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第81話 術水球破壊鍛錬


 五月二八日。

 堕雨討伐から一週間。


 今のところ本部の調査によれば、堕雨のものと思われる被害は確認されておらず、同時に大きな任務も舞い込んでくることはなかった。


 事態はひと段落し、久々に早く寝付けたのが昨夜だ。


 俺は寮の自室で目を覚ます。窓から射す陽光が眩しく部屋を照らしており、朝を迎えたことを知らせていた。


 「飯行くか……」


 寮で起きたら顔を洗い、まず朝食を食べる。


 寝ぼけた顔で部屋を出ると、ちょうど隣の部屋の扉が開いた。先輩の部屋ではないのでそのまま歩いて行くと、出てきたのは輪慧だ。


 同じく寝ぼけた顔を見合い、おう、とだけ挨拶をする。


 「(ねみ)ぃ……」

 「それな」


 端的な会話を交わしつつ、輪慧と食堂へ向かった。


 食堂へ着くと、そこでは既に澪と希空が一緒の席で食事を摂っていた。見た感じ、入学したての頃よりも互いに慣れ、会話も前よりか弾んでいるようだ。


 彼女らが俺らの方を見て言った。


 「なによアホっぽい顔して」


 「あはは……おはよう、二人とも」


 ジトーっとこちらを見つめて言う玲奈と、笑顔で挨拶をする希空の温度差が垣間見えた。


 「朝一会って言うことそれ……?」


 「顔洗ったの?」


 「朝起きて一番に洗ったわ」


 玲奈と輪慧がそんな言い合いをしている間、希空が俺の方を見て口を開く。


 「遥希くん。今日の授業、頑張ろうね」


 「今日の授業?あぁ、柊先生の言ってたやつか」


 希空の言う通り、本日は昨日告知された柊先生の特別授業とやらがあるらしい。


 たしか、術水球(じゅつすいきゅう)破壊鍛錬(はかいたんれん)と言っていた。内容に関しては今日説明があるので分からないが、一体どんな授業なのか。


 「そういえば、希空っていつまで教室分けされてるんだ?」


 「それが分からないのよね。ちょうど先日、理事長が任務から帰ってきたから、学長に、理事長から説得してもらえるように柊先生が取り合ってくれるって話だけど……」


 学長と言えど理事長からの説得があればそれを無視することは出来ないだろう。


 今日の術水球破壊鍛錬では一年合同で、つまり希空と一緒に授業を受ける分けだが、そういった仕分けもはっきり言って要らないと思う。


 それは俺だけでなく、他の一年もみんな思っていることだろう。


 「律儀に美乃梨先生の手を煩わせて授業を一人で受けるのなんて、美乃梨先生にも申し訳ないしなにより寂しいよ……。学長、折れてくれないかな……」


 溜息混じりに言う希空に、隣で澪と言い合いを演じていた輪慧が言った。


 「あれん時は反旗を翻そう。自分の学校の生徒だからって舐めてんなよ、ってね」


 冗談混じりに輪慧が言う。それに便乗するかのように、横から澪が口を挟んだ。


 「理事長に頼んだらイチコロね」


 「あ、あはは……」


 希空の苦笑の最中、食堂の両開きの扉が開いた。


 俺らは互いに向き合わせていた身体を一斉に扉の方へ向ける。食堂に入ってきたのは、明らかに寝起きでうつろうつろと歩く、流聖先輩だった。


 「流聖先輩、おはようございます」


 輪慧の挨拶に続けて、俺も順番に挨拶をする。すると流聖先輩は、明らかに寝起きだからか辛うじて開いたかのような瞼の隙間から覗く目で俺らを睨む。


 そして首を傾げながら流聖先輩が呟いた。


 「その声は眞樹っ?」


 寝ぼけている。


 「流聖先輩。もう時間的に一年しかいないです。輪慧ですよ、僕」


 寮内での食事の時間は、学年によって分けられている。俺ら一、二年寮では、二年生の先輩から食事を摂る。


 そして二年生の先輩が全員食事をし終えるまでは一年生は食事をしてはならない、それがルールだ。


 「あぁ、輪慧か。あれ、あぁ……」


 目を覚ますため流聖先輩は自身の手で頬を数発ぶっ叩く。すっかり頬を赤く腫らした流聖先輩が、目をかっ(ぴら)いて俺らの方を見た。


 「あぁ、ごめん。寝坊したから今から俺も飯食うわ。昨日はよく遅くまで任務が続いてて、すっかり寝過ごしちまったんだ」


 確かに、流聖が寮に帰ってきたのは消灯の寸前かその時間帯だった。それは寝不足にもなる。


 流聖先輩が俺らの隣の席に座る。そして背伸びをして欠伸をしながら、流聖先輩は俺らに次のように聞いてきた。


 「そう言えば、一年生はそろそろアレの時期じゃないか?」


 「あ、アレ?」


 なんのことか分からず皆と視線を交錯させると、流聖先輩が切り出す。


 「話ないのか?術水球破壊鍛錬のことだよ」


 「あぁ、それのことですか」


 皆があぁ、と頷くなか、輪慧がそう相槌を打つ。


 「今日の授業でやるって柊先生からは——」


 「ありゃ、とんでもない授業だ……」


