだよ!最後に!」
自分の正当性を主張するかのようにガイヤは両腕を大きく広げそう叫んだ。
(その姿を見て俺は自分が情けなくなってしまった。まだ未熟だったとはいえ、こんなやつにいいようにされたのかと思うと過去の自分が情けなくてたまらなくなる)
「お前、約束も守れないのか。本当に冒険者なのか? ただの異常者に見えるぞ」
俺は正直に思ったことを口にした。
「なに!?」
「別にスキルを使った戦いでも構わない。かかって来い」
「条件を飲んだな!? 馬鹿め! 俺様の攻撃が【猛攻】だけだと思ったか!! スキルさえ使えたらお前に勝ち目はないぞ!」
ガイヤの速度が急激に上がった。おそらく、【俊敏】のスキルの効果だろう。しかし、素早い攻撃を俺は全てかわしていった。師匠の鬼畜訓練のおかげで、俺の【先読】スキルの熟練度は五まで上昇していた。ガイヤの動きは確かに早いが、俺のスキルの方が上回っていた。
「くそっ! どうして当たらないんだ!!」
ガイヤは鬼のような怒りの形相を浮かべているが、明らかに焦りの色が浮かんでいる。
「スキルの熟練度が低いからだろ!」
俺は、外野が突き出してきた左腕を掴むと、ガイヤの背中側に腕を持っていき、力をこめる。
「ボキッ」
という、甲高い音が響いた。
「ああぁぁーーー」
ガイヤは左腕を抑えて蹲っている。苦悶の表情に顔を歪めている。
「審判! 相手がこうなってるけど? 俺の勝ちで良いか?」
「……」
俺の言葉を聞いてもコスタは黙っている。ボスであるガイヤに気を遣っているのだろう。その沈黙に耐えかねたのか、また外野の男達が騒ぎ始めた。
「おい! 審判! 何を黙ってやがる! 完全な決着だろう!」
「そうだ! そうだ! 」
「仲間だからって贔屓しすぎだぞ! クソ審判!!」
周りで見ていた観客たちが口々に叫び始める。
「くっ、しょ、勝者は……」
コスタはついに耐えかねたのか、ゆっくりと言葉を吐き出していく、しかし、
「まて! コスタ!」
ガイヤはそう叫ぶとゆっくりと立ち上がった。
そして、
「クソ野郎が!! 俺がお前なんかにやられるかよ!! 殺してやる!! 」
ガイヤはアイテムボックスから巨大な鎌を取り出し、突然俺に切りかかってきた。
「はぁ……。結局武器を使うのかよ」
これではなんのための決闘のルールだったのかわからない。俺は呆れながらも懐から短刀を取り出した。以前、こいつに思い切り踏みつけられたアグニを。
ガイヤの鎌による攻撃がこちらに届く前に俺はアグニの剣先から、四つの炎の柱を放出した。柱は迫り来るガイヤの右腕、右足。左腕、左足を捉え、一瞬のうちに四肢を焼き尽くした。
両肩から先、両太ももから先を失った。ガイヤの体は、
「ボトリッ」
と音を立て、地面に落下した。それと同時に、
「ギャアァーーーーーー」
という、断末魔が辺りに響き渡った。ガイヤは胴体だけになった体をうねらせ、悶えている!!
「兄さん!!」
「ガイヤ!!」
ガイヤの弟のアルトと、今審判を行っていたコスタがたまらずガイヤに駆け寄ろうとした。
「動くな!!」
俺は二人を大きな声で制した。
「おい! 審判! 俺の勝ちで良いのか?」
「あ、ああ! お前の勝ちだ……」
コスタがそう口にすると、俺はコスタが手にしていた首輪爆弾をとり、ガイヤの側に近づいて行った。すると、コスタとアルトがガイヤの前に跪いた。
「アヤト、俺たちが悪かった!! 全て、全て謝るから!! それをつけるのだけは許してくれ!」
「ふざけるな!! 都合の良いことばかり言ってんじゃねぇ!」
俺は、二人を蹴り飛ばしてガイヤの元に近づいた。そして、唸っているガイヤの首に首輪爆弾をつけた。
そして、条件を口にする。
「ガイヤ、そしてお前たちもよく聞け! 条件だ!」
「一つ! 二度と悪事を働くな」
「二つ! 今までに暴力を振るったり、金品を奪ったりした者に一年以内に謝罪し、奪ったものを返せ! それとは別に迷惑料として50万ギルを渡せ!」
「三つ! 一日三回以上、人に親切にしろ!」
(ルールは四つか。もうこれだけでも十分な気はするが、なんかもったいない気がするな。
どうしよう……。 そうだ!」
「四つ! 毎日三時間以上街を綺麗にしろ!」
この街は意外と汚れているところが多い。悪人の更生にはこれぐらい良いだろう!
