第8話 矜持と愉悦②
廃墟の外。
「みのりーん。眞樹は?」
「あぁ、波瑠明。稔は現着、眞樹はあと一〇分くらいかかるらしいね。託斗は任務が終わらなくて来れないって」
「そういえば託斗は朝から出てたね」
術水で尾盧と姫狗を浮遊させた柊先生が廃墟から出てきた。
俺たち一年は全員救出され、柊先生の話によれば、襲撃してきた魔術骸も一掃したと言う。
「稔、お疲れね」
「お疲れ様です。先生もご無事で」
「何言ってんの、俺が死ぬとでも?」
「社交辞令ってやつです」
二年術印科、江頭稔先輩。
尾盧曰く、責任感が強く頼れる先輩だ。
任務に行っていたが、一年生試験への襲撃の件を聞き付け、予定よりも任務を早く終わらせて駆け付けてくれたのだと言う。
「状況は……」
「美乃梨先生と、そこの日野くんより伺っております。それにしても二節棍とは、珍しい魔術具を使用するものですね」
「あんなもの振り回したら怪我しちゃうでしょうにねー。でも、遥希たちにあんな高圧的な態度取ってる割に弱かったけどね」
単純に柊先生が強すぎるだけだろうと思った。
「で、ひとまず試験は中断した訳だし、賢学に帰ろっか。とりあえず眞樹と託斗にはそのまま賢学直行の連絡入れ——」
「えっ!?」
柊先生の後ろで美乃梨先生が声を上げた。携帯端末を手に握り、誰かと連絡をしている様だ。
「どうした、みのりん?」
「賢学が、襲撃を受けたって圭代さんから……」
「「「!?」」」
驚愕を隠せぬ俺たちだったが、冷静に柊先生は美乃梨先生に問う。
「被害は?」
「賢学前で応戦した虹と流聖が重症……。迦流堕と久留美さんが二人総出で足止めしてるって……」
「二年二人で退けないなら、ある程度の実力…いや、迦流堕と久留美さんが足止めしてるなら大丈夫だと思うけどどうかな?」
焦っている様子のない柊先生に、焦っている様子の美乃梨先生が食い気味に言う。
「言ってる場合!?早く賢学に向かうよ!眞樹と託斗には大至急集合を掛けておく」
「よろしく」
柊先生が尾盧と姫狗を連れて歩き出す。
しかし、それを稔先輩が後ろから静止した。
「尾盧と姫狗は置いて、柊先生は一刻も早く向かってください。柊先生さえいれば大丈夫でしょうから」
そう言う稔先輩を見て、柊先生はニヤリと笑った。
「言うじゃん、稔。稔が言うんなら大丈夫かな」
どこか嬉しそうな柊先生は踵を返すと、稔先輩に続けて言う。
「じゃ、任せちゃおっかな」
「はい」
稔先輩がそう返答すると、柊先生は自身の術水放出を解き、それと同時に稔先輩が術水放出を初めて二人を浮遊させた。流石は二年生、術水操作が巧みだ。
「先に行ってるよ。あ、万が一死んじゃったら、おっきいお墓建ててねっ!」
そんなジョークを言い残し、柊先生は再び術水放出を開始する。
瞬く間に自分の身体を浮遊させると、じゃーねー、と軽くこちらに手を振りながら飛び去っていった。
「死亡フラグみたいな言葉残していってくれちゃって。ったく、でもその言葉が死亡フラグにならないのがあんたなんだけどね」
静かに美乃梨先生が呟いた。
***
時は僅かに遡り、舞台は賢術の学府『万』。
「虹と流聖は無事ですかね?」
「ふむ。重症だが命に別状はないと言ったところよの。由美の治療ならばすぐに完治するだろうとは言うまでもなかろう」
二年術水科担任、枢木迦流堕と三年術印科担任、須藤久留美が如牟と対峙する。
二年生二人を相手にして、息の一つ切れていない如牟を見つめ、迦流堕が言葉を発した。
「一年の試験で襲撃してきた報告の魔術骸とは関係あるんですかね?偶然というにはあまりにもタイミングが合いすぎてる気も」
そう言う迦流堕を横目に、久留美が返答する。
「しかし我々がいる時に襲撃に来るとは不運なことよ。なかなかどうして勇猛なことであるが、はたまた、我らのことを知らぬのか?」
迦流堕と久留美、如牟の三名を取り囲む静寂。
一対二と言えど、二年生二人を息一つ切らさずに圧倒した魔術骸だ。油断は禁物である。
「退屈だ、欲が満たされぬ。賢術師に衰えが訪れるには、六〇年は充分過ぎる時間だった様だ」
「生憎お前の話に付き合う義理は無くてな。お前はわたしの教え子を殺す寸前にまで至ったのだ、覚悟は出来ているな。《冥蓋印》」
