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第80話 残った疑念


 『七夢の堕雨討伐の旨を柊波瑠明氏より連絡承りました。現場の賢術師で事実確認を行って下さい。完了次第、[天陰月庭]を解除し討伐作戦を終了致します』


 事務的にそう伝える音声が現場の賢術師に届く。それを確認し、三区各班が一斉に動いた。



 ***



 黒舞地区、賢術の学府『万』。


 各地の状況確認を終えた賢術師たちが続々と集合していた。まだ集合していないのは、迦流堕ら三班と、楓真ら六班だけだ。


 「じゃあ結局、堕雨を倒すためには夢境自体を破壊するしかなかったってこと?」


 ひと段落ついて先ほど合流した美乃梨と、ほぼ同時に合流した柊が話していた。


 美乃梨がそう疑問を呈すと、それに対して柊が答える。


 「そうだね。堕雨がどれだけ外へ出ようとしても、夢境という世界に囚われているうちは出られない。柊國俊の術式によって堕雨と夢境世界は、繋がらずして繋がれていた、とでも言ったほうがいいかな」


 美乃梨が首を縦に振りながら聞く。


 「柊國俊の術式は、堕雨と夢境を繋いで決して分つことのない鎖だったんだ」


 暗赤の術印は、七夢の堕雨を生かすための延命装置にもなり得た。


 柊國俊以降の賢術師が夢を破壊していたとしても、柊國俊の術印を破壊するなど容易でないことだっただろう。


 「なるほど。柊國俊に成せぬこと、これまで幾度となく挑んできた賢術師たちが倒せなかったわけだ。しかし、波瑠明にそれを成し遂げられたのは何故か?歴戦の英雄たる柊國俊にさえ成すことの出来なかった、その所業を」


 傍らから久留美が口を挟む。


 「柊國俊が夢境ごと堕雨を滅ぼす方法を思いつかないとは考えにくい。だからと言って、柊國俊に夢境を破壊するほどの力がなかったとも考えにくい。つまり、堕雨の夢境の耐久力の違いが、昔と今とであったのでしょう」


 そう考えるのが最も妥当だろう。


 「柊國俊が如何なる力を持っていたかは俺にも分かりませんが、かつては災厄を滅ぼし世界を救った英雄です。少なくとも俺に劣ることはないでしょう」


 「それは心得ているがな」


 久留美が続けて言った。


 「妙に気にかかるのは柊という性。波瑠明、お前との共通点なるものは何かないのか?」


 首を捻って考えながら柊が唸る。


 「うーん、どうですかね。気になっていながら俺もスルーしてたんですけど、もしかすれば柊國俊の直裔は俺かも知れませんね。血筋的な繋がりが無かったとしても、何かしら因果関係は有りそうです」


 「柊征永(ゆきひさ)もそうね。柊國俊の祖父って話だったから、そことも繋がりがあるかも知れないわ」


 美乃梨の言葉に、柊はそりゃそうだと言った様子で頷いた。ちょうどその時だった。


 「悪い悪い、現場確認に移るのが遅れてしまってな。六班もすぐに合流できるとのことだ」


 六班、迦流堕と流聖が合流を果たした。様子を伺うように視線を皆に配った後、柊が言う。


 「とりあえず話は後にしよう。気になることはいっぱいあることだしね」


 柊の言葉に被さるように、遠方から声が聞こえた。


 「待たせてしまい申し訳ありません」


 その声の主は楓真だった。


 後ろに遥希と玲奈を連れ、小走りに駆けて来て合流する。余程遠くの方から走ってきたのか、息の切れている遥希と玲奈に対し、楓真は毅然とした態度を貫いていた。


 柊が駆け寄り、情報交換を行う。


 「美裕から大方聞いている。七夢の堕雨を倒したようだな、波瑠明」


 「あぁ。夢境ごと破壊したから、そのまま閉じ込められるなんて心配も杞憂だったね」


 「明日から一ヶ月、観察期間を設ける。その間に堕雨の被害が無ければ堕雨は消滅したと断定することにした。波瑠明、お前を疑っているわけでは無いが、念の為の一ヶ月だと思ってくれ」


