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第70話 二年前の事件について


 五月二三日。


 早朝六時から昼頃まで大規模に行われた歩夢先輩の捜索。『万』から久留美先生、柊先生、學先輩が参加し、その他本部から動員された五〇名の賢術師による捜索だったにも関わらず、結局歩夢先輩は発見されなかった。


 久留美先生が現場で拾ったというペンダントが僅かに浴びていた歩夢先輩の術水を追って捜索を行なっても成果はなかった。


 「歩夢の捜索は、あとは本部に任せよう。俺から引き続き捜索するよう、融通の利く本部の友達に伝えておくから」


 「……わかりました」


 捜索終了後、俺らは再びあの円盤状の部屋へ呼び出された。


 圭代先生ら教諭、二年生の先輩方も招集されている中、そこでは柊先生と學先輩、そして久留美先生の間で会話が進んでいた。


 「なかなかどうして、懸念が晴れぬ。本部から伝達された重要案件に出向いたっきり行方不明になった事例はここ最近では珍しいケースだ。本部の捜索が混迷を極めるのも無理はないのだが……」


 「あの荒野周辺で起こった案件については、結局本部も捜査中らしいですけどね」


 柊先生がそう言うと、それを隣で聞いていた美乃梨先生が手をあげて問う。


 「あの荒野で、何があったの?」


 「本部の賢術師があの荒野に謎の魔術骸がいることを確認してる。その後数名の賢術師が行方不明になったってことで、歩夢が招集されたんだけど、歩夢の消息が絶たれた後、その荒野では一切被害が確認出来なくなった。本部の推測するに、歩夢が目的だった魔術骸があの荒野周辺に跋扈していて、歩夢を連れ去ったのではないかって」


 稔先輩を連れ去った時みたいに、餓吼影や屍轍怪が暗躍している可能性は?


 いや、屍轍怪については分からないが、少なくとも餓吼影の情報は本部には広まっているだろう。


 柊先生の話だと、その現場となった荒野に出向いた本部の賢術師は、誰もが謎の魔術骸が出現したと報告していたらしい。


 餓吼影が現れたとしても、それを意図的に報告しない理由はない。


 つまり、餓吼影がその現場で賢術師たちを連れ去っていたとは考えにくい。


 「あたかも謎の魔術骸とは、その情報も低迷するわけだ。歩夢が勝てなかったと考えれば、只者ならざる魔術骸なのだと伺えるがな」


 「そうですね。少なくとも、寒廻獄と同等か、それ以上の怪物でしょうか」


 久留美先生の言葉に、圭代先生が推論を語る。


 「濤舞、如牟よりは格上でしょうね。寒廻獄や屍轍怪と同等か考えれば微妙なところですけど。そもそも、俺らが認知していない未知の魔術骸の可能性も視野に入れる必要がありそうですね。堕雨のように、五五〇〇年前の時代の魔術骸かも知れません」


 「生き残り、と言うことですか……。餓吼影、屍轍怪がその類の魔術骸ならば、共謀している可能性も否定できないでしょう。濤舞、如牟らを通じて『(こちら)』側の情報を得ていると考えるべきで——」


 「あの襲撃時、學、歩夢共に任務に出払っていた。別の路線で考えた方が良いと思います」


 柊先生が言うと、圭代先生はそれに頷いた。


 歩夢先輩が自ら姿を晦ますことはないだろう。


 捜索しても尚見当たらないのなら、十中八九、魔術骸に連れ去られた線が濃厚であることは自明だが、魔術骸の誰が連れ去ったのか、それで話も変わってくることも確かだろう。


 「歩夢はそこらの上級クラスには劣りません。やはり、上級以上の魔術骸が出現したのだと考えるのが妥当でしょう」


 「學が一番近くで歩夢を見てきたからね。それは間違い無いと思うよ」


 學先輩の言葉を柊先生が肯定すると、隣で静観していた迦流堕先生が口を開いた。


 「わたしもそう思うが、この学府に入ってからよくお世話してたのは久留美さんでもある。久留美さんの見解も聞くべきだと思う」


 久留美先生が俯きながら視線を上げる。


 「まぁ、我も學とは同意見だ。それに関して、一つ考えがあるのだが」


 久留美先生の言葉に、皆が顔を向ける。


 「今は亡き我の恩師。彼は、空間を司る魔術を扱う、かつて不遑枚挙(ふこうまいきょ)の賢術師を冥府へ葬り、暴虐たる振る舞いから畏怖された、死棘帝(しきょくてい)と言う魔術骸がいると言う話をしていた。かの魔術骸は、賢術師を自身の空間へ引き摺り込み、千の屈辱と万の苦を与えたと言う」


 久留美先生の顔がどんどん険しくなる。


 その視線は目の前の虚空を睨むが、その視線には正気が感じられなかった。


 「古の文献に残されている不確かな情報だと言っていたが、そいつが現れたのやも知れぬ」


 「英傑伝承譚では見なかった名前ですね。俺が見逃してたページでもあったのか……?」


 首を捻って考える仕草を取りながら柊先生が言う。


 「……なら、二年前の事件も……?」


 どこか確信めいたかのような表情で迦流堕先生が言う。それに空かさず、久留美先生が反応を示した。


 「我もそう考えている」


 なんとなく、久留美先生と迦流堕先生が考えてることの察しは着くが、二年前の事件を引き起こした魔術骸の正体がわかっていないと言うことだったのか?


