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第72話 連携


 正午に差し掛かった頃。


 俺らは再び、集会場に呼び出された。


 部屋には今のところ、俺ら一年と二年生の先輩方だけで、皆着席して待機している。


 喋る者はいない。


 陰鬱な雰囲気がこの場を支配しており、全員が喋ることを躊躇い、拒んでいる。理由は語るまでもないが、特に、二年の先輩方の雰囲気が重々しい。


 しばらくその状態が続くと、数分後、ようやく集会場の扉が開いた。入って来たのは、柊先生を除く先生方だ。後ろに學先輩も続いている。


 「一つ朗報がある」


 部屋に入るや否や、迦流堕先生が開口一番そう口にする。俺らは迦流堕先生を振り向く。


 「わたしも確認したから確かだが、つい先程、眞樹が目を覚ました」


 俺ら、特に二年生の先輩方全員が目を見開いた。


 「本当ですか……!」


 テーブルに手を付いて立ち上がり、流聖先輩が言う。


 それに対し、迦流堕先生が静かに首肯した。どんよりとしていた雰囲気が少しだけ明るくなった様な気がする。


 「だけど、目を覚ました今も油断の許さない状況であることは確かだ。少なくともあと数時間は寝かせてあげよう。肉体的にもそうだけど、長い悪夢を見せられて精神的にも疲弊してる様子だった」


 「分かりました」


 虹先輩が答えると、歓喜により立っていた先輩方が座り込む。


 その表情に、ごく僅かだが希望なるものが宿ったようにも見えた。


 「眞樹くんは今回の作戦には当然不参加、完全復帰を待ちます。気を取り直して——」


 圭代先生がそこまで言うと、再び扉が開く。


 「やぁ。待たせたね」


 入って来たのは柊先生と、サラサラの黒髪に高身長という、なんとも柊先生の特徴に似ている男性だ。


 胸ポケットに、白の渦の様なマーク、傾いた秤の様なマーク、猛る波の様なマークが三角形の上に描かれている模様のバッジを付けている。


 「紹介するよ。本部帝郭殿指揮長官、風原楓真。俺の同期ね」


 柊先生がそう紹介すると、楓真さんは深々と頭を下げた。俺らも一度椅子を立ち、その場で頭を下げる。社交辞令というものだろう。


 「こんにちは。風原楓真です」


 爽やかな笑顔でそう挨拶すると、柊先生に連れられ、プロジェクター横の椅子まで案内される。


 そこで着席するのでなく、俺らを座らせ、早速話し出した。


 「今日は、『万』とのより綿密な連携をとることを目的に来ました。作戦内容と、班の分担は先に圭代さんから伝達があったかと思いますが、それらは既に把握しているテイで話を進めていきます。あぁそれと、作戦に参加する本部伝令班班長、冬野(ふゆの)美裕(みひろ)ですが、どうしても外せない都合が御座いまして、後に作戦参加者の携帯端末に挨拶のメールを送らせていただきます」


 作戦開始は夕刻時だ。


 悠長なことをしている暇はあまりない。


 「大方、波瑠明から説明があったと思いますが、作戦は予定通り行います。変更は特にありません。ですが、注意事項がありますので、それを先に伝えさせていただきます」


 皆の顔を一周見回すと、楓真さんは説明を続けた。


 「今回の作戦の目的は、悪き夢を司る魔術骸、七夢の堕雨の討伐。そこで危惧すべきは、大きく二つあると考えています」


 楓真さんは俺たちに向かって手を突き出し、指を二本立てて、引き続き説明をする。


 「一つは、他の魔術骸の襲来。最近報告された上級レベルの魔術骸複数体ですが、堕雨討伐の邪魔をしようと襲撃を仕掛けてくる可能性も否定できません」


 歩夢先輩を連れ去った魔術骸の正体が不明瞭な上、堕雨と同盟を組んでいる魔術骸の存在も示唆されている。


 襲撃の可能性は十分あるだろう。


 「上級レベルの襲撃だけ注意すればいいって話でもないんだよね」


 柊先生が言うと、それに楓真さんが頷いた。


 「山蓋地区の襲撃事件がある。低級レベルの骸どもが群れを成して街を襲った案件ですが、それはそれで面倒です」


 堕雨だけでも、かつての時代の生き残りだと言うのに、それ以外の魔術骸の介入は誰であろうと面倒であることは間違いない。


 「堕雨の被害を確認した賢術師は夢境へ向い、それ以外の近くの賢術師は現場に急行すること。状況を見て、司令系統から随時指示を出してもらいます」


 「指揮系統?」


 「えぇ。本部伝令班班長、冬野(ふゆの)美裕(みひろ)。彼女の指揮のもと、堕雨討伐作戦を実行します。全ての指揮は彼女に出してもらうので、現場の賢術師はその指示に従う形で作戦に参加してください」


 「「はい」」


 全員で返事をする。


 「そしてもう一つ、これが最も重要です」


 一瞬柊先生と視線を交えると、楓真先生は意を決したかのように言う。


 「堕雨の討伐した時、夢境に取り残された賢術師がどうなるのか、それは現在、未知数であると伝えておきます」


 楓真さんの言葉に、場が滞る。

 静寂が過ぎ去ると、手を挙げて學先輩が問う。


 「詳しく教えて頂けますか」


 「もちろん」


 頷くと、楓真さんは説明を続ける。


 「堕雨を倒すためには、夢境の中——つまり未知数領域へ入る必要がありますが、そもそも、夢境の中へ入ることが出来るのは、それは堕雨が創り出した領域であるからです」


 不穏な空気感が漂っていた。


 「——堕雨を倒したならば、その夢境は閉ざされるかも知れない。つまり、堕雨を討伐した賢術師は、その後夢境の中に永久的に閉じ込められる可能性がある。言い方が悪いですが、つまり堕雨を倒すための生贄、犠牲なるかも知れないのです」


