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第82話 話せぬ葛藤


 『万』上空を覆い尽くす柊先生の術水球。

 俺らは外へ出て、それを仰ぐ。


 視界にも収まりきらぬほどの超巨大な球体、まるで落下してきている一つの星のようで、揺るがぬ存在感を醸し出していた。


 「うわぁ……」

 「でっけぇな……」


 唖然としていると、横で柊先生が口を開いた。


 「制限時間は特にない。あれを破壊するまでは何日かかろうと授業は続くからね」


 「はい」


 「はい」


 「は——え?」


 上空の巨大な術水球を目を丸くしながら見つめ、何となく返事をした俺と澪の後、輪慧が柊先生の方を見た。


 「な、な、な、何日でも?」


 「うん!何日でも」


 「「何日でもぉっ!?」」


 そこでようやく俺と澪が息を揃えて激しくツっこんだ。


 「いや、遅ぉっ!!」


 その横でさらに輪慧がツっこむ。


 軽い一興を演じたところで、柊先生が咳払いをして一旦場を収める。そして説明を続けた。


 「あの術水球は並の術式程度じゃとても壊せないほど頑丈だ」


 「柔らかい水の球に見えますが……?」


 チッチッチッ、と人差し指を左右に振りながら輪慧の疑問に対して口を開いた。


 「硬きは当たり砕け、柔らかさは受け流す。柔らかきが必ずしも、刺して割れる風船のように貧弱なわけじゃない。ナメてもらっちゃ困るなー」


 視界にも収まりきらぬほどの術水球だが、輪慧の言う通りとても柔らかそうだ。


 それこそ、一点を針を衝けば即座に崩れ、瓦解してしまいそうなほどに。


 「一方で万物には、その存在を綻ばせるような弱点が必ず存在するのも当然だ。鍛錬開始前に伝えておくと、あの術水球には核が存在する。それを破壊すれば一撃であれを瓦解させることが出来るだろうね」


 柊先生の言葉を聞き、俺らは上空の術水球を改めて仰ぎ見る。柊先生から弱点の存在を提示するなら、その弱点たる核とやらも破壊するのに苦労するような位置にあったり、あるいは強固さをもっているのかもしれない。


 「じゃ、早速始めようか」


 「え、待って下さい」


 開始の合図を出そうとした柊先生の言葉を遮り、輪慧が手を上げながら続けた。


 「希空も合流する予定では……?」 


 輪慧が言うと、柊先生は間髪入れずに答えた。


 「授業の最初だけいないけど、少ししたら参加するから気にせず、鍛錬に集中して。雑念があると、術式術印にも現れるよ?」


 「え、あぁ、分かりました」


 「雑念て……」


 腑に落ちないと言った様子で呟く輪慧と澪だったが、柊先生にそう言われては従うほかないだろう。


 気を取り直して、柊先生は合図をくだす。


 「術水球破壊鍛錬、開始っ!どんな手を使ってもいいよっ!」


 術水球破壊鍛錬が幕開け、渋々と俺らは一斉に術印を展開した。ものは試しと思い立ち、三人同時に詠唱を行い術式を使用する。


 「《業焔印(ごうえんいん)》、一式」

 「《蒼河印(そうがいん)》、二式」

 「《音響印(おんきょういん)》、一式」


 三人分の術水が溢れ、それらが上空の術水球に一斉に放たれる。


 「[業炎(ごうえん)]っ!」

 「[玉砕魚群(ぎょくさいぎょぐん)]っ!」

 「[停音呪壊(ていおんじゅかい)]っ!」


 燃え盛る火球、牙を剥く魚群、身体を揺さぶる呪いの唄が無造作に渦を巻き、超巨大な術水球の底へ突っ込んでいく。


 その全てが着弾し、術水球の底で爆ぜた。


 「これでどのくらいだ?」


 黒煙が明けるの待ち、如何なものかと目を見張る。黒煙が明け、俺らは爆ぜた底を凝視する。


 「……おぉ」


 まるでなにも無かったと言わんばかりに、術水球の底には焼け跡どころか、傷一つも見当たらなかった。


 一点集中で針を刺したつもりだったが、柊先生の言う通り、しなやかさに受け流されたのか?


 「あれ破壊するって、もはや持久戦の域ね。だから流聖先輩もあんなに忠告してきたのかしら」


 一理ある。


 「まぁ、何でも試してみるしかねぇだろ。うまく建物使って、あの術水球の弱点がどこにあるか探るんだ」


 「こんな馬鹿でかい球の頂点とかにあったらどうする?」


 俺の言葉に、二人が一瞬肩をすくめたが、直後手を左右に振ってそれを否定したのは輪慧だ。


 「いやいやいや、流石にそこら辺は優しく——あるはずがないか……。なにせ破壊するまでは授業を終わらずぶっ通す覚悟の柊先生のことだ。余裕で頂点に弱点を置く可能性もある……」