「六〇年の思い出話。あたかも我々とその思い出に浸りたいと言わんばかりだな。だが、語り合っている時間はないのでな。《狂寒印》」
一方の術印は夕闇色の粒子を放出しており、もう一方は触れるだけで凍て付いてしまいそうなモヤモヤとした冷気が零れ落ちている。
双方、唯ならぬ雰囲気を醸しているのは言うまでもないが、遥希や輪慧ら一年生と最も異なるのは、なんと言っても術水の放出量だ。
一息に術水を放出すると言っても、それには、放出する量に応じたそれなりの技術と感覚が必要になる。
迦流堕と久留美は、術印を展開した瞬間には、既に必要な量を超えた多量の術水を引き出しているのだ。
「学府前だ、被害は最小限に抑えることよ」
「分かってますよ」
久留美の忠告に迦流堕が端的に答える。直後、それを見た如牟が口を開いた。
「教師の屍を教え子に見せつけてその愚かな泣きっ面を拝んだ後に、教え子もそちらへ送ってやる」
如牟が右手に白色、左手に黒色の球体を浮かべる。
「光無き世界に闇は存在せず。また逆も然り」
如牟の詠唱をみすみす逃す訳もなく、迦流堕と久留美が一斉に駆けて詠唱を行う。
「一式、[闇痕]っ!」
「一式、[狂氷柱]っ!」
断絶したものを蝕む呪いの痕跡を残す闇の斬撃と、空をも穿つ巨大な氷の棘が如牟を襲う。
「極光の世界——」
如牟の胴を[闇痕]が断ち、その肉片に惜しみ無く氷の棘が突き刺さる。バラバラにされたはずの如牟の肉体だが、しかし刹那の間に複合した。
「なにっ……」
「なるほど、奴の展開する極光の世界とやらには、彼の体に常に再生作用を施す効果がある様だな。あたかも、奴の体が無敵であると言わんが如き能力よの」
如牟の背から漆黒の壁が展開され、瞬く間に迦流堕と久留美を閉じ込める。つい先ほど、虹と流聖を閉じ込めたドームだ。
「捕まえた。これでもう逃げられぬな」
極光の壁に阻まれ、迦流堕と久留美の行動が制限される。
「さて、先刻の小童どものように生かしては返さぬ。貴様らはここで終わりである」
「こんな子供騙しの壁ん中に閉じ込めたくらいでよくそんな口だけのセリフ吐けたモンだな。わたしたちを閉じ込めるだけの世界ならば、よもや御役御免と言うもの」
迦流堕が《冥蓋印》を展開し、無詠唱で二式を放つ。
《冥蓋印》二式、[黒牢呪縛]。
黒き檻に対照を強制的に閉じ込め、閉じ込めた対象に肉体の行動を制限する呪縛を付与する術式だ。
その強制力を持って、如牟を黒き檻の中に監禁する。同時に呪縛が付与される事で、如牟の肉体の行動に制限が設けられた。
「閉じ込めて肉体制限だけで終わると思ったか?」
如牟が閉じ込められている[黒牢呪縛]の中に介入して久留美が術式を半詠唱で発動する。
「[殺喰氷結刃]」
[黒牢呪縛]内に発生した無数の氷刃が如牟の肉体を包み込み切り刻む。
(こやつら、無詠唱で術式を……まさか、極光の世界内部での己へのデメリットに気がついて——)
肉体行動の制限の中、如牟が左腕に白色の球体を浮かべる。
「白夜の牢獄——」
しかし動きは鈍い。
(無詠唱でこの束縛力。吾輩の白夜の牢獄が上手く機能せぬ……)
白夜の牢獄に発生した氷刃を閉じ込める形で威力を緩和するものの、迦流堕が後押しの術式を一撃。
「[闇夜命刈鎌]っ!」
命を刈る漆黒の斬撃が半月を描いて[黒牢呪縛]ごと如牟の胴体を真っ二つに断つ。
(こいつの極光の世界とやらに閉じ込められた時点で気がついていた。奴の得られる恩恵以外のもう一つの効果、それは、奴以外の万物から溢れ出た術水を吸収して、奴への恩恵へと変換する効果だ)
(不思議、不可思議、不快な児戯よの。無詠唱か最低でも半詠唱で最低限の術水放出量で抑える事で同時に奴への恩恵を抑える。加えて迦流堕の術式で肉体の行動制限。これは凄まじいアドバンテージであろう)
胴を断裂された如牟からの魔源放出が消え、極光の壁に亀裂が走る。影響しているのか、如牟の断裂された肉体の再生が僅かに遅い。
「機を逃すなっ!」
如牟の再生されかけの肉体には、[黒牢呪縛]より以前の[闇痕]の呪いの痕跡も刻まれている。それも如牟を苦しめているものの一つだろう。
「「三式」」
迦流堕と久留美が即座に術印を描く。
「[闇夜命刈鎌]」
「[凛寒冷淘汰砲]」
虹と流聖には気が付かなかった如牟の領域のカラクリに気がつく先生方。登場早々、如牟退場か——