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第77話 遺された呪いと突破口


 ——この世を壊す存在へ。

 ——抗うな、欲のままに、枷を捨て去り。


 ——壊せ、枷を。

 ——壊せ、万物を凌駕して。

 ——壊せ、全てを。


 突如、脳内で訴えてくる、衝動。


 忌み子における衝動とは、世界を滅ぼす大厄災たる《闇渦》への昇華に必要なトリガーだ。


 それが、力を解き放てと、全てを壊せと訴えかけてくる。


 これが、衝動か。


 全身が脈打ち、その鼓動が強くなっていき、腹の奥底に吐き出したい何かがあるような感覚だ。


 しかし、吐き出せない。衝動を抑えんとする何かが、まだ働いているのだろう。


 (変な感覚だ)


 衝動らしきものが脳内に壊せと訴えかけてくる間、全身の滞りという滞りが抜け、ひどくリラックスが出来た。脳内に訴えかけてくる声とは別で、思考にも停滞はなく、理路整然と巡り続けている。


 (英雄、柊國俊には、堕雨を消滅させる術がなかった。だから、自身の術式で夢境の中に堕雨を閉じ込め続けていた。多分、死後に堕雨が解き放たれた時、今度こそそれを消滅させる事が出来る賢術師が現れることに全てを賭けたんだろう)


 死後何千年にも渡って堕雨を封印し続けたのが、何よりの証拠だろう。


 そこに柊國俊の、後世へ賭けた想いを感じずに何を感ずると言うのか。


 (そこに、答えがある)



 ***



 「これが衝動か」


 心臓を貫かれた柊が不敵な笑みを浮かべる。


 「《顕現印》空想実現——」


 「ナッ——」


 堕雨が思わず後退るが、柊が空を蹴って身を放る。


 「【蹂躙への刻限指定(タイムリミット)】」


 唱えると、柊を中心に夥しい量の術水が溢れ出す。


 溢れ出した術水は黒く染まり、瞬く間に夢境の空域を埋め尽くした。


 堕雨が空域全体を睨みながら、同じく魔源を放出する。両者の術水と魔源が拮抗してバチバチと火花を散らしている様子は凄まじい気迫がある。


 「全テ受ケ切ッタ後、完膚ナキマデニ打チノメシテヤル。《七翼なる岐路(フェイト・セヴンス)》」


 「受ける?は。標的がお前だけとは限んないぞ」


 ——この世を壊す存在へ。

 ——抗うな、欲のままに、枷を捨て去り。


 ——壊せ、枷を。

 ——壊せ、万物を凌駕して。

 ——壊せ、全てを。


 衝動に駆られる心を鎮めながら、柊が正面の《顕現印》に指先を触れる。


 ——尽滅の先にこそ、望むものがある。


 ——壊せ。

 ——壊せ。

 ——壊せ。


 (そうだ、簡単な事だったんだ。柊國俊が遺した、堕雨を縛りつける呪いと、堕雨を討ち破る突破口とは即ち——)


 柊の指先から、《顕現印》が溶け出す。やがて溶けた《顕現印》の術印が蒼白い粒子となり、空域を覆い尽くす黒き術水に混じり合った。


 瞬間、空域全体が静かに揺れ始めた。


 「コ、コレハ……」


 地盤がないのにも関わらず、身体が揺さぶられる。空域に広がる柊の黒き術水が身体を締め付け、揺らしているのだ。それは堕雨の巨躯と言えど例外ではない。


 「もうすぐこの呪縛から解き放ってやれるぞ、七夢の堕雨っ。せいぜい期待しておけっ!」


 空域を震撼するのは柊の黒き術水だ。それに宿るのは万物を破壊する力。空域だというのに、そこは一つの箱の中に入っているように縦横無尽に揺れる。


 「空を見なよ」


 柊の言葉を皮切れに、空域のいたる場所に白い亀裂が入る。そこから斜陽のように光が射し、一条の光が漏れ出した。


 ありえぬと言わんばかりに堕雨は目を丸くする。


 「忌ミ子ノ力ノ片鱗……!?図ニ乗ルナッ」


 堕雨が身を絞るように翼を大きく羽撃(はばた)かせた。


 「来ても無駄だよ」


 「堕チヨッ!」


 堕雨の紅き両眼が光を帯び、それが真っ直ぐ放たれた。《七翼の岐路(フェイト・セヴンス)》発動中のため、おそらくは可能性に干渉する眼光だろう。


 だが、その眼光を、柊の前方を漂う黒き術水が包み込んだ。そして、内部で完全に消失させる。


 「アノ術水ハナンナノダッ……!?」


 「すっかり油断してたよ。同じ属性同士は相殺し合うが、可能性は万物を凌駕する。即ち、継続して相手の可能性を覆し続けることで、この競り合いには勝る事ができる」


 七夢の堕雨が可能性に干渉して魔術を使える以上、両者は常に相手の可能性を打ち消し、覆し続ける必要がある。空域を覆う黒き術水は常時回り続け、可能性への干渉を受けた場合にそれを覆し続けているのだ。


