第67話 俊烈
「《魂の鎮痕歌》」
魔源の成す純白の球体が無数に出現し、それらが一斉に放たれる。
それはただ餓吼影に迫るわけではなく、秒を刻むごとに分裂し続けているのだ。
餓吼影のもとへ着弾する頃には視界に収まるものだけでも数えきれぬほどの量へ分裂していた。
「考えたものだ」
餓吼影が、自身に迫る純白の球体を次々に躱してゆく。着弾した球体は爆ぜ、その他の球体は意志を持つかのように餓吼影を追いかける。
「喰った人間の魂を集圧した純白のエネルギーを攻撃はと変える。喰われた人間どもの阿鼻叫喚が手に取るように、そこから聞こえてくる」
純白の球体、《魂の鎮痕歌》の奥底を覗くように、餓吼影が正面を睨む。
同時に、紺色のマントが靡いた。
「来い。全て撃ち落としてやる」
餓吼影が弧を描いて大きく旋回し、無数の球体へ銃口を向ける。
「《神淵剣弾丸》」
刹那の詠唱に、餓吼影の長銃が黄金のオーラを帯びる。同時に弾倉に夥しい量の魔源が装填され、それが撃ち放たれた。
瞬間、餓吼影の目の前の球体が邀撃に朽ち果て、消失する。
落ちゆく光の欠片の降り注ぐ、そこを駆け出して餓吼影が勢いそのままに堕雨へ迫った。
「ナ——!?」
堕雨が後退するも、しかしそれより早く餓吼影の銃口が堕雨の腹部を捉えた。
「まるで見えていない」
餓吼影が引き金を引くと、そこから撃ち放たれた銃弾が堕雨の土手っ腹をぶち抜き、そこから血がドクドクと流れ出した。
「ゴブフッッッッ……」
堕雨の動きが停止する。
「まだ一分だぞ?現実に比べ、やはり夢境の中の方が五感もはっきりとしているようだな。ほら、これしきでは満足しないだろう」
堕雨を待つような様子で餓吼影はその場に立ち尽くしている。
「コレダ……コレガ死ノ淵ッ!アァ、コレデ試シテミヨウッ!」
堕雨の両翼が七色のオーラを纏い、光り輝く。
魔源の放出量が先ほどとは桁違いに膨れ上がり、それが噴水のように忽ちその場を埋め尽くした。
(これが、七翼——)
「人ノ運命ニ岐路ヲ与エシ夢——」
「お前は私の運命に岐路などあると思うか?」
餓吼影がニヤリと微笑み、銃口を堕雨へ向ける。同時に、堕雨が嘴を開いた。
「《七翼なる岐路》」
詠唱と同時に、七色の両翼がぐにゃりと粘土のように歪む。歪んだそれはやがて形を整える。
それは銃口だ。
銃口が堕雨の七色の両翼に実り、餓吼影同様、黄金のオーラを装填する。
「くははは、滑稽だな」
餓吼影の言葉を皮切れに、堕雨に実った銃口が黄金の銃弾を撃ち放つ。
ドォンという鈍い響きが木霊するが、しかし餓吼影はその銃弾を最も容易く受け止めて見せた。
「猿真似に劣るほど私は鈍っていない。私の銃弾のことは、私が一番理解している。神を撃ち抜く銃弾と言えど、可能性を覆すことは決して叶わない。随一の代物だとしても、この世には、上には上がいる」
餓吼影の撃ち放った、『可能性を撃ち抜く弾丸』が、堕雨の猿真似を抑したのだ。
堕雨の真似事と言えど、今の凶弾にドンピシャで弾丸をぶつけるなど並の技量ではない。穴に針を通すようなものだ。
「重々承知ノ上ダ——」
瞬間、餓吼影の持っていた長銃の銃口が膨らみ、車輪がパンクするかのように弾け損壊した。
パァンという音と共に銃口から持ち手の方まで流れるように弾け、下の地面に壊れた部品がガラガラと落ちる。
「——?」
「《緋蓮の眼光》ッ」
絶え間はなく、堕雨の両眼が紅く輝いたかと思えば、それが閃光の如く射出される。
餓吼影の股まで入り込んだ閃光を、餓吼影は寸前で身体を捻って躱す。しかし、堕雨が首をひょいと動かせば、その閃光が再び餓吼影へ迫った。
(銃弾は確かに相殺された。外した訳はない。なら何があった?あの一撃以降、堕雨が攻撃をしたような素振りはなかった)
「《魂の鎮痕歌》」
静かに詠唱されたのは、分裂した無数の球体が獲物を追いかける魔術。堕雨の眼光と共に餓吼影の四方八方を取り囲む。
「コレデ袋ノ鼠ダ」
「——くはは」
無数に分裂した球体が四方八方より一斉に餓吼影に撃ち放たれたその刹那、餓吼影が再び表情に微笑みを浮かばせる。
その直後、全ての球体が餓吼影のもとへ着弾し、周囲一面を真っ赤に染めるほどの大爆発を引き起こした。そこへ堕雨の眼光がトドメと言わんばかりに降り注ぐ。
「可能性でお前に干渉することは禁じ手にしてやろうと思っていたが——」
「生キテイル……!?ゴブフゥゥゥッ!!」
その時、再生しかけの堕雨の腹部の穴が再び穿たれた。次は先ほど程度には収まらず、堕雨の身体が腹部の穴の広がりにより真っ二つに裂けた。
