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第86話 訪問者

夏バテか少し体調を崩してしまいまして。申し訳ありません、本日からまた再開いたします。


 砲弾が着弾して爆ぜた場所に黒煙が立ち込める。


 「や、やるな……希空」


 柊先生がいる場所へ容赦なく砲弾をぶっ放した希空に対し、俺らは苦笑いを飛ばす。


 「柊先生なら耐えられると思って……」


 「に、してもだぞ」


 俺らは一旦、柊先生の元へ駆け寄る。


 しばらくして黒煙が明けると、そこには砲弾を食らったはずの柊先生が悠然と立っていた。


 まるで、先ほどの希空の砲弾をものともしないと言った風に余裕な笑みを浮かべている。


 「希空。せめて俺が避けるまで待って欲しかったな……」


 教え子に容赦なくぶっ放されたためか柊先生は、その悠然とした立ち姿とは裏腹に、え〜んと泣く演技を始めた。


 笑顔は継続していて、道化の如く。


 「術印が壊れてない……!?」


 そんな中、輪慧が驚いた様子でそう言った。


 確かに、先の砲弾とその爆発に巻き込まれたはずの《顕現印》が、柊先生の掌の上には残っていた。術印が壊れぬのだから、当然上空の巨大な術水球も、この場に影を落とし続けていた。 


 「《顕現印》が希空の術式を防ぐ盾になってくれたんだ。結構柔らかめに作ったんだけど、やはり、一年にはまだ破壊できなかったようだね」


 若干胸を張りながら柊先生が言う。


 「じゃ、希空は《顕現印》を破壊できるまで補習かな。俺も最後まで付き合うよっ!あぁ、三人も居残りで希空を応援するんだよ」


 「「「はぁっ!?」」」


 思わず苦言のように呈した叫びが、たまたま三人で揃った。


 「帰ろうとしてたの?みんな、私が破壊するところ見るまで帰らせないんだからっ」


 これから居残り補習だと言うのに、なぜか希空はノリノリだ。途中参加だった希空はともかく、それ以前に長時間授業で術水の枯渇した自分らは返してくれと言わんばかりに、俺ら三人の表情は曇っている。


 「よし、希空もノリノリだし、みんなで頑張ろうっ!」


 こうなってしまっては逃げられないだろう。しのごの言わず、希空が《顕現印》を破壊するまで見守るしかない。どうせならと、俺は自身の頬をぶっ叩き、喝を入れる。


 「よ、よっしゃ、希空を、お、応援すっぞっ!」

 「「お、おっー……!」」


 どうせなら、はまるで魔法の言葉のようだ。


 多分、輪慧と澪の頭の中でも、どうせなら、と言う言葉が逃げたいと言う思考を押さえつけていることだろう。苦笑いのままノリに乗る俺ら三人の様子を見て、柊先生と希空はさらにテンションを上げていた。


 結局この後、希空は《顕現印》を破壊するためだけに、二時間もの間術式をぶっ放しつづけた。その間、俺らはただ傍で応援しているだけだった。


 だが、ついに希空が術式を破壊したと言う瞬間、俺らは疲れなど忘れ、みんなで抱き合い、溢れた喜びを分かちあった。


 そうして凡そ六時間の自分との戦いの末に授業の目的を達成した俺らは、無事に術水球破壊鍛錬を終えたのだった。



 ***



 数日後の六月一日、賢術の学府『万』。


 人の気配のない静寂なる廊下を歩くのは、『万』学長の本郷哲夫である。


 「誰なのだ。まったく……」


 数分前。

 学長室で事務処理を行っていた学長の元へ、窓から投函された一通の手紙があった。


 『昔話をしよう。学府の外で待つ』


 そう書かれた手紙を胸ポケットに、学長は廊下を歩き、やがて学府を出る。


 (昔話か……旧友と言えど皆既に……)


 少し悲しげな表情が哲夫の表情に浮かぶ。


 もう少しで『万』の敷地とその外を(わか)つ外門だ。


 (学府の外で待つ……)