 いや、わからないはず、か。


 二年前の事件当時、他の同級生とは別の場所で任務にあたっていた學先輩はその事件に巻き込まれなかったためにその魔術骸には出会していない。


 歩夢先輩を除く全ての当事者がそこで殺害されており、唯一の生還者だった歩夢先輩も行方不明。


 歩夢先輩がいない今、二年前の事件の首謀である魔術骸の正体を知る者はこの場にはいないと言う状況になった。


 「廉斗が殺された事実も考慮すれば、尚更その可能性は濃厚だ。歩夢は二年間で尋常ではないほどに実力を伸ばしたが、それでも廉斗には及ばない」


 「廉斗と歩夢を同じ天秤に掛けるべきでないのは俺も重々承知です。その上でも、やはり二年前の廉斗が負けたのなら、久留美さんの言っていた死棘帝って魔術骸が現れたのかも知れない」


 久留美先生と柊先生がそのまで述べると、少し間を開け、學先輩が口を開いた。


 「……なら、あの時歩夢が本部から伝達された内容って……?」


 學先輩の言葉に、皆が一瞬黙り込む。


 一瞬理解できなかったが、ハッとした。俺が丁度ハッとした頃、柊先生が状況を整理するように言う。


 「確かに……本部から任務が個別に送られる場合、任務の内容含め、既存被害、魔術骸の詳細、場所など細かい情報が送られることになってるけど——」


 「——死棘帝が現れたのなら、古い文献にしか載っていない、かの魔術骸の情報を、本部はなぜ歩夢に伝えることができた?」


 『万』にて、名前以外ほとんどの情報のない死棘帝の出現を感知し、それを歩夢先輩に伝えたと言うことだ。


 本部には死棘帝に関する文献が遺っていた?


 いや、それが賢術の学府全体に共有されないのは、若干腑に落ちない気もする。


 あるいは、あまり情報がない中、死棘帝という名前だけ歩夢先輩に伝えられていたのか。だが、それはそれで違和感がある。


 「実際、本部からのメールの内容は歩夢しか知らない。死棘帝という名前だけで他の情報は何もないなんて場合、その情報の少なさに違和感を覚えて一緒にいた學に相談すると思うんだよね。そこらへん、學はどう思う?」


 丁度俺の思っていたことを、柊先生が話題に出す。


 黙って話を聞きながら静観している俺ら一年生と、二年生の先輩方の中にはそこに違和感を覚えた者もいると思うが、果たして真相はどうなのだろうか?


 「相談は常日頃、頻繁にありました。少しでも伝達に違和感があったなら、俺に相談してたかと。俺と歩夢の二人っきりの状態だったのであれば、尚更」


 「つまり、死棘帝の詳しい情報まで歩夢には伝達されていた……?」


 迦流堕先生が首を傾げながら言うと、柊先生が腕を組みながら迦流堕先生に言い返す。


 「あるいは、歩夢が學に言えなかったなんらかの事情があったのかも知れない」


 話題が変わるごとに疑問が残るが、今それを解決できる事はないだろう。


 どこか心残りが払拭できないでいた。


 「本部は死棘帝のことを知っていたのか……?」


 会話の中で突如浮上した、本部への疑い。


 あるいは勘違いの可能性もあるだろうが、話を聞けば聞くほど、不可解な点が幾つもあるのも事実だ。


 「本部が歩夢に送った任務の案件ね……。死棘帝に関する情報があったのなら把握しておきたいところだけど」


 考えがまとまらないといった様子で天井を大きく仰ぎ見ながら美乃梨先生が呟く。


 「本部に対する若干の疑念が……」


 勘違いならいいが、勘違いで片付けるには死棘帝の情報に関する本部の疑念を払拭させる根拠が必要だ。それが提示されない以上は、どうしても本部への疑念は残ってしまうのは道理だ。


 「切りがありませんね。歩夢さんのことが頭から離れないのは私も同じです。特に、何年も近くで共にやってきた學くんの不安は、私たちには到底測りきれないことも重々承知の上ですが」 


 意を決したように深呼吸をすると、圭代先生は話を続ける。


 「賢術師として、今は他に優先すべきことがあります。まずは、堕雨の案件をここで終結させねばなりません。歩夢さんや眞樹くんのみに止まらず、ここで解決しなければ、第二、第三の被害が出ないとも限りません」


 私情だけで動くわけにもいかない、賢術師としての立場だ。それは學先輩も重々理解しているだろう。


 學先輩は圭代先生へ真っ直ぐな視線を向けている。その固い眼差しには決意のようなものを感じた。


 「歩夢はきっと戻ってくるよ。大丈夫、歩夢は強い子だ。學が一番知ってるでしょ?」


 「はい」


 學先輩の返事を聞くと、改めて圭代先生が場を仕切る。一旦、話題は堕雨の案件へ戻り——。


 




浮上した本部への疑惑——


※少し忙しくなり、七月中は投稿が途絶える日があるかもしれません(おそらくある)。予めご了承ください!

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