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第6話 不穏

 試験開始から二〇分が経過した頃。


 「《蒼河印》、二式。[玉砕魚群]」


 蒼白く光り具現化した無数の魚体が群れを成して魔術骸の集団に襲い掛かる。


 「だいぶ慣れてきたな。遠距離の術式を使えば最早ヌルゲーだ、これ」


 共に行動をとる尾盧と姫狗は、それぞれ着々と討伐数を伸ばす。姫狗はさすがとして、尾盧の実力は日野も澪も想像しなかったレベルだろう。


 「油断禁物だよ——」


 姫狗が尾盧を振り返りそう言ったその時、尾盧に向かって火の玉が飛んで来る。


 「あぶねっ!」


 身を捻って火の玉を躱して周囲を見張る。


 「尾盧くん、前」


 「え?」


 二人の二〇メートル程正面に、五体の魔術骸が突っ立っていた。今まで二人が倒してきた骸とは何か違う。


 「魔術使いか。やっと骨のある奴が出てきたな」


 「そうね。さっきの火球みたいなのが魔術なら、全然勝てる相手」


 「とは言え油断禁物だ」


 二人は床を踏み、魔術使いの骸へ駆ける。


 「人間……死ヌガイイ」


 先ほどまでの魔術骸と違い、意味のある言葉を口にしている。拙いが、先ほどの骸よりは明らかに知性が発達している。


 五体の魔術骸が一斉に手を前に突き出し、そこから火の玉を射出する。それも、只々撃つのでなく、尾盧と姫狗を狙って位置と数を変えている。


 (多少の知性があるか……今までの奴らとはやっぱ違うな)


 尾盧が火の玉を躱しながら宙に舞い上がる。そして刹那に術印を描いた。


 「《蒼河印》二式、[玉砕魚群]っ!」


 同時に姫狗が尾盧とは反対方向で術印を展開する。


 「《戯憑印》」


 姫狗の詠唱より僅かに早く尾盧の術式が発動した。

 尾盧の足元より溢れ出た蒼白く光る魚群が、一斉に魔術骸に襲い掛かる。


 だが、それを上手く躱す個体が複数。先刻の五体のの中でも特に秀でた知性を持ち合わせた魔術骸が二体、前へ一歩踏み込んだ。


 「次…コチラカラ行ク」


 「クラエ、飛斬ッ!」


 死に行く三体の魔術骸に気も止めずに残りの二体の魔術骸が腕を横一文字に振るう。凄まじいスピードで半月の形を象った刃が飛翔した。


 (なにっ——)


 群れを成す蒼白き魚群を切り裂きながら、そのままの勢いで尾盧の右腕に刃が突き刺さる。


 そのまま貫通した刃が続いて姫狗を狙おうと飛翔する。しかし、すでに姫狗は尾盧の[玉砕魚群]に憑依して同化していたため、その刃では姫狗を見つける事が出来ない。


 (ナイスだ姫狗…!二式[玉砕魚群]の質量攻撃で術水を失うくらいなら次の一撃で仕留める!)


 腕を貫通されて痛みも巡る中、尾盧が術印を描く。


 「先ホドノ手ノ物ハ無駄……大人シク死ネ」


 続けて飛斬が連射される。飛翔した刃が廃墟の至る所に斬撃を加えて行き、脆い天井やら壁やらが崩れんと震撼する。


 「《蒼河印》」


 飛斬が尾盧の足元を刈り上げる。しかし、直前で床を踏み躱した尾盧が詠唱を続ける。


 「三式——」


 飛斬に加え、魔術骸は生身で尾盧に殴り掛かる。


 「させないっ!」

 尾盧と魔術骸二体の間を、姫狗の憑依した[玉砕魚群]が通り過ぎ、突き出された魔術骸の拳を噛み千切る。


 今こそチャンスだ。


 「[殲噛魚群]っ!」


 詠唱の直後、尾盧の足元から再び溢れ出した魚群が渦を巻き、獰猛な無数の牙を携えた巨大な口が開き出した。二体の魔術骸を獰猛な無数の牙が強襲し、完膚無きまでに噛み潰してゆく。