 フッと柊は笑い返す。


 「俺は構わないよ。あとは本部でやってくれるんでしょ?」


 「勿論。万が一被害があろうものなら覚えておけよ?」


 冗談混じりに楓真が言うと、柊が食い気味に返す。


 「大丈夫だよ。堕雨は滅びた。俺の勘がそう言ってる」


 「毎度お前はそれだ」


 そこまで言うと、楓真は集まった賢術師たちの方を向き、高らかに宣言した。


 「これにて、七夢の堕雨討伐作戦を終了します。協力していただいた全ての『万』賢術師に対して、本部を代表して感謝申し上げます」


 楓真がその場で頭を下げた。それに追随するように、こちらこそと言った風に圭代たちも頭を下げる。


 互いが相手への感謝を伝え合った瞬間だった。


 かくして、長年託され続けた七夢の堕雨の討伐は成し遂げられ、任務は終了したのであった。



 ***



 二日後。


 本部帝郭殿、司令室。


 長テーブルを挟む様に椅子に座りながら、楓真と柊が会話を交えていた。


 「ここ二日、捜索を続けたが、やはり見つからなかった。久留美さんの言う、死棘帝と呼ばれる魔術骸の存在も確認出来ていないが、それは確実な情報なのか?」


 単刀直入に楓真が疑問を呈す。


 「死棘帝に関しては英傑伝承譚にすら記載がない。無論、その他の文献にも。なんで久留美さんに死棘帝の存在を教えた師は、その情報を知っていたのか……そうだ、お前に聞いておきたいことがあったんだ」


 (堕雨から聞こえた謎の声に関しては、とりあえず黙っておこう。俺とて、まだ分からないことも多いことだしね)


 「なんだ?」


 それは、先日の話の中で浮上した本部への疑い。


 「あの日、歩夢に任務の連絡を送ったのは誰?」


 柊が楓真を真っ直ぐに射抜く。一瞬答えに窮した楓真だったが、その後すぐに問いに答える。


 「誰かは分からない。だが、伝令班の誰かであることは確かだ」


 「俺らにいつも任務連絡してくるのは伝令班だもんね。で、班長直々に個人への連絡があることはない。つまり、冬野美裕でもない」


 推測する様に柊が言う。


 「伝令班の賢術師を紹介して。その中に、死棘帝に関する情報を握ってるやつがいるかも知れない。それか、そいつが直接歩夢に情報を伝えたんだ」


 僅かに目を丸くするも、楓真は努めて冷静に腕を組む。そして考える様に首を捻った。


 「無論、伝令班の調査はして構わない。だが、死棘帝の情報を知っているやつが伝令班にいた場合、如何にしてその情報を知ったのか——」


 「魔術骸と繋がってるやつが居るんじゃない?」


 柊が食い気味に放った一言が場を凍らせた。首を捻りながら目を見開いた楓真が問う。


 「どう言うことだ?」


 「俺の推論だから確証なんて無いけどね。如何なる文献にも記載のない死棘帝の情報を知ってるなら、そいつは太古の昔から生きてる奴ってことなんじゃないかな?人間で何千年も生きてるなんて事はないと思うから、該当するのは、餓吼影ら魔術骸だけだ」


 「なるほど。確かに理に叶っている。では、裏切り者が本部にはいる、とお前は言いたいわけか」


 柊の心理を探るように楓真が言う。


 「至極簡単に言っちゃえばね。あるいは、賢術師の首を被っただけの敵が本部内に潜んでいる、か。だってそうじゃなきゃ色々おかしいじゃん」


 歩夢にどんな内容の連絡が入ったのかは分からないが、内容が不確定だった場合、側にいた學に相談がなかったと言うのはあまりにも腑に落ちない。


 それも加味すれば、歩夢にはあの時、死棘帝に関する詳しい情報が記載された連絡が入っていたと考えるのが妥当だという柊の言い分だ。


 それならば、やはり本部内に死棘帝に関する情報を握っているやつが居るのも決定的だ。


 でなければ推測と辻褄は合わない。


 「未だ歩夢の行方が分かっていない。それも不可解な点だ。稔の時みたいに、連れ去った奴に何らかの目的があるのかも知れない」


 「裏切り者なら、その真意を知っていると?」


 無言で柊はそれに首肯する。


 仮に、歩夢を連れ去ったのが本当に死棘帝なのだとすれば、その目的や真意を知っているのが、裏切り者である可能性はあるだろう。ただ、あくまで推測の域を出ないと言うのが懸念点だ。


 「なるほど。分かった、俺も今一度調査をしてみよう。最も、主帝が変わり新体制が始まろうとしている最中に、そんな賊を暗躍させるわけにもいかない」


 「歩夢のこともある。俺も調査には首突っ込むからね。あと、何かわかったら随時連絡してよ」


 あぁ、と楓真が頷くと、それを見た柊が椅子から腰を上げる。


 「帰るか?」


 「うん、今日のところは。まだやることいっぱいあるし」


 柊が部屋を出て行こうと扉に手をかける。


 そして扉を少し開けたところでその手を止め、振り返った。あぁ、そうそうと前置きを挟んで柊が言う。


 「本部上層部の調査も頼んだよ」


 楓真が何かを察した様に頷いた。


 「わ、分かった」


 その返答を聞くや否や、柊は颯爽と扉を開けて出ていった。


              



 

いくつかの疑念を残し——


これにて第二章終結、次の話から第三章が始まります。これまで一度でも見ていただいた読者の方々、本当にありがとうございます!


ぜひブックマークなどしていただいて、第三章からもよろしくお願いします!

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