「ナゼ……ム——」
爆ぜたはずの場所に黒煙が立っていない。
地面も抉れていない。まるで、そこで大爆発など最初から起きていなかったと言わんばかりに。
「お前の秘策は、柊波瑠明の、可能性に干渉する攻撃を真似して可能性に干渉する術を得たことか。《七翼なる岐路》は、自身の受けたことのある攻撃の猿真似を可能とする魔術だ。私も盲点だったが、よくよく考えればお前は柊波瑠明の《顕現印》によって一度仮死し、夢境へ戻って来ていたのだったな」
「クッ……!《魂の——」
「無駄だ」
「ナ、ナゼ……魔源ガ放出出来ヌ……!」
「私が可能性を撃ち抜く弾丸を使用していれば、端からお前に勝ち目はない。そこで可能性に干渉してお前に攻撃を加えることを禁じ手として居たのだが、まさかお前が可能性に干渉してくるとはな」
無論、堕雨自身に可能性に干渉する術などはない。
そこで、柊波瑠明の可能性に干渉する攻撃の猿真似を行ったところで、真に可能性への干渉を自身の能力とする餓吼影には敵うはずもない。
禁じ手を解いた餓吼影の可能性への干渉により一方的に蹂躙され、ただ敗北するのみだ。
「お前が七翼から放ったのは、柊波瑠明の猿真似をして、擬似的に可能性へ干渉できる能力を得た弾丸。それに対して私は可能性には干渉できない、神を撃ち抜く《神淵剣弾丸》を使用した。摂理の通り、可能性を覆すお前の弾丸は私の弾丸とぶつかり相殺された可能性を無視し、銃口の中に入り込んで私の長銃を破壊した——合っているな?」
餓吼影の言葉を横目に、堕雨の上半身が地面に這い蹲って懸命に踠く。いくら絞ろうと、魔源の少しも堕雨からは放出されない。
「話を聞くどころではないか。無論、私の能力だ。言ってしまえば、お前程度の格下程度、魔源を放出する可能性を否定することなど造作もないことだ。私の弾丸一つあればな。お前は文字通り、無一文だ」
「由々シキ事ヨ……身ヲ粉ニスル思イデ願ッテモ理想ニハ到底届カヌ」
感傷に浸るように、跪きながらも堕雨が言葉を発す。
「我ノ費ヤシタ五◯◯◯年以上ノ成果デアル深淵夢境ハ呆気ナク塵トナリ、長年望ミ続ケタ現界ヘノ進出サエモ、結局叶ワズ終イ。一体、我ニ何ガ出来ヨウカ」
「その醜態に似合わずつらつらと」
餓吼影は両半身に分かれた堕雨の前に腰を下ろす。胡座をかき、彼は口を開いた。
「理想など叶わないことの方が多い。だが、叶わぬと思う理想にこそ目指す価値がある場合も、また多い」
拙い言葉に、真っ二つに割られた醜態。
目の前で息も絶え絶えの黒鳥へ、餓吼影は諭す。
「結局は力が必要なのだ、何事にも。力のある者が例外なく頂点を掴み、また理想を掴んでゆく。それが摂理だ」
堕雨の両眼が餓吼影を睨んだ。
「摂理ヤ秩序ハ、アマリ好マヌ。夢ニ囚ワレ、夢ヲ見続ケル運命を背負ッタ我ニハ、一時凌ギガヤット出来ル程度ノ力シカ備ワッテハイヌ。——餓吼影ヨ、貴様ハ可能性トハ、ナンデアルト心得ル」
「可能性など、命題の実体化に留まるに過ぎない。私が定めた事象は命題として実体化され、私は今日までその力を駆使して生き延びた。人間どもの蹂躙は数千年もの間、私たちから可能性や希望というものを否定した。それに抗うためには、やはり力が必要なのだ」
餓吼影は破損した長銃を眺める。
「一度正当化された立場は、時を重ねれば覆るものではない。力を示さねば覆らぬ程、複雑なものだ。人間どもの蹂躙が進行する現代世界において、私やお前が、本当に望むべきものはなんだ?」
高らかに主張するかのように、餓吼影は堕雨に語りかけ、問い掛ける。
「我ハ今モ昔モ……ゴブフッ……」
言葉の途中で詰まり、堕雨が吐血する。
「……所詮ハ……夢ニ囚ワレタダケノ……翼ニ過ギヌ…………」
堕雨のうつらうつらとした両眼はやがて光沢を失い、裂かれた胴体の断面から流れ続けた血が止まる。
「まだ、話は終わって居ないだろうに」
しばらく、餓吼影は堕雨の亡骸を見つめて居た。
しかしその亡骸の翼の先端が、砂が崩れるようにサラサラと崩壊し空中へと散乱し始めるのを確認すると、餓吼影はそれまで静止していた身体をようやく動かした。
餓吼影の背に魔法陣を彷彿とさせる紋様が出現する。
そこからどす黒いオーラが溢れ出し、それらが無数の黒き粒子となりて一箇所に収束し始めた。
「陣展魔術、《死痕再誕》」
七夢の堕雨と餓吼影が数分間の死闘を繰り広げましたが、第二章はいよいよ折り返しなのです——