 「ヌオォォ…ッッ!ヤメ——」


 やがて、首まで残らず噛み潰す。


 「危なかった……」


 術式を解いた姫狗が尾盧に駆け寄る。

 すぐ、尾盧はその場に蹲った。


 「尾盧くん、腕……」


 「上腕二、三頭筋辺りかな……」


 尾盧の左腕からの出血が著しい。重度に至る程では無いだろうが、下手に動かせば悪化しかねない。


 「とりあえず止血しておくから、姫狗は先に行け」


 「え?だって、危ないよ。まだ骸も居るかもしれないし」


 尾盧は制服の上着を脱ぐ。


 「たかだか試験だ。この怪我も、ちょっと油断しただけだ。油断禁物って自分で言ったのにな」


 脱いだ制服の片方の袖を右手で持ち、もう片方の袖を口に咥える。


 「それにしても、魔術使いがいるなんて……。低級レベルでも魔術使う骸がいるのね」


 「柊先生も言ってただろう」


 ***


 過去授業風景。


 「魔術骸(やつら)の中には、他の骸とは超越した力、魔術を使用する魔術使いの骸がいるんだ。魔術は、魔術骸どもの力をフルに活用した真骨頂——言わば奥義みたいなモノ」


 「僕たちの術印とは違うんですか?」


 尾盧が柊に問う。


 「互いが使える技ってことで大した違いはないけど、一番異なる点は、魔術骸は実質的に無限に魔術を使用できる点」


 「俺たちにある術水切れみたいなものが、骸にはない、と言うことですか?」


 「無限って言っても、それまでの過程がちょっと面倒くさくてね。厳密には無限ではない。魔術骸は魔術を使うために魔源と呼ばれる、俺たちで言う術水を使用する。魔源は、使用すると俺たちと同様無くなっていくんだけど、術水と違ってすぐに回復する」


 「すぐに?俺たちは時間を掛けなくてはいけないのに、ですか?」


 「そう。ただし、魔術骸の魔源が即座に回復するまでのプロセスは明かされていない。賢術師の研究機関『魔譜(まふ)』も研究中なんだけど、ここ一年半くらい進まず進まずでピリッピリなんだよね、あそこ」

 

 ***


 「試験開始前も柊先生、魔源が尋常じゃないみたいな話してたし。僕もこんなんじゃないかとなんとなく想像してたけど……」


 「より厳密に言うと、魔術を使用するのが魔術骸、それ以外は骸って呼んでるんだよね。統一して魔術骸って呼んでも分かりにくいし」


 止血を終えた尾盧が立ち上がる。


 「話してるうちに止血も終わったし、行こうか」


 「大丈夫?腕」


 「どうせ試験時間もあと三〇分くらいだし。賢学(あっち)戻った後に故馬先生に治してもらおう」


 尾盧が歩き始める。


 「行くぞ」


 「待ってよ」


 尾盧の背に姫狗が着く。

 試験時間は、残り半分を切っていた。


 ***


 試験会場の廃墟、露天風呂付近の中庭。


 「少年、貴様は自身の使命を如何と心得る?」


 (なんだこいつ……。変哲もないごく自然な言葉を話しやがる……。ここで出る骸は確か低級レベルのやつじゃなかったのかよ……)


 「お、俺の使命?何で言わなくちゃいけないんだよ。そもそも、誰だよ、お前は」


 俺と澪が一人の男と対峙していた。その男は、先に鋭い刃を搭載した二節棍を片手に握っていた。


 「大層な態度だな少年」


 「日野、知り合い?」


 背の方から澪が静かに聞いてくる。


 「知らない……でも、ここで出てくるなら、おそらく敵だ。柊先生もこんなギミックがあるなんて言ってなかったし、明らかにやばい雰囲気だろ」


 俺は目の前の男に意識を向ける。まだまだ賢術師の世界には疎い俺だが、感覚的に解る。


 (まともにやり合っちゃダメだ……!)


 額を一雫の汗が垂れ落ちる。死の恐怖、緊張が絶え間なく迸るかの様だ。


 「少年よ、俺は無駄な殺しはあまり好まない。俺と契約をしないか?ん?」


 「契約?」


 「あぁ。俺の都合で、俺はお前を殺せない。お前が無抵抗無条件で俺と共に来てくれるなら、そこの女には指一本触れないと約束する」


 契約を提示しながら、その男は持っていた二節棍を首に掛けて手を左右に広げながら俺たちの方へ近づいてくる。


 「一旦来るな。こちらには」


 俺が一言そう言うと、その男はそこで足を止める。


 「考える時間を三分やる。契約が飲めないと言うなら、見せしめにそこの女を殺して、それでも飲まないと言うなら、次は残りの二人を殺してやろう」


 尾盧と姫狗か。俺がこの男との契約を飲まなければ、見せしめに澪、尾盧、姫狗が殺される。


 俺たちが総出でこの男に挑んだところで仲良く瞬殺されることは想像に難なくない。


 「契約の内容に不満があれば、俺が許容する範囲で訂正してやる。さぁ選べ」


 俺の脳内に真っ先に浮かんだ答えはイエス。単純に言えば、俺一人か他の三人の命を天秤にかけると言うことだ。


 この男の目的がわからない以上、俺もついて行きたくはないが、三人の命を差し出すとなれば相当な悪人だ。


 「日野、契約なんて飲んじゃ——」


 「喋るな女。それ以上喋れば首が飛ぶぞ」


 見れば、澪の首元に血色の悪い指が二本、囲う形で浮遊していた。


 再び男に視線を移して全体を見通すと、男の左手の人差し指と中指が綺麗に切れていた。おそらく、この男自身の魔術の能力と関係があるのだろう。


 「時間だ。契約に?」


 男が聞いてきた。俺は静かに言葉を溢す。


 「……従います。一刻も早く、澪を解放してください」


 男は静かにニヤリと笑い、澪の首から自身の指を回収する。そして、二節棍を手に持ち、ゆっくりとこちらへ歩み寄って来た。

 


 


 

突如現れた魔術骸、濤舞の目的は——?

評価のほど、よろしくお願いします。

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