 「空ガ……割レルダト……!?」


 空域には無数の白い亀裂が走っている。それらが繋がると大破し、馬鹿デカい大穴が開くのだ。


 「ナッ……!?深淵夢境(ラビリンス)ガッ……!!」


 空域に開く穴から覗くのは、荒れる漆黒の世界だ。柊には、それに見覚えがあった。


 「外の世界に繋がる、深淵夢境(ラビリンス)って言うの?お前自身はあそこを通っても呪縛によって出られないから、分身を現実世界へと送っていたんだ」


 やがて柊と堕雨の頭上が漆黒一色に染まる。


 覗く漆黒の世界から、黒きオーロラが舞い降りて、夢境の世界の地盤を照らしていた。


 「由々シキ事態ダ……世界ガ崩壊スル……」


 柊と堕雨は互いの視線を交錯させるが、両者が迂闊に動かず見合っている。その頭上で夢境が崩壊を始める。


 「深淵夢境(ラビリンス)ってのは分からないけど、お前を殺す方法は案外単純だ。お前が居れる夢境を破壊した後、柊國俊の呪縛からお前を解き放てばいい」


 堕雨は生きるために人々の夢境を転々としているという柊の推論から導き出した一つの答えだ。


 あとは、数千年に渡って奴を縛り付けていた柊國俊の呪縛を解くだけで堕雨は現実世界へと放り出され、死に至る。


 その方法が正しいというよりは、柊はその方法に賭けているのだ。


 (柊國俊が堕雨を殺す事ができなかったのは、夢境を破壊して堕雨を現実世界へと放り出す事が出来なかったからだろう。自分が殺せない代わりに、後世で堕雨を殺せる存在が産まれることに賭け、この夢境にずっと堕雨を縛り付けていたんだ)


 「刻限指定(タイムリミット)は満ちた——」


 深淵夢境(ラビリンス)がその片鱗を覗かせる大穴から、四方に亀裂が走り、水平線の彼方まで割れ続けた。


 耳を劈くほどのけたたましい轟音が場を包み込み、夢境の世界が十字に割れた。


 さながら世界の終末が訪れたと言わんばかりに崩壊する夢境。


 「覚悟しろよ、七夢の堕雨」


 空域に満ちていた柊の黒き術水が地盤にまで満ちると、それと同時に地盤が割れた。


 ゴゴゴゴゴゴゴと止まらぬ轟音、割れる水平線、震撼する夢境——それら全てに包まれる地盤の方の状況は。



 ***



 「《蒼河印》五式、[海皇]っ!!」


 詠唱が終わると、輪慧を中心に擬似的な海が出現した。それは美乃梨と虹、術者の輪慧を包み込み、夢境の震撼から守る。


 美乃梨と虹が術水を供給していることにより強固な擬似的な海の膜が、地盤まで降りてきた柊の黒き術水に蝕まれ、ギチギチと唸りを上げている。


 「空で何がっ!?」


 「波瑠明のやつ……!?出力を上げて!波瑠明の術水が強すぎてこの膜も長く持たないわっ!」


 「「はいっ!!」」


 割れた地面にほとんどの宵為鴉は飲み込まれ、残留している宵為鴉も柊の黒き術水によってその身体を激しく揺さぶられで体内をぐちゃぐちゃにされた挙句、結局は地割れに飲み込まれ潰れる。


 空域に劣らず地盤も混沌としていたのだ。


 「何をやっているの、あいつはっ!?」


 「このままじゃ夢境自体ぶっ壊れるんじゃないですかっ!?大丈夫ですか、こんなところに居てっ!?」


 「波瑠明のことだから流石に私たちのことを度外視してるわけじゃなさそうだけれど……」


 三人は無事を祈りつつ、全力で術水放出による膜の補強に努める。


 鳴り止まぬ夢境破滅への鳴動が、終わりを迎えようとしていた——。

 

 

 



衝動に従い、破滅を齎す力が溢れ出す——

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