 机に頬杖をついて腕を組み、険しい表情を作りながら流聖先輩が言う。それも相当なまでの食い気味に。


 表情に貼り付けた険しさに目を張りつつ、俺はおそるおそる流聖先輩へ問うた。


 「と、とんでもない……?」


 「あぁ。俺ら二年も、去年一年の時にあったんだが……いいや、これ以上はお前らの恐怖を煽るだけになる。話さない方がお前らのためだなぁ」


 不穏な余韻を残しながら、流聖先輩は口を閉ざした。


 「えぇ……」


 そんな言い方をされれば気になるし、希空に至っては俯きながら怖がっている様子が伺えた。


 「始業までまだ時間はある……それまでよく身体を休ませておくことだ」


 「え、あぁ……わ、かりました……?」


 最早意味がわからないが、一度その授業を経験している流聖先輩が言っているんだ。


 この厳しい賢術師の世界で生き残るための厳しい試練を課される可能性もある。


 郷に入っては郷に従え。


 とりあえず流聖先輩の言うことは聞いておいた方が良いかもしれない。俺らは輪慧、澪、希空に視線を配り、とりあえず言うことを聞こうということを視線で訴えかける。


 「じゃ、言う通り身体、休めまーすー」


 俺の意図を汲み取ったか、輪慧がピシッと手を上げながら立ち上がった。そのまま小走りに食堂を出ていく。


 まだ朝食を食べていないと言うのに。


 「じ、じゃあ、私たちも行こっか」


 「そ、そうね」


 そう言って立ち上がり、澪と希空は食器をカウンターに片付けて颯爽と食堂を出ていく。


 最後に取り残された俺はと言うと、口を閉ざしたままの流聖先輩から視線を逸らし、ペコペコと頭を下げながら食堂の扉へ。


 「で、では、失礼しまーす……」


 「……生きて、帰って来いよ」


 あたかもシリアスな場面を展開するかの如く、流聖先輩は表情を険しくしながら言う。


 「は、はぁい……」


 そのまま小走りに食堂を後にした。


 流聖先輩も冗談混じりだったかもしれないが、とは言えあんな不穏な言い方をされると気になるものだ。一体どんな授業なんだ、術水球破壊鍛錬とは——。



 ***



 教室。 

 俺らが席に着くや否や、始業の鐘が鳴り響く。


 同時に、教壇に立つ柊先生が口を開いた。


 「おはよう、みんな」


 少量の術水を放出してチョークを浮かせ、黒板に文字を書く。柊先生が続けた。


 「今日の授業は、昨日も言っていたようにこれだ」


 柊先生が『術水球破壊鍛錬』と書かれた黒板を指し示した。少し間を置き、挙手をしながら輪慧が柊先生に疑問を呈す。


 「先生。その、術水球破壊鍛錬ってのいうのは何なんでしょうか?」


 柊先生が指をパチンと弾く。


 「良い質問だ!ズバリ、術水球破壊鍛錬とはっ」


 そこまで言うと柊先生はチョークを置き、放出していた少量の術水を指先で軽く撫でた。


 すると少量の術水が一点に収束し、やがて柊先生の眼前で一つの蒼白い球体を形作った。


 「まず、これが術水球。その名の通り、術水を俺の仮想実現によって凝固させ、球体を象ったものだ。察しかと思うけど今日はこの術水球を、君らの術印術式を駆使して破壊してもらう」


 ここまではその名の如き内容で驚きも何もない。やはり、流聖先輩の言うことは大袈裟だったのか?


 「その、術水球を破壊するだけですか?」


 輪慧も同じく大袈裟だと思っていたか、その真意を探るように柊先生に問う。


 「そ。術水球を破壊するだけ」


 柊先生の眼前にゆらゆらと浮遊する小さな術水球を見て、正直少し安堵していた。


 だが、俺らが胸を撫で下ろしているのを見ると、柊先生はその表情に含みのある微笑みを浮かべた。ふっふっふ、とねっとりした笑い声の後、柊先生が説明を続けた。


 「——でも、君らが今回破壊する術水球はこれじゃない」


 そう言いながら、柊先生は眼前にある小さな術水球を指で弾き飛ばした。本物の水のように霧散したそれは空中を舞い、やがて消えた。


 「みんな、外をご覧あれっ!」


 柊先生が教室の側面の窓を指し示す。俺ら三人はそちらの方へ視線を向けた。


 「……は?」


 「えぇ、冗談でしょ……?」


 そこには、賢術の学府『万』全体を覆い尽くすほどの巨大な影が降りていた。俺らは急ぎ、窓から身を乗り出して外を見る。


 「えぇっ!?」


 『万』の上の空に浮かぶのは、視界にすら到底収まりきらないサイズの超巨大な蒼白い球体——柊先生の仮想実現によって凝固した術水球だった。


 ゆらゆらと揺らめく術水の波紋が各所で起こり、それはさながら空を海が覆い尽くしたかのような光景。


 それに伴い、空の術水球で揺らめく波の動きが地面や建物に反射しており、ここら一帯が海底に沈んだような感覚だ。


 「あれを、破壊してもらいたいと思いますっ!」






平穏な朝、雲行きの怪しい授業——

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