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第87話 潰えし忌み子


 数日前。


 蓮辺地区とその隣、水園(みずのえ)地区に連なる深く森林の最奥。


 そこでは、妙な藍色の果実が数多芽吹く不思議な木々が他とは異なる独特な生態系を築いていた。そこへ迷い込んだが最後、永遠に帰れなくなるという伝説もあるほどだ。


 人々はそこを、深賢(しんけん)樹海(じゅかい)と呼ぶ。


 そんな深き森林の奥に、一人の男が横たわっていた。


 両手に鋭利な腐った翡翠色の爪を煌めかせ、腹が凹凸と浮き沈みするほどの深い眠りに着いている。


 彼の名前は篤馬(とくま)波論(はと)。少し特殊な事情を持つ、無所属の賢術師だ。


 「波論……君はまだそこにいるか……」


 深い眠りに着く彼に、弱々しく話しかける声があった。その声に、波論は目覚める。


 「酷く弱々しい……術水も醜く乱れてるじゃねえか、與縫(とぬえ)


 目覚めたが横たわり続ける波論へ、一歩一歩と歩み寄る影があった。名を、尾盧(おの)與縫(とぬえ)と言う。


 與縫の全身には無数に斬り刻まれたような斬痕があり、その姿は、波論が以前会った時よりも弱々しく成り果てていた。


 「本部には手を出してはいけない……あそこは、とうに奴の手に堕ちた。君の主君、虎殿主帝は既に権威を失い、間も無く寿命をお迎えになられるようじゃないか……」


 「……おめぇ、虎殿のジジイを容易く侮辱すんじゃねぇ。寿命ごときでくたばるタマかよ。んなこた、俺らが一番分かってるだろうがよ」


 波論の言葉に苛立ちが垣間見えた。


 波論は横にしていた身体を起こし、徐に立ち上がった。そして全身血塗れの與縫の元まで歩き、その胸ぐらを掴んだ。


 「虎殿のジジイを侮辱するってんなら、おめぇが五体満足だろうと関係ねぇぞ」


 「決して侮辱しているわけでは……ぐふっ……」


 既に與縫の血塗れの身体に、波論の膂力に抵抗するほどの力は残されていない。それでも、力強く言葉を言い放った。


 「我々とは勝手が違うのだ、普通の人間は。それは、君もよく理解しているだろ……!主帝には私も恩がある。寿命を迎えられる主帝が安らかに逝けるよう、看取るのがせめてもの感謝というものじゃないのかっ!?」


 訴えるような声に、しかし波論は顔色を変えず言う。


 「全身血塗れの子鹿足の分際で言いやがる。虎殿のジジイの力は誰にも侵せねぇよ。そうと考えるだけで侮辱に等しいってもんだ」


 波論は掴んでいた與縫の胸ぐらをぱっと離す。

 その場に與縫は倒れ込んだ。


 「俺ら忌み子は、とんでもねぇモンを与えられたようだな。しかしまぁ、もう少しで俺の身体も一〇〇年の錆鉄だな。虎殿のジジイに、結局まだ何も言ってやれてねぇ。久々に挨拶にでも行ってやるか」


 「……それが果たせそうもなく、私は……」


 段々と弱々しくなっていく與縫の言葉に、波論は耳を傾ける。


 「……最期だっつうなら、せめて本部で何があったのか話せや。無駄死には好かねぇ」


 「……ふっ、助けてはくれないのか」


 静かに、されど先ほどまでになく満面の微笑みを浮かべ、與縫は呟いた。


 「馬鹿かよ。おめぇ、術水の自然放出は途切れてんじゃねぇかよ。今のおめぇは意志だけでしぶとく繋いでるだけの器に過ぎねぇ。あと数分もすりゃ、死ぬだろ」


 覚悟は決めていたと言わんばかり満足げに、與縫は目を閉じた。それを眼下に置き、波論はただ言葉を並べるのみだ。


 「……君に胸ぐらを掴まれて、少しだけ意識を取り戻した。だが、次はもう無いだろうね。虎殿主帝への恩を返すことが出来ずに先に逝くこと、とても心苦しく思う」


 「……それが、遺言かよ。さっきまでの威勢もクソもありゃしねぇ」


 仰向けに眠るように倒れた與縫を、波論は座るでもなく、ただ立ち尽くしながら見つめている。


 開いているかどうかもわからないほど僅かに口を開き、與縫は言った。


 「……本部を救わねば、賢術師にも我々にも未来は……ない……千韻(ちいん)廻途(みと)と言う本部上層部の男には気をつけろ………君ならば、きっと……」


 そこで、弱々しい声がついに途絶えた。正確には、與縫の口はまだ少し動いている。


 だが声が出ないのだ。ついに声を出す気力すら潰えたのだろう。


 尾盧與縫はたった今、篤馬波論の目の前で死んだ。


 「……大馬鹿野郎が。忌み子のおめぇが死んじまったら、本部に標的にされんのはそれ以外の忌み子だってわかってただろうが」


 動いていた口も、ぴくりとも動かなくなった。


 波論は少し歩き、付近にあった樹木の幹の元へ。低い位置で熟成していた藍色の果実を二個ほど採り、続いて付近に落ちていた大きめの葉っぱを手に取る。


 與縫の元へ戻った波論は、大きめの葉で與縫の顔を覆い、傍らに二個の藍色の果実をそっと添えた。


 それは、彼なりの與縫へ対する弔いだったのかもしれない。


 「ここの果実は美味(うめ)ぇ。戻ってきて食っても構わねぇぜ」


 声は虚しく響くのみだ。


 「忌み子が潰える瞬間を看取るなんざ、何年ぶりだろうな。なぁ、麗央奈。遊び相手がいなくなるってんだから、寂しいこった」



 ***



 「そんなことがあったのかね……」


 話を聞いた哲夫が悲哀に満ちた声で言う。


 「與縫は俺らと本部を繋ぐ架け橋だった。だが與縫が殺されちまった以上、俺らは本部とは相容れねぇ関係になった。奴らは真っ先におれら忌み子を抹消しにかかるだろうよ」


 「私も本部と掛け合えるよう尽力すると誓う。『万』にいる忌み子も紹介しよう」


 哲夫のその言葉に、それまで視線を外していた波論が食い付いた。


 「『万』の忌み子、だと?そっちの機関にも忌み子がいるっつうのかよ」


 「あぁ。口外禁止だったが、本部の状況のためなら仕方ないだろう」


 「そうか。公認の忌み子ってわけだな……」


 波論は不敵な笑みを浮かべる。

 しばらく何かを熟考した後、波論は哲夫へ言った。


 「おい、その忌み子に会わせろ。同志なら、俺とて大人しく話くらい聞いてやんよ」


 「……わかった。だが、あの男はマイペースで、気に入らない話があれば一方的に蹴るような性格だ。くれぐれも——」


 哲夫の忠告を耳に挟む程度に、波論は歩き出した。


 「はっ。俺と同じじゃねぇか。さっさと案内しな」


 「わ、わかった。だが、荒事を起こせば、旧友と言えど粛清はさせてもらうぞ」


 「希空のいるとこで暴れはしねぇよ。向こうの出方次第でもあるがな」


 犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みをたたえ、波論は『万』の門を潜った。






突如現れた、柊波瑠明以外の忌み子——

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