俺がルールを口にすると首の爆弾は緑色のランプが赤色に変わった。おそらく、起動した合図なのだろう。
「そして、そこのお前ら! お前らもこいつと一緒になって悪事を働いていたな。お前らも同罪だ!!こいつの首輪を外して欲しければ、そこの二人、お前たちもこの約束を守れ!!」
「わ、わかったよ! 約束を守れば、いつか爆弾は外してくれるのか?」
「ああ、完全に更生できたらな。はやく、そいつにエリクサーを飲ませてやれ」
アルトはアイテムボックスからエメラルド色に輝く液体が入ったビンを取り出すと、ガイヤに飲ませた。
すると、みるみるうちに、ガイヤの身体は再生を始めた。肩や太ももから腕や膝に向かって肉が現れていく。わずか数十秒でガイヤの身体は元通りに戻った。
アルトやコスタが心配そうにする中、ガイヤは起き上がった。目には深い憎しみの色を浮かべている。
(ああ、全然反省してないな。こいつ。あれだけ痛みを与えたのに……。まぁ、簡単に人間が更生する訳ないか……)
「てめぇ……」
ガイヤは鋭い視線で睨んでくる。
「ルールを破ってまで、戦って負けたんだから言い訳なんかするなよ? 殴りたかったら殴れば良いじゃないか? まぁ、その前にお前の首が飛ぶけどな」
「くっそ……」
「のんびりしてて良いのか? 今日はあと六時間で終わるけど、掃除と親切が残ってるぞ!」
「お前、覚えとけよ?」
「優しくなったお前に会えるのを楽しみにしてるよ」
ガイヤはものすごく悔しそうな顔を浮かべると、アルトとコスタと共にどこかへ走って行った。
「ふぅ」
(とりあえず、なんとかなったか……)
俺が一息つくと、事態を見守っていた二十人ほどの酔っ払いたちが歓声をあげた。
「「「ウォオーーー」」」
「すごいな! あんた! あの悪童ガイアをのしちまうなんて!」
「まったくだ!お前さん何者なんだ!」
観客たちは一気に俺のそばに近づき、取り囲んできた。そのあまりの多さに戸惑ってしまう。
「僕はアヤトって言います。」
「あんた、冒険者なのか?」
「いや、今訓練を受けているところです。」
「そうか、すげぇな!まだ冒険者でもないのに…!」
すると今度は別の男が声をかけてくる。
「君のあの武器…!あれは相当な物だな!見ろよ! ガイヤの体だけではなく、武器まで溶けている。相当な威力だな!」
男が指差した先には確かに溶けて形を失った鎌が落ちていた。
「ありがとうございます」
「あんた、きっと良い冒険者になるぜ!」
「あ、ありがとうございます」
(なんか恥ずいな……。早く帰ろう)
俺はここに来て、自分が注目されていたことを意識してしまい、恥ずかしくなってきてしまった。じいちゃんの刀を褒められたのはとっても嬉しかったが……。
「あ、じゃあ僕はこれで…」
まだまだ観客たちが話しかけて来そうな様子だったので、俺はすぐにその場を後にした。
(…なんか、さっきの俺、キモかったな。いくら舐められちゃ負けだからって、なんか漫画の主人公にでもなったかの様な喋り方だったな……。でも、あんな怖い奴らに向かって行けるようになったなんて、俺は少しは成長したんだな。昔の俺だったら絶対に無理だった。師匠に感謝しなきゃな。後少しの期間だけど、しっかり修行を頑張ろう)
山小屋に向かいながら、俺はさっき起こった出来事を振り返っていた。
モルドを出て40分ほどで師匠にお世話になっている山小屋に到着した。
「どうした? 買い物だけにしては妙に遅かったじゃねぇか!」
山小屋に戻ると、すぐに師匠に尋ねられた。
「すみません。実は、この前暴力を振るって来た奴らが、また別の人間を襲っていたので……」
「戦ったのか?」
「はい」
「どうだった?」
「すごく、弱かったです」
「まぁ、そうだろうな。俺の修行を受けてるお前なら、大抵の冒険者は訳なく倒せるはずだぜ。でもお前、あんな雑魚倒したところでいい気になるなよ。自分に慢心した瞬間、成長は止まるからな」
「わかりました」
「あと三日で一先ず修行は終わりだ。最後まで気を抜くなよ」
「はい!よろしくお願いします」
俺はすぐに夕食を作り始めた。




