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第84話 核の在処

 

 授業が開始してから、間も無く三時間が経つ。

 正確に言えば、希空が合流してからは二時間半ほど。


 その間、希空の《戯憑印(ぎひょういん)》を駆使し、様々な試行錯誤を繰り返した。


 希空の体力を限界まで削ることでようやく成すことができた事と言えば、術水球の中心部まで潜り、そこには何もないと確認した事くらいだ。


 深海まで潜ったも同然の希空の身体は長時間の休憩を要した。


 希空によれば柊先生の術水は特殊で、浅瀬に潜るだけでも激しい頭痛に苛まれ、瞬く間には全身が重い倦怠感に包まれるのだと言う。


 それは、入っただけで激しい頭痛と重い倦怠感に襲われるような海の深くに潜れば、長時間休まなければならないのも納得のいく話だ。


 「——やっぱ、中にダメージを通したところでって感じね。それか、やっぱり先生の術水が特殊だからかしら……」


 澪が先ほどから試しているのは、《音響印(おんきょういん)》の二式、[帝音覇悶(ていおんはもん)]による攻撃だ。


 [帝音覇悶(ていおんはもん)]魔術や魔源の効果を貫通する呪いの唄だが、本来の使い方がそれとされているだけで、別段、賢術師の術式や術水も貫通できぬわけではないらしい。


 柊先生の術水そのものである術水球に使ってみてはどうかと踏んだということだろうが、特にこれといった効果は見られなかった。


 術印や術式とは本来、魔術骸に対抗するために人間が授けられた力。賢術師に対しては著しくその効果も低下するのは当然と言えば当然の話だ。


 「火力特化の《業焔印(ごうえんいん)》じゃ厳しいか……」


 俺の術式は火力が秀でている分、他のみんなみたいに特殊な効果や、戦略を組めるような巧みな術式は一つもない。


 「《蒼河印(そうがいん)》も攻防一体であるだけで、澪や希空のような戦略につながる術式はあんまない。頭を使えば少しは浮かぶかもしれんが……」


 輪慧の術式も、俺の術式よりか使い幅が増えるが、攻と防の両極端を一体とするそれは、どうも戦略を組むには頭を捻らなければならない。


 その点、澪と希空の術式は戦略を組むのにもってこいだ。


 澪の《音響印(おんきょういん)》は、各術式に相手の弱点を突く特殊効果なるものがあり、呪いの類ということもあって予想外の死角から思わぬダメージを与えることが可能。


 希空の《戯憑印(ぎひょういん)》は、対象に憑依する一式から既に使い道が無限にある。依存こそするものの、希空自身が完全に使い方を身に付ければ、これほど厄介な術式もないだろうな。


 「とりあえず、核を探さなきゃいけないよね……」


 地面に座りながら深く呼吸をし、希空がそう呟いた。


 「まだ休憩しておいた方がいい。顔色もさっきより明らかに悪いわよ」


 澪が心配するように希空の顔色を覗く。


 「大丈夫……あと数分休めば……」


 何度も深海まで潜って身体を酷使し、上がって来た後、すぐにダッシュすると言っているようなものだ。


 そんなことをしていては、術水球を破壊するまで、到底体力など持つはずがない。


 「おー、二パーセントくらい削れてんじゃない」


 次の作戦を考えていると、背後から声がした。俺らは徐に振り返る。


 「これ、やばいですってぇっ」


 裏声になるくらい渾身の叫びで輪慧が柊先生に言う。僅かに柊先生が口角を上げた。


 「どう?毎年恒例のイベント何だけど、自分のこと追い込めてる?」


 三時間のうちの七割は術式を使い続け、残りの三割も休憩しながら懸命に思考を巡らしていた。それでも進捗はほんの一割にも到底満たないようなキツすぎる授業だ、これは。


 「本当に破壊するまで授業終わらないんすか……流石にキツいですって……」


 「一瞬の油断で死ぬ戦場でも、おんなじ事言える?悪いけど、破壊するまではマジで授業終わらないからね。愛の鞭だと思って、存分に挑んでくれ」


 「それはそうですけど……」


 やはり核を見つけるほかない。術水球のどこにもないのなら、その他の場所に隠されているのかも知れない。


 それか核があると言う柊先生のヒント自体が虚言(ブラフ)で、破壊する方法すら一から模索しろということの可能性も——いいや、そこまで考えてたら考えること自体嫌になるな。


 まずは術水球以外の場所にあるであろう核を探すのが優先だ。


 「……」


 柊先生の目の前で俺らは、改めて思考を巡らす。


 核を壊せば、術水球は瓦解する——言葉の節々にヒントはないか?


 核を壊せば……そもそも核とは何だ?術水球の核……術水……。


 「「術印っ……!?」」


 一つ思いつきで思わず言葉を溢すと、まるで計ったかのようにピッタリ、輪慧とセリフが一致した。


 俺と輪慧は一瞬視線を交錯させ、その直後、同時に背後の柊先生の方へ視線を向ける。


 思考が一致したのだろう。


 思いついてしまえば、むしろ今までなぜ思いつかなかったのかと驚くほど、俺ら賢術師の起点に戻って、その本質を捉えて。


 「遥希、おそらく僕らは同じことを考えてる。遥希、言ってくれ」


 「え、お、俺?」


 どこか神妙な面持ちで輪慧が言う。なぜかセリフを譲られたため、俺は口を開いた。


 「術水球の核。それは術印、ですよね?」


 澪と希空が僅かに目を丸くする。

 俺は説明を続けた。


 「あの術水球は、柊先生がただ放出した術水の塊じゃなくて、術式によって凝固させた塊だった。違いは、術式による干渉を受けているか否か、と言うところだけです」


 「へぇ、術水球の核は術印ねぇ。へぇ……」


 くつくつと喉を鳴らす柊先生に、俺らは息を呑む。


 違うのか?っと一瞬怯んだ途端、柊先生は両腕を頭上にあげ、大きな丸を作った。


 「ピンポーンッ!ご名答っ!!」


 声を張り上げ、柊先生が掌の上に蒼白い術水を収束する。収束した術水は粒子のように宙を舞い始め、柊の目の前に紋様を構築する。


 見覚えのあるそれは、柊先生の《顕現印(けんげんいん)》である。


 「遥希と輪慧は気が付いてたっぽいけど、どこで気が付いた?」


 柊先生が問うと、先に答えたのは輪慧の方だ。


 「あの術水球がただの術水だったら、希空は《戯憑印(ぎひょういん)》で憑依して、その中を自由に見て回ることは出来ないんじゃないかな、と」


 「ほう」


 「『両者に圧倒的な力の差がある場合は、強い方の術水に弱い方は基本的に抵抗できない』、これに則って考えるなら、希空があの術水球の中で数分間でも活動するのはキツいんじゃないかって単純な推論です」


 入学したての頃の授業の時に柊先生が言ったことか。確かにあの時は、単純な術水操作に関する授業をしていた。


 柊先生の作り出したあの巨大な術水球が、術印術式も使わず、単純に術水だけで作り出したなら、輪慧の説明も理に適っている。


 「それでも希空があの術水球に入って数分でも自由に動き回れました。ただ単純に術水だけで構築したのでなく、それ以外の何らかの方法で構築した——例えば、術印を使って術水を凝固させたとか」


 「今日の授業で伝えたかったことの一つは、それだ。少し喋るよ」


 そう前置き、柊先生が頭上を指し示した。


 「粗雑なものは脆さを隠し、精緻なものは壊れる筋道さえも形の一つ——とでも言おうか」


 俺らは柊先生の話に耳を傾ける。


 「実は、術水技術は、賢術師が最初に習得すべき技術にして、賢術師が賢術の極地に至るための入り口でもあるんだ」


 賢術師にとって術水と、それを操作する技術がどれほど大事なものかは言うまでもない。


 「術水は何よりも強靭だが、それ単体で使用すれば、それで成す事象は高度な技術があろうと粗雑になる。あるいは術水の強靭さ故にね。これがまず、粗雑なものは脆さを隠すと言うこと」


 雑に作ったものやそれによる事象は、言ってしまえばどこが壊れてもおかしくないので、どこが壊れても気が付かないと言う解釈か。正解かは別として、おそらくそう言った具合のことだろう。


 「術水をもとにして構築するのが術印だ。術印を作ってしまえば、粗雑だった術水は明確な形を成す。同時に術印が主体となるため、その他の術水は術印の力を引き出すためのサブ要員へと成り下がる」


 皆首を傾げ、必死に理解し話についていこうとしている。


 「これが、精緻なものは壊れる筋道さえも形の一つであると言うこと」


 えぇと、解釈的には……丁寧に作られて綺麗な形を成したものほど、壊れる瞬間がより際立つと言うことか。


 「術水と端的に言っても、その知識や求められたる技術の極地は果てしなく深いものだよ。もう少しだけ、深掘りしていこう」






しばしの休息、とはいかず知識を詰め込んでいくのです——

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