 夢境から脱出できるか否かは、既に柊先生によって可能であることが定義付けられた。だが、それは夢境が存在していたから、それが現実世界と繋がっていたから可能だったのであって、堕雨の消滅と共に夢境が消えれば、そこにいる賢術師も共に消える可能性があると言うわけか。


 いや、楓真さんの口ぶりからして、堕雨の消滅後に夢境がどうなるのかすら定かではないのかも知れない。


 夢境と存在自体、楓真さんのいう通り未知数なのだから仕方のないことだろう。


 「作戦に参加する以上、このことは考慮して頂けなければいけません」


 堕雨を討伐し、長年の悪しき縁に終止符を打つためには、誰かが犠牲にならなければいけないのかも知れない。


 もしかしたら、それは俺かも知れないとことは言うまでもないだろう。


 「ですが、堕雨を捕捉した賢術師の元には、必ず波瑠明が向かい、夢境脱出の手助けをしてもらいます。堕雨の消滅後に夢境から脱出出来るのかは賭けになりますが、波瑠明は夢境脱出に全力を賭す用、よろしくお願いします」


 楓真さんが柊先生を振り向く。

 無言で柊先生は首肯した。


 「短くはなりましたが、我々本部からの注意事項は以上です。本日の夕刻、既に配布済みの資料の通り、作戦を実行します」


 自己を犠牲にする覚悟を持つなど並の恐怖ではない。だが、人類の均衡を守るための賢術師だ。


 賢術師としての道を歩むことを決めた皆、各々の目的や達すべき復讐があったのだと思う。


 俺もそうだ。


 両親を殺した、かの魔術骸への復讐を果たすために賢術師になった。


 それを果たすためには、生と死を天秤に掛けた使命を乗り越えねばならない。俺らはもう、そう言う立場なのだから。


 「ありがとう、楓真。本部との連携も取れたことだし、今日はもう解散にしよう。各々、作戦開始までよく身体を休めておくように」


 不安が募るばかりだが、会議が終わり、各々が部屋を退出する。二年生の先輩方は眞樹先輩の様子が気になったのか、治療室へ向かっていった。


 俺らが部屋を出ようとしても、柊先生らは事務的な話をしていて解散する気配がない。


 俺ら一年は視線を交えて無言で意を伝え合うと、二年生の先輩方に続いて集会場を後にした。



 ***



 「輪慧と希空は誰と一緒の班だ?」


 俺が話題を振ると、まず輪慧がすぐに答えた。


 「僕は美乃梨先生と、虹先輩と同じ三班だ」


 輪慧に続け、希空も答える。


 「私はえぇっと……誰だっけ。初めて見た名前の二人で、多分本部の人だと思うの」


 「聞いた話、柊先生の後輩らしいわよ」


 曖昧そうな希空を見かねたか、隣で澪が言う。無論、俺と澪は奇しくも同じ班であり、輪慧と希空もそれはわかっているので話題には出ない。


 「……なぁ、みんな。怖いか?」


 不意に、輪慧がぼそっと呟いた。


 「何、いきなり」


 ぴしゃりと澪が言い放つと、輪慧が肩をすくめる。


 「死ぬかわかんないってのは、やっぱ怖いだろ?まぁ、僕だけかも知んないけど」


 「誰だって怖いに決まってるだろ」


 輪慧の言葉に、頷きながらそう言う。


 「あれ男子ー?」


 「私たちはとっくに振り切ってるっつうの」


 澪と希空が互いを見つめ合いながら、どこか不敵な笑みを浮かべる。その表情に淀みはなく、まるで、とっくに覚悟なんて決まっているかの様だ。


 「……」

 「……」


 一瞬輪慧が視線を寄越す。そして口を開いた。


 「僕らは君たち女子の恐怖心を紛らわすために小物を演じていたに過ぎないのだよっ。恐怖心なんて本来、あろうはずがない!がははっ、そうだろう?遥希っ!」


 「お、おう!俺らに恐怖心なんぞ——」


 「言い淀んでるじゃないの」


 阿吽の呼吸で必死に演じてみたものの、やはり無理があったか。


 「そんな怖いなら辞退すればいいじゃない」


 「いやー、澪さん。そりゃ御法度ってもんですわ」


 遜った様に輪慧が言うと、クスッと希空が笑う。


 「でも、私たちだって恐怖心が微塵もないわけじゃないのよ。さっき輪慧くんが言った様に、誰にでも恐怖心はあると思うし。でも、それを活力に変えなきゃ」


 「私たちの方が毅然としてるわよ。男子二人、そんなんでどうすんのよ」


 「気が強過ぎるだけだろうよ……」


 「何か言った?」


 「はい、全然余裕です。ピシッ」


 輪慧が背筋を伸ばしながら言い放つ。


 「頑張りましょ。そうするしかないんだから」


 澪が淡々と言うと、俺含め、皆が頷いた。言われなくとも、と言った様子だ。


 俺らはその後、訓練場へ行き、軽い準備運動がてら、身体を温めた。そうしていると、じきに当たりが橙色に包まれる。


 いよいよ、夕刻を迎える——。

 


 

 


作戦開始の夕刻を迎える——

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