 「何ならあの柊先生のことよ。きっと敢えて意地悪な場所に置いてるに違いない」


 澪の言葉を、俺と輪慧はそうに決まってる、と首肯する。


 「ま、何でも試してみるしかねぇだろ。どうせ壊すまでは授業は終わらない」


 腹を括るしかない。


 玉砕覚悟で身体を動かし、ありとあらゆる策を講じるしかない。それで破壊できないなら、その時はその時だ。


 俺らは円になり、作戦を練ることにした。



 ***



 一年教室前。


 廊下に設置された椅子に腰掛けながら、希空は俯いていた。


 「やぁ、待たせたね。行こっか」


 話しかけられた彼女は顔を上げる。そこに立っていたのは、柊である。


 「え、理事長と一緒に学長のところへって……」


 「自分の教え子のことなんだから、俺が学長と話すのが筋ってもんでしょ。理事長には予め交渉しておいたんだ。それに、希空も俺の方が慣れてるだろうし。理事長、あぁ見えて堅苦しいところあるからさ」


 「あ、ありがとうございます」


 希空自身も理事長と共に、学長と話すのは億劫だったのだろう。柊先生が着いてくると聞いて、希空の表情は緊張が解けたように柔らかくなる。安堵の表情だ。


 「説得は俺に任せて。希空はうまく話を合わせてくれればいいから」


 「分かりました」


 学長との交渉を前に、柊と希空が口裏をあわせる。


 二人はそのまま廊下を歩き、教諭室のある階層へ。教諭室の前を過ぎてさらに奥に進むと、そこには、一面の廊下の壁に孤立した扉がある。


 廊下の両側の窓から光射す中に一箇所だけ孤立したそこが、学長室だった。


 「失礼します、本郷(ほんごう)学長」


 そう言いながら扉を軽くノックし、柊と希空は学長室の中へ。


 その部屋は左右非対称で、床やテーブル一面に書物が積み上げられていて散らかっていた。その奥、書物に埋もれた豪奢なソファに、一人の男が腰掛けている。


 「その声は、波瑠明先生か?」


 視界が通るように積み上げられた書物を退け、スキンヘッドの初老の男が顔を覗かせた。


 彼は柊を見るや否や椅子から腰を上げ、柊と希空の前へ出た。


 本郷(ほんごう)哲夫(てつお)、『万』学長。理事長の次に、この『万』における権限を持つ人物だ。


 「話というのは何かね?深駒理事長が来る予定だったはずだが」


 「教え子のことですので、俺が直接交渉しようかと。希空が他の一年生とクラス分けされている件について、その分断を撤廃していただきたい」


 柊が率直に述べると、哲夫は背に手を組み、首を横に振った。


 「それは頷けない相談だ」


 「その理由を教えていただきたいです。別に、私が特別優秀ってわけじゃありませんし、遥希くんや輪慧くん、玲奈ちゃん達と一緒に学びたい……それが、どうして叶わないのでしょうか……」


 手を握りながら希空が哲夫に訴える。


 「だから……その」


 哲夫が何かを言い渋っているのが明らかだったため、そこへ柊がカマをかける。


 「俺も最初聞いた時からおかしいとは思ってました。いくら古い思想の学長と言えど、実力やお気に入りという物差しで生徒を勝手にクラス分けすることはなかったはずだ。何か、学長だけではどうにもならないような事情があるんじゃないですかね?」


 「そんなことは……ない」


 まるで平静を装うかのように咳払いをすると、哲夫は再び書物に埋もれたソファへ戻っていく。そして腰を下ろして言い放った。


 「と、とりあえずこの話は終わ——」


 「いやいや流石に早いでしょう!」


 哲夫の態度から言うことを予測していたか、柊が言葉を遮り食い気味に声を張り上げた。


 「ぬぐぅ……」


 引かない柊へ歯軋りをしながら睨みを利かせる哲夫。それを見て、空かさず希空が口を開いた。


 「そんなに話したくない理由ですか?ありもしない実力なんかでクラス分けされるなんて到底納得できません。真意があるのなら、話してくださいよっ!」 


 頭ごなしに学長がクラス分けをしたことを否定しているのではなく、希空はその真意を聞きたがっているのだ。


 柊の語る学長の人物像や、哲夫本人の様子から見ても、従来の理由のほかに真意があるはずだ。


 「……語れない」


 「なんで——」


 「……私にも意地というものがある。語れぬと言ったら語れないっ!」


 激昂したかのように言葉に怒気を込め、哲夫は威圧するような視線を前へ向けた。


 だがその眼差しに若干の苦渋に似たような情が混じっていることを柊は見逃さない。


 それを指摘するでもなく、冷静に柊は言葉を選んだ。


 「……その考えが仮に希空のためだって言うなら、それは間違ってます。日を改めて来ます」


 そう言い、柊は希空の肩に優しく手を乗せる。その言葉を聞いて僅かに目を丸くした哲夫だったが、それでも口を割ろうとはしなかった。 


 「行こう。今日はとりあえず遥希達に合流して行う授業だ」


 「は、はい……」


 弱い相槌を打ち、希空は柊の背に着く。そして二人は、学長室を後にした。


 「……」


 ただ一人、沈黙の最中。

 学長は俯き、両手を強く握り締めた。


 「……約束が……交わした約束があるのだ……話すわけにはいかん……話すわけには——」


 葛藤するようにぶつぶつと独り言を口にしながら、哲夫は静かに握り拳を震わせていた。






その心中、果たして——

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