 確認するようにもう一度手紙に目を通し、外門を開け放つ。そして哲夫は外へ出た。


 その瞬間だった。


 「——!?」


 哲夫の目の前で、突如一筋の光が煌めいた。哲夫は咄嗟に術水の壁を張り、それを受け止める。


 「久しいなぁ。修行僧かと思ったが、一体、何捨てて来たってんだぁ?」


 「お前か、旧友と言えばそうとも言えるな」


 哲夫の術水の壁が受け止め拮抗するのは、禍々しく鬱屈したような腐った翡翠色の爪だ。


 人肉のように、浮かび上がった血管が脈を打っているが、それが実際に持ち主の人肉により造られていることを、哲夫はよく知っている。


 「極度のストレスで抜けきっただけに過ぎん。お前こそ衰えたのではないか。挨拶と言えど、私の術水の壁くらいは今の一撃で叩き割れただろうに」


 「手加減しただけだろうが」


 爪を突き出していた男が身を翻し、後退する。


 「何年ぶりかね、幽毒咒王(ゆうどくじゅおう)


 「名前で呼べよハゲ。幽毒咒王ったぁ大層な通り名を付けられたもんだが、王ってのがどうにも不相応ってもんだ。資格もねぇ奴が王と呼ばれるのが、俺ぁどうも好かねぇ」


 彫った彫刻のような肉体に、緑黄のツギハギ布を一枚だけ羽織るその男は、黒に沈んだかのような紅の頭髪を掻き上げた。


 「にしてもご立派なこたぁ。あの弱虫坊主がいっぱしの学長とは。麗央奈(れおな)もそっちの世界で見て喜んでるだろうよ」


 「あぁ。そうだといいのだが」


 僅かに俯き、哲夫が寂しげに言う。


 「希空のやつは元気か?」


 その男の問いに、哲夫は顔を上げた。


 「あ、あぁ。それはそれは……」


 「……めんどくせぇ」


 言葉に窮していた哲夫を見て、その男はこめかみの辺りを爪で掻いた。


 「言いてぇことあんなら言いな。希空のことが気になってしょうがねぇんだろ」


 まるで哲夫の真意を掴んだと言った風にその男は言った。当たっていたか、哲夫は僅かに目を丸くする。


 それを見た男は言葉を続けた。


 「(だんま)りは好かねぇな。俺もあんま暇じゃねえんだし、さっさと言いな」


 促されるように、哲夫は口を開いた。


 「……希空のことだが、『万』の者にクラス編成について聞かれた。理由も隠し通せるかどうか、既に危うい状況だ」


 「そりゃ、気になるだろうよ。むしろ(おせ)ぇくらいじゃねぇの」


 さも当然だろと男は言った。


 その言葉に返す言葉もなかったか、しかし哲夫は窮屈そうに言葉を返す。


 「当然と言えば当然だが、私には破れぬ約束がある。かの恩に報いるのなら、まだそれを明かすわけにはいかない」


 「おめぇの立場も危うくなんぜ。おめぇと麗央奈が交わした約束にちゃちゃ入れるつもりなんざねぇが、そろそろ考えた方がいい。希空に本当のこと話すか、いろんな危険を度外視してでも麗央奈との約束を守るか——」


 一瞬言葉を止めた後、男は吐き捨てるように言った。


 「俺に聞くことじゃねぇぞ、そりゃ」


 「分かっている。分かってはいるのだ」


 哲夫は優柔不断な男だ。故に、目の前の旧友の言葉にも揺らがず、自身の中に葛藤を抱いていた。


 「おめぇの問題もあるが、どうやらそうも言ってられねぇ事態が起きそうだ」


 一旦話を変える意味合いで、その男は話を切り出した。


 「なにか、あったのか?」


 哲夫が徐に聞くと、その男は少し深刻そうに声のトーンを下げた。


 「本部内で反乱が起きたかもしれねぇ。調査に行った與縫(とぬえ)が返り討ちにあっちまって、何日か前、俺の目の前で死にやがったぜ」






強化イベントを終え、章の本題へ